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01:遺跡(サイト)

 どこかで男のうめき声がする。

「おーい……おれは……帰還者……なんだー」

 砂漠の熱で乾ききった(のど)から絞り出される、声。

 ユニスは、右手の甲で額の汗を(ぬぐ)った。空には雲一つない。左肩に流れる長い金茶色の髪を後ろへ振り払ってから、声がしたとおぼしき方へ、歩き出す。

 すぐ近くに変わった形の岩があった。とがった頭に小さな帽子をかぶったような独特の形。その影が落ちる下に、男が、大の字に転がっていた。

 黒いガードベスト、砂が入らないように目の詰まった織りのズボン、膝下にベルトの付いた砂漠用ブーツ。遺跡に近い町ではよく見かける服装だ。

 男の頭の下が黒い。黒髪という以上に、もっさりした大量の髪が頭の下でとぐろを巻いている。顔の下半分は髭で真っ黒、その髭も胸に届くほど長い。なのに、髪や服が砂で汚れていないのは、すごく妙だ。怪しい男。

 ユニスが1人で助けるのは危険ではないか? 少々時間がかかっても、人を呼びに行く方が良いのでは……?

 ユニスのためらいを見澄ましたかのように、また声がした。

「おい、そこの、お嬢さん……だよなー。聞こえねーのか。ほら、ひらひらのミニスカートで、白い半袖の服の……俺の幻覚じゃない、よな…………」

 哀れなかすれ声が、途切れた。ぐったりと手足を広げた男は、ぴくりともしない。――これは、やばいかも。

 この辺りは奇岩で有名な渓谷とはいえ、遺跡管理局の見回りコースからは外れた僻地(へきち)だ。こんな所で人知れず放置されれば、数ヶ月もすれば骨まで風化し、痕跡すら残らないだろう。

「ああ、もう! わたしって、お人良し過ぎるんじゃないかしら」

 ユニスはギュッと拳を握りしめ、男が倒れている岩陰へ踏み込んだ。

 岩陰でも空気は熱い。

 男の胸はかすかに上下していた。良かった、死んでいなくて。気を失っただけなら、ユニスには好都合。ユニスが男を『運ぶ方法』を知られずにすむ。

「超特急で助けてあげるわ」

 ユニスが呟くと、周囲の景色がグラリと揺れた。ユニスの全身からかげろうめいた揺らめきが生じて、空気を伝わっていく。一瞬後、それはワッと大きく広がり、視界が揺れた。

 とたんに、すべてが暗闇で塗りつぶされ、世界がぐるりと一回転した。


 涼しい陰の中、ユニスは周囲にそびえる灰色の壁を見上げた。

 足下には男が寝ている。彼が転がっているのはコンクリートの床だ。体の周りに散らばる白い砂は、ほんの一瞬前まで砂漠に居た証拠。砂なら町の道路にも落ちている。色は少々違うけど、そこまで見咎められはしないだろう。

 男が胸を大きく上下させた。涼しい空気を深ぶかと吸い込み、堪能している。目を開けた。その視線は虚ろ。頭をゆっくりと左右に動かした。自分のいる景色を確認している。

「俺が目を閉じたのは一瞬だった。……砂漠からここへ、空間移送したのか!」

 遠く離れた場所へ空間を縮めて移動する空間移送は、いわゆる瞬間遠隔移動(テレポート)だ。障害物など一切を無視し、一瞬で移動を終える。所用時間と移動できる距離は、能力の強さに比例する。

「なあ、ここはどこ……?」

 男のすぐ横を、ユニスは、カッカッカッ、とヒールの音も高く通り抜けた。

「すいませーん、ここに人が落ちてまーす」

 灰色の建物の奥に呼びかけてから、男に背を向ける。ユニスは救助の義務を果たした。これで男に関わるのは終わり!

「え? ちょっと、おい、あんた、名前を教え……?」

 倒れたまま頭をもたげる男の横を、ユニスは早足で通り過ぎた。

 建物から、中年の男性が急いで出てくる。

「お嬢さん、待ちなさい。落とし物の届け出には、拾得物届けにサインが必要だ、サインしないと受け付けられないからね」

 明るい砂色の制服に金のバッジが光る。この地区の保安官だ。

 ユニスは首をすくめて足を止めた。

「もう、関わりたくないのに~!」

 振り向きざまについ愚痴がこぼれた。さいわい、保安官には聞かれなかったみたいだ。保安官は男の横に膝をついていた。

「きみ、大丈夫か。安心しなさい、ここは保安局だ。名前は?」

晶斗(あきと)だ。晶斗・ヘルクレスト。東邦郡(オリエント)護衛戦闘士(ガードファイター)だ……天狼(シリウス)って言えば、わかるか? 早く、東邦郡へ連絡してくれ……」

 男は予想外にしっかりした声で応えた。が、喋り終えるや、頭をカクッと(かたむ)けて動かなくなった。

 

 男は医療室へと運ばれた。

 けっきょくユニスも引き止められ、簡単な事情聴取をされた。

「彼は護衛戦闘士だと言っている。今、東邦郡へ照会しているよ」

 保安官は拾得物届けの書類を前に、神妙な表情でコホンと咳払いした。

「さて、遺跡地帯で拾った物は、それが何であれ、発見者に五割の権利が発生する。さらに三ヶ月間、持ち主が名のり出なければ、すべて君のものになるわけだ」

 遺跡地帯では、いろいろな物が拾える。古代の化石から鉱石の欠片やら、稀に真性のお宝も落ちているのだ。

「けっこうです。あんなもの、いりませんから」

 即答したユニスに、保安官は少なからず驚いたようだった。

「護衛戦闘士の主な仕事は、遺跡の探険や発掘家のボディガードだ。あの男が本当にそうなら、新しい遺跡の情報や発掘品など、値打ちのある物を持っているかもしれないよ?」

 保安官は親切に説明してくれたが、ユニスは『発見者の権利をすべて放棄する』に丸印をつけ、とっとと保安局を後にした。


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