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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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021:遺跡の風景

「なんだ、今の妙な空気は?」

晶斗はユニスを立たせると、通路の左右を確認した。

 ユニスは晶斗に掴まれている手に力を込めた。

「ユニス?」

「たぶん、空間が歪んだのよ。遺跡全体の空間が……」

 頬にぴりっと緊張が走った晶斗の手を、ユニスはしっかり摑みなおした。

 微細な振動が、床から壁から、ちりちりと伝わってくる。迷宮のどこかで響いた爆音は、余韻も残さず消えたが、髪の毛の先がふるえる振動は続いている。

「まずいな。出口まで急ぐぞ。走れるか?」

「だめ、ちょっと待って!」

 ユニスは晶斗の手首を掴んで引いた。横の壁に空いている右手を付け、右耳も当ててみる。常ならば、シンと静かな無機質な物体である壁の奥が、ざわめいている。まるで無数の虫が蠢いているかのようだ。

「もう遅いわ。遺跡全体が歪んでる。迷宮の階層が変化したの。だから出口が消えたんだわ。固定遺跡(フィクサイト)なのに」

 一度安定させた遺跡は変化を起こさない。それこその固定化(フィクト)なのだ。

「さっきの音だな。固定させても、重大な衝撃があれば、変化のきっかけにはなる。誰かが遺跡のどこかで大きな爆弾を爆発させたんだ」

(ゲート)の位置がずれたから、この先は行き止まりよ。空間移送は、変な場所に出るとあぶないからできないの。だから、いったん、教授の所へ戻るわ。あっちには普通に行けるはずよ」


 通路を戻って角を曲がると、さっきと同じ場所に教授たちが居た。

 倒れている脚立の横で、トリエスター教授は床に座り、額をさすっていた。四人の学生は慌ただしく機材を片付けていた。

「くそ、どこの馬鹿が……」

 トリエスター教授はぼやきながら、センサーの小型端末機を片手で操作していた。ユニスと晶斗が視野にはいると、左の眉をくいと持ち上げ、

「ふん、君らも巻き込まれたか。その辺で待っててくれ。一緒に脱出しよう」

 穏やかで冷静な口調だった。

 ユニスはひとまず安堵した。トリエスター教授は専門家だ。こんな異常事態でも対処方法を知っているのだ。

「教授、できました」

 長い顔の学生が手を上げた。他の三人は不安げな顔で突っ立っているが、彼は縦横三十センチのクリスタル・パネルを前に、黒いコンソールキイの上でせわしなく両手の指を動かした。

「よし、カタヤくん、始めよう。サイト、原点マーク」

「起点、取りました。半径十メートルの固定化完了。ジャイロ、射出」

 トリエスター教授の合図で、カタヤと呼ばれた長い顔の学生が装置のスイッチを押した。装置上部から、青白い光の玉が二つ、ポンと飛び出た。光の玉は天井近くでクルリと輪を描くと、通路の奥へ、スイーッ、と飛んで行った。

 トリエスター教授が、ムム、とうめいた。

「底辺の階層まで変化したか。出口のあったこの階は、元の場所より、三階層分落ち込んだようだな」

 ユニスは四つん這いで教授に近づき、端末の画面を覗き込んだ。

「迷宮の立体画像ね。やっぱり機械で描いても、シェイナーの視るイメージと似てるのね」

「当たり前だ。これはもともとシェイナーによって開発された装置だぞ。むっ、また先の通路が変化したな。君こそ、迷宮の修復はできないのか?」

 世界の(ことわり)を操り、空間を制御するシェイナーの中には、迷宮の空間をも自在に制御できる能力者がいるというが、

「無理よ。遺跡全体の修復なんてやったことがないもの」

「出口への最短路(ルート)は視えないのか。迷宮の解析ができるなら、変化している構造パターンも把握できているはずだろう」

「変化の仕方が異常なんだもん。変化している真っ最中だとよく視えないし、一人で適当な隙間を走り抜けるのとは勝手が違うわ」

「使えないシェイナーだな。くそっ、遺跡はメビウス・ルートになったようだ。歪みがランダムにあちこちで断絶し、不安定に再接合する。この通路も、踏み込む先を間違えたら、どこに行き着くかわからんぞ」

 端末機のキイを押し、教授は渋い顔つきになった。

「よし、この階の通路だけは落ち着いたようだな。出口は三階層分上にある。すぐに移動しないと」

 三人の学生が大きな荷物を背負った。両手にも機材の詰まった布袋を持つ。カタヤは大きなリュックを(かつ)いだ上に、さらに縦横三十センチの透明パネルを抱えた。

「よし、固定周波数も安定したぞ。今のうちだ。カタヤくん!」

 カタヤの抱えたパネル付き装置から、ぴぴっと電子音が鳴った。

「進行方向に異常なし。この階層には、現在、歪みの特異点はありません。動態センサー反応なし、安定指数、0,001に低下」

「出発するぞ、はぐれるなよ」

 トリエスター教授を先頭に、皆はほんの一時間前までは出口へ直通していたはずの通路を進んだ。


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