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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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025:呪いの指輪

 その夜、ホテルからの追求はなかった。


 ユニスと晶斗は、それぞれの部屋にこもった後、夕食はルームサービスを取ることにして、ユニスの部屋で顔を合わせた。料理のワゴンを運んできたボーイは、笑顔とお喋りがないだけで丁寧な給仕をして退室した。その足取りが異常に速かったのが、強く印象に残っている。


 晶斗は新しいシャツとガードベストに着替え、ガードナイフと遺跡探索用のアイテムも装備してきた。護衛戦闘士として契約した以上、睡眠時間以外は仕事体制でいるという。

 食事中、ユニスは重苦しい沈黙を破れなかった。


『あの封筒の中身って何なの?』と晶斗に訊いたら、絶対に自分のも訊かれる。晶斗も詮索されたくはなさそうだったし、世の中には知らなくて良いこともある。

 あの封筒には他にも「何これ?」な物が入っていたが、ユニスは蒸し返さないことに決めた。

「これでラディウスを売れるし、残る問題はプリンスの依頼だけね」


 けっきょくデザートのケーキを食べ終えて、沈黙に耐えかねたユニスから唐突に話しかけることになったが、晶斗は気にせず会話に応じてくれた。

「そうだな。トリエスター教授にラディウスを渡して金をもらったら、俺は東邦郡へ帰るよ。大公殿下はもうここにはいないんだから、あの依頼の話は忘れようぜ。半月であんな破格の報酬なんて、聞いたことがないしな」

「そうね。それはわかってるんだけど…………わたしたちに何をさせたかったのか、気にならないといえば嘘だけど。触らぬ神に祟りなしね」


 プリンスの話になって、ユニスは別件を思い出した。

 左手中指にはまった金とダイヤのリングをうっとりと眺める。

 一センチ幅の淡い金リングの上半面に、小粒のダイヤがぎっしり散りばめてある。ダイヤは表面にでこぼこが無い埋め込み加工だ。付けてても邪魔にならない、なめらかな仕上がりだ。

 晶斗が笑った。


「おい、目の焦点が合ってないぞ」

「だって、きれいなんだもん。なくさないように、きちんと片付けておかないと」

 指輪を抜き取ろうとして、ユニスは「あれ?」と指輪を睨んだ。

「抜けない?」

「きっと、ケーキを十六個も食べたから太ったんだ。貸してみろ」

 晶斗は察した顔でうなずくと、左手でユニスの手首を押さえ、右手で中指と指輪をぎゅっと握って引っ張った。


「うわ、ちょっと待って! いい、痛い痛いイタイ、イターイッ!」


 空いてる手でテーブルを叩いたが、晶斗は手を離さなかった。さんざん角度を変えて試してから、やっとあきらめる。

「おかしいな。皮膚に密着しているぞ。接着剤で貼り付けたみたいだ。ちょっと待ってろ。さっき買ったツールの中に……」

 晶斗は自分の部屋から、手のひらサイズの分析機(アナライザー)とハサミに似たツールを取って来た。分析機の先端を指輪に向ける。ディスプレイがちかちか光った。

「石は炭素。本物のダイヤだな。リングの材質は主にスーパープラチナと……他は成分不明か。妙だな、リングの硬度が測定できない。なにか、特殊な加工がしてあるみたいだ。シェインによる加工かな」

 晶斗は手を止めた。赤くなった指と指輪をじっと見る。

「そういや昔話にあったな。指を切り落とすまで絶対にはずれない、シェインを掛けられた指輪の話が」


 呪いの指輪の物語だ。


 ユニスの全身から血の気が引いた。

「それって、呪紋(じゆもん)のことじゃ……」


 理律(シェイン)の効力を物品に入れる理紋(りもん)と云う技術の一種だ。

 指輪などのアクセサリーに使う場合は、持ち主の守護など、善良な目的に使用される。だが、それを逆転させて呪いとし、敵への贈り物にするのが、ルーンゴースト大陸の中世期に流行したという暗黒の理紋『呪紋』だ。


 シャールーン帝国のみならず大陸全土でも法律で禁止されているが、標的の気分が悪くなる程度の軽いものから、死に至らしめる危険レベルまで、現代にもしっかりと残っている。

 危険な技術なので一般には流布(るふ)していない。それに真性の本物となると、デザインや材料の何がそうなのかは、普通のシェイナーではわからないという。もっとも、すぐに見破られるようでは政敵の暗殺には使えないだろう。


「あのプリンスが、この指輪に呪いをかけたって言うの? なんで、どうして、帝国の宰相閣下が、 わたしごときを呪って何の得があるのよ?」

ユニスは泣きそうだった。もっとも、プリンスには仕事の依頼で呼ばれた際に、シェインで何かされたとは思っていた。

それでもシャールーン帝国の宰相で女の子に人気あるアイドルだ。

ユニスだって、帝国の女子なのだ。子どもの頃からプリンスのファンだったし、好意のある分だけ心配するようなことは我が身に起こらないだろうと楽観視していた。

「それは俺の方こそ聞きたいよ」

 晶斗は完全に呆れている。


 遺跡を出てすぐにユニスは、遺跡の中でプリンスに会って指輪をもらった経緯を晶斗に話した。だが、ユニスがプリンスのファンだったのと、一応助けてもらったというシチュエーションだったので、事の良し悪しを判断するだけの材料が無かったのだ。

「指輪には何も感じられないもん。高度な呪紋なら専門のシェイナーでも解読は難しいらしいけど。うう、どうしよう……」

 指輪の周りは引っ張られすぎて赤くなり、ひりひりしている。


「まったく、男がただで女に高価な指輪を贈るわけがないだろう。下心があるに決まっているんだ。で、その指輪をはめられたときに何か言われなかったか?」

 晶斗に問われて、ユニスは涙で(うる)む目を何度もしばたいた。遺跡でのプリンスとの邂逅を思い出そうと、指輪を凝視する。


「たしか……これは、神聖宮(しんせいぐう)の通行証だって、言われた気がする」


 それは、シャールーンの守護聖都フェルゴモールにある聖地。

 シャールーン帝国の民が一生に一度は参詣する、主神フェルゴウンを祀る最高神殿だ。

「なるほどな。神聖宮に入るまでは抜けないってことかな」

「あるわ、そういう呪紋が。特定の人や場所や物が鍵になってて、その作用でしか、解呪(かいじゅ)できないというやつが…………」


 ユニスは、のろのろと右手を肩の高さに上げた。

 あの封筒に入っていた「何これ?」な物の意味が、やっとわかった。

 右手に大判サイズの切符二枚が手品のように出現した。


「あの封筒に入っていたの。明日の朝一番の、守護聖都行き特急列車の、特別席の切符よ。わたしと晶斗の分で二枚あるわ」

 晶斗はベストの胸ポケットから、白いカードを出した。

「じつは、俺の方にも変わった物が入っていた。仮発行の身分証だ。帝国内ならどこにでも移動できる、限定許可印付き」


 白いカードがユニスに向けられると、カードの上に晶斗の上半身の写真が半立体化した。

 その胸部に名前と出身地名の刻印が浮かぶ。

 その下に、保安局の許可印と仮発行の注釈が表示された。


「これは理医の治療を受けたあとで、保安局で撮った写真だ。発行日も同じ日付になっている」

「その日のうちに身分証ができていたの? なんで発行できないんだって、晶斗があんなに怒っていたのに」

「あの殿下の特別命令だろうな」

「まるで、晶斗が保安局に保護されたときから知ってたみたいね」

 ユニスは自分の言葉にあっと驚いた。

「プリンスは、知ってたのね。晶斗が東邦郡で有名な護衛戦闘士だったから?」


 晶斗は指の間にカードを挟み、パチッと音を立てて裏返した。裏面には手書きによる筆跡のサインが一行。


『特例認可証:シャールーン帝国宰相アルファルド・コル・レオニス』


「遺跡研究家なら俺の名前くらいは知ってるだろうさ。でも、嫌な感じだな。保安局まで抱き込んでやがるし、魔物狩人の変装で遺跡地帯をうろついているし、たぶん裏の業界にも通じていやがりそうだな」

 晶斗はカードをすばやく胸ポケットに押し込んだ。


「わたしたちに仕事をさせたいなら、普通に雇えばいいだけなのに、なんでこんな周りくどいことをするのかしら」

「さてな。本当に用があるのは、俺か、シェイナーの君の能力なのか。俺たちは出会った直後から監視されていたんだ。さっき、フロントで騒ぎを起こしたのにお(とが)めがないのも、あいつが手を回したんじゃないかと俺は思っている」


 晶斗は険しい表情になり、じっとユニスの方を見た。

 ユニスは惨めな気分になった。呪いの指輪をむざむざはめられたのは、ユニスの注意が足りなかったからだ。晶斗に子どもと馬鹿にされても仕方ない。

「どうしても守護聖都へ行くしかないのね。トリエスター教授との約束もあるし」


 ユニスはフロントに電話を入れ、明日の昼に出立すると告げた。


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