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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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020:固定遺跡(フィクサイト)

 町の門が見える西側の砂地で、ユニスはキョロキョロと辺りを見た。

「あれだわ」

 左の方に二メートル四方くらいの穴が、ポッカリと開いている。

「固定された遺跡(サイト)(ゲート)よ。すっかり安定してるわ。典型的な固定遺跡(フィクサイト)の特徴ね」

 ユニスの影が穴にかかると、男の声がした。

「そこの二人、待てッ。そこで止まれッ」

 穴の中の闇がゆらりと動いた。

 晶斗がユニスの腕を引いて下がらせる。

 闇が人形(ひとがた)に切り抜かれ、垂直に伸び上がった。立体化して、すっくと立ったのは、髪を短く刈り上げたごつい男だ。黒い制服の胸には、青地に銀の月と星のバッジ。ルーンゴースト学術院(アカデミア)の紋章だ。腰には小型機器の付いたベルトを巻き、右腰にガードナイフも付けている。

「ここは学術院が調査中の研究用遺跡だから、一般人は入れないぞ。もう一度、観光地図をチェックするんだな」

 警備員はあっちへ行けと言わんばかりに、しっし、と右手を振った。

 ユニスは晶斗の背後から「ハーイ」と右手を上げた。とびっきりの笑顔もおまけする。

「これを見て。サイトショップのマスターの紹介よ。トリエスター教授に会いたいの」

 ユニスが右手に名刺を掲げると、警備員は(いか)つい顔に似合わない窮屈そうな笑みを浮かべた。

「お嬢ちゃんが? あのサイトショップのオヤジ、子ども相手にどういう商売をしてるんだか」

 晶斗へは、やや警戒したふうな目を向ける。

「君は何だ?」

「俺は護衛戦闘士(ガードファイター)のシリウス。彼女はユニス、理律使(シェイナー)だ」

 警備員はブハッと吹き出した。体を揺らして笑いながら、片手を振りふり、

「そんなふうに見えないな。君ら、学術院の学生じゃないのか。授業で課題のレポートでも書くならわかるけど」

「トリエスター教授に買ってもらいたい物があるのよ。取り次いでちょうだい」

「よくある売り込みだな。何を持ってきたことやら」

 警備員は、収めきれないくつくつ笑いをたてながら、うなずいた。

「それなら通してもいいけど、身体検査はさせてもらうぞ。お嬢ちゃんから順番に入ってくれ」

「いや、俺が先に入る」

 晶斗が前に出る。

「いいよ」

 警備員は一歩下がった。足下の黒い四角形を踏む。全身がたちまち黒く塗りつぶされる。人体の厚みが消え、平板な人形になる。そのままで背後に倒れ込むや、穴の闇に同化した。

 穴の上に踏み出した晶斗が、たちまち黒い闇に同化する。

 続いてユニスも穴を踏んだ。

 ぐるりと視界が転じた。


 門とは不可視の空気の壁だ。その向こう側には柔らかな灰緑の光が満ちている。高い天井、艶やかな灰緑色の壁の長い長い通路。

 この遺跡の中は、昨夜、晶斗と入った迷宮よりも大きく広く感じられた。


 ピッピと電子音がした。

 真後ろに警備員がいて、掌大の検査機(スキヤナー)をチェックしている。

「ほい、異状なし。お嬢ちゃんも」

 ユニスは晶斗の隣に立った。

 検査機を見ていた警備員が不思議そうな顔つきになる。

「おい、にいさん、護衛戦闘士なのに、ガードナイフの一本も持ってないのか?」

「まあね」

「丸腰じゃ危ないぞ。ここらは魔物は少ないが人間が多いからな。トリエスター教授はあっちだ。角を曲がればすぐにわかる」

 言われた通りに枝道の無い通路を進んで右へ折れると、五人いた。製服らしい青いつなぎの背中には、月と星の、ルーンゴースト学術院の紋章。

 青白いライトが二本並び、壁を照らしている。脚立の上で、一人が壁を観察中だ。その下で二人が壁のスケッチをしていた。脚立の後ろで一人が機器を操作し、その横でもう一人が発掘品の小物を整理している。

 脚立の上の男が振り向く。四十代半ばと言うところか。それに反応して、床上の四人が次々とユニスたちへ顔を向けた。四人は若く、学生らしい。

 機器を操作していた若者が立った。

「あのー、あなたたちは?」

 声もどこか眠くて重い。晶斗より背が高く横幅も少し広く、顔が長く間延びしている。

「トリエスター教授に買ってもらいたい物があるのよ。ほら、サイトショップの紹介で来たの」

 ユニスが名刺を掲げると、脚立の上の男が目を細めた。右目に装着したルーペのレンズが、緑から透明に変わる。短い黒髪に囲まれた顔は細面で頬骨が高く、シャールーンの貴族に多いシャープな鼻梁(びりょう)と薄い唇が特徴的だ。

 トリエスター教授は脚立の上から傲然と頭を上げ、腕組みした。

「わたしがトリエスターだ。用件は?」

「シェイナーのユニスよ。売りたい物があるの。見てもらえるかしら?」

「そっちの彼は?」

 晶斗を見て半眼になる。

 ユニスはわざと笑みを含んでいった。

「わたしの雇った東邦郡(オリエント)のシリウスよ。教授ならご存じかしら?」

「ふん。遺跡地帯でシリウスを名乗る(やから)は多いぞ。ともかく何を持って来たか、聞こうか?」

 へえ晶斗の通り名を知ってるんだ、と感心しながら、ユニスはピンクの巾着袋から拳大の透明な珠を出し、顔の前に掲げた。ライトの青白い光に、珠は黄白色(おうはくしよく)に輝いた。

迷図(メイズ)の中にある光の珠、ラディウス」

「ほう、それはまた珍しいものを」

 そう言いながら、表情も変えない。

「よろしい、買い取ろう。ここでは現金が用意できないので、守護聖都の私の家まで来てくれるか?」

「え、もっと詳しく調べなくていいの……?」

 言い終える前に、ユニスは激しく後悔した。トリエスター教授がにんまりと笑ったのだ。

「わたしもシェイナーでね。本物かどうかはここからでもわかる。そいつは、普通のサイトショップでは扱えない品物だ。もっとも、ここで用意できるだけの現金でいいなら、すぐに取引するかね?」

 ユニスは顔面が引きつりそうになるのを必死で耐えながら、ゆっくりと巾着袋に珠をしまった。

「い、いえ、もちろん、守護聖都フェルゴモールのご自宅まで、(うかが)うわ……」

 学生たちがクスクス笑っている。ユニスは顔面がカッと熱くなった。耳たぶまで真っ赤になっているなと、たじろいだ時、背後から晶斗の手が、軽く肩に置かれた。

「と言っても、早い者勝ちだぜ。教授のおっさんが早けりゃ、おっさんに渡す。なるべく急いでくれや」

 すると、トリエスター教授の細い眉がぴくりと動いた。

「ほかにも買い手がいるような口ぶりだな。大陸広しといえど、ラディウスを引き取れる好事家が、そうそういるとは思えないが」

「シャールーンとは限らない。東邦郡にも遺跡の研究所はある」

 晶斗の挑発に、教授の目が険しくなった。

「君は東邦郡の出身だったな。もっとも新しい噂では、希少な帰還者になったという尾ヒレも付いているが、本物か?」

「さてね、雇い主に聞いてくれ。俺はただの護衛戦闘士なんでね」

「うまく逃げたな」

 脚立を降りてきた教授は、床上の荷物をかきまわし、鞄から名刺を出した。

「プライベート専用の名刺だ。自宅の住所が記してある。もし君らに不都合がなければ、研究所の方でもいいが、三日後には用意しておくから、訪ねて来てくれ」

 ユニスが受け取り、白い裏まで確認してから巾着に入れた。

「ああ、それから、時間があるなら、ここを見学していくといい。この壁もそうだが、通路のいたるところに新しく線刻文字が発見されたんだ。未解読だが、めったにない貴重なものだぞ」

「ええ、そうするわ。じゃあ、三日後にね」

 二人は来た通路を引き返し、角を曲がった。

 出入り口が見えない。

 一本道だったはずだ。

 ユニスはその場に止まり、左の壁に両手をピタリと当てた。数歩進んで、晶斗がハッと振り返る。

「どうした……?」

 突然、爆音が空気を引き裂き、耳をつんざいた。

 足下が揺れてユニスはひっくり返り、たたらを踏んだ晶斗は壁に背中をぶつけて、そのまま床にずり落ちた。

「だいじょうぶか?」

「尻もちをついただけよ。そっちこそ、だいじょうぶ?」

 一足早く立ち上がった晶斗がユニスの手首を摑んで、引き起こしてくれようとした瞬間、

 ギシリ。

 とてつもなく重いものが擦れ合うような、不快な(きし)みが肌に感じられた。

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