024:過去は封印
トリエスター教授は保安局に連絡した。
遺跡の入り口にいた警備員は、まるで異常事態に気づかなかったという。
「別の入り口を作ったな。あれはブローザの海賊だ。独自のルートで発掘品を売りさばいている質の悪い連中だ。遺跡から出土した貴重品がいくつも外国へ流出してるんだ。最近は特に手口が荒っぽくなっているらしいぞ」
トリエスター教授がこの件の後始末を請け負ってくれたので、ユニスたちは保安局員が来る前に遺跡を離れることができた。
帰り道、サイトショップに立ち寄ったユニスは大きな買い物袋を六つ受け取った。 中身はほとんど護衛戦闘士の装備品だから晶斗に持ってもらい、身軽なユニスは一足早くホテルに着いた。
フロントでキイを受け取っていると、
「あ、少々お待ちを。ユニス・リンネ様と東邦郡の護衛戦闘士シリウス様に、メッセージをお預かりしております」
栗色ショートヘア美人のフロント係が美しい笑顔で大きな封筒を差し出した。
「こちらがユニス・リンネ様のでございます」
封筒は大判の本くらいぶ厚く、ずしりと重い。
表に大きく『野生児』と書いてある。
封はされていないので、指先を紙の間に入れてみた。
雑誌の切り抜きらしい、十二、三歳の少年の顔写真。ぼさぼさの髪、なぜか頭上を向いた角度で、あっかんべーをしている顔だ。
『野生児ついに捕獲サル?! 東邦郡を駆け抜けた壮絶な親子喧嘩ついに終止符か』
『野生児を元特殊部隊隊長・現役森林保安官の父が語る。森に逃げた家出息子捕獲作戦と一年五ヶ月にわたるお猿な生活のすべて』
『野生児が護衛戦闘士に? 東邦軍話題の猿人、都会のジャングルの王者なるか?』
「おサルの記事? なにこれ?」
目に入った見出しの書類を引っ張り出しにかかったとき、やっと追いついた晶斗がユニスの横で荷物を置き、フロント係から同じ形の封筒を受け取った。
「俺に?」
晶斗はガサガサと封筒から書類を引っ張り出し、やがて、一言。
「なんだ、これ。冷凍少女って…………?」
ごく自然な、不思議そうな呟きだった。
ユニスは、心臓が喉元まで弾んだような気がした。
恐る恐る晶斗の顔をうかがうと。
晶斗も、引きつった形相でユニスの方を見ていた。もっと正確には、ユニスが手に持つ封筒を、その封筒の口からはみ出した書類の見出しを凝視していた。
ユニスはごくっと唾を呑み込んだ。
「野生児って……晶斗のこと?」
「この冷凍少女というのは……ユニスなのか?」
お互いの沈黙が答だった。
フロント係は涼しい顔で見守っている。
ユニスは訊かずにはいられなかった。
「あのー、これ、渡す相手を間違えてませんか?」
「いえ、あの御方がご出立される際に、確かにそうお渡しするよう、申しつかりました」
フロント係はさすがにプロだ。プリンスはお忍びなので、身分がわかるような肩書きすら口にしない。
「え? もう帰った、いえ、帰られたの?」
「ええ、ついさきほど、この伝言を残してお発ちになりまして」
フロント係はさりげなく目を伏せた。その頬が痙攣めいてぴくりと動く。
それだけでユニスはピンときた。この女性はユニスの過去を知っている。冷凍少女ことユニスの子供時代の伝説を!
どうしてプリンスが急にいなくなったのかを疑問に思う暇もなく、ユニスは恥ずかしさに奥歯を噛みしめた。
この町は遺跡に関する噂の集積所だ。理律関連の事件をホテルの従業員が知っていてもおかしくはない。かつては大陸中に広まったニュースもあったのだ。
なぜか、晶斗はまったく知らないようだが。
妙な見出しの野生児とやらに興味はある。
しかし、なによりも自分の過去を知られたくない気持ちの方が勝った。
「いいえ、これは間違いよ。晶斗、交換して!」
晶斗の手から封筒をひったくり、代わりに自分のを押しつける。
ともにくるりと背中を向け、大急ぎで中身を確認する。
『学校が一夜で氷山に!』
文字が目に飛び込んできた瞬間、ユニスは自分の血の気が引く音を確かに聞いた。やっぱり自分の経歴の資料が晶斗に渡されていたのだ。
新聞記事の抜粋らしいコピーは大きな見出しと大判の写真。紛れもない子どもの頃のユニスの顔だった。
『伝説の氷の女悪魔の再来か!』
氷山の写真と並ぶ女の子の笑顔。
親に内緒で、禁止されていたアイスクリームの買い食いをしていた処を隠し撮りされ、この写真を全国紙で報道され、翌月のお小遣いをカットされたことは一生忘れられない思い出だ。
『冷凍少女、今度は秋の湖を氷原に。地元漁師たちの嘆きの声が……』
ユニスの両腕にゾッと鳥肌が立った。
こんなもの、誰が持ってきたのだ!?
「え、ちょっと、お客さま、やめてくださいッ!」
フロント係の悲鳴で、ユニスはハッと現実に返った。
晶斗がライター全開の炎で、封筒に火を点けようとしている。
「ええ、晶斗ッ、何してるのッ!?」
悲鳴を聞きつけた警備員とベルボーイが必死の形相で走ってきた。左右から晶斗の腕を摑み、ライターを取り上げようとするが、晶斗の方が背が高いから手が届かない。押しても引いても、びくともしないのだ。
「変だな、この紙、燃えないぞ」
ユニスは冷や汗がだらだらと流れるのを感じながら、自分の封筒を抱きしめた。
フロント周辺には騒ぎを聞きつけた野次馬が集まってきた。
これはレストランのときより拙い事態だ。
「なにしてるの、早く、部屋に行くわよっ!」
とても付き合っていられない。
ユニスは先にエレベーターホール目指して駆け出した。
ちょうど開いたエレベータにサッと乗り込む。
「おお、そうだな」
晶斗は妙に冷静に応じて、ライターの火を消した。
警備員らが不安そうに見守る中、床の買い物袋を拾い上げると、閉まりかけたエレベーターに走り込んできた。




