016:サイトショップ
特別室を出ても、ユニスの網膜には大公の藍色の瞳が焼きついていた。
おまけに頭の芯がずんと重くて、気分はとてつもなく悪い。
ロビーの入り口まで来たとき、
「おい、足元、ふらついてるぞ。大丈夫か?」
晶斗に声を掛けられて、ユニスはいきなり爆発した。
「なんで、黙って見ていたのよっ」
高い声が天井に反響し、ロビーにいた客の視線がこちらに集中する。
晶斗は眉をしかめた。
「おい、声がでかい」
ユニスの様子が変なのに気付いた晶斗は、ユニスの右腕を掴み、エレベータホールの前から化粧室のある片隅の方へ移動した。
「何だよ、急に?」
「いつの間にかプリンスの仕事をすることになったじゃない。あたしが困ってたら、護衛戦闘士なら、ガードしてよ!」
ユニスの剣幕に晶斗はびっくりしたようだが、まじまじとユニスの顔を見て、
「何があったのかよくわからんが、悪かったな。俺も、大公から妙な感じは受けたんだが、物理的にガードするようなことは何も無かったからさ」
ポンポンとユニスの頭を軽く叩く。
「それで、俺が気付かなかったどんな事が起こってたんだ?」
晶斗には単なる短い会見だったのだ。
「わたしに対して何かのシェインを使われた。――――シェインを掛けられたのは、一瞬だったわ」
ユニスは、肩が小刻みに震えた。怒りが収まらない。悔し涙が出そうなのをこらえて、下唇を噛む。プリンスは間違いなく、ユニスに隙ができるのを狙っていた。
ただの仕事の依頼ではない。絶対に、裏がある。
晶斗は「そうか」と少し低い声で言った。
「てっきり、あの美形に見惚れているんだとばかり思っていたんだが……。俺はディバイン・ボーンズに気を取られていたからな。で、そのシェインの方は、精神攻撃か、催眠の類か?」
「わからないわ。確かに見惚れていたけど、まさかプリンスにシェインを掛けられるなんて、夢にも思っていなかったから、わたしはまるっきりノーガードだったもの。何をされたのかもわからないから、よけいに悔しいの。体に異常は感じられないけど、あの変な感じは、絶対に何かされてる。あっちの方が桁違いに強いシェイナーだったもの」
あれだけ強いシェインの持ち主なら、ユニスの能力など一目で看破できたはずだ。
「そういや、シャールーン帝国の貴族や皇族は、シェイナーばっかりだったな。忘れていたわけじゃないが…………」
晶斗は苦笑いした。
「そのシェインだが、解析できるか?」
「内面へ働きかけるシェインの解析は苦手なの。聖都にいるシェイナーの友達に頼んでみる」
「じゃあ、俺たちは、これから守護聖都へ行くんだな。聖都に行くまで持つのか」
「この町の理医に行ったら、プリンスに筒抜けよ。プリンスの意図はわからないけど、命の危険は無いと思うわ。遺跡探しの依頼をしてきたんだから。だから、サイトショップへ行くわよ。急いで例の物を換金して、護衛戦闘士の装備をそろえたいの。もちろん、ガードナイフもね」
晶斗はおや、と顔をかたむけ、意外そうな目つきになった。
「ふーん、君が俺の装備を気にするようになるとはね。君も、あの大公殿下の顔に見惚れていたばかりじゃなくて、真剣に危機感を抱いたわけだ」
どこか他人事のように言う晶斗に、ユニスはカチンときた。
今朝、三人組みに絡まれたときの記憶がユニスの脳裏に再生される。
晶斗が必要な武器を持っていれば、結末が違ったかもしれないのだ。
「そうよ。いざと言うときにガードナイフもない護衛戦闘士じゃ、困るでしょ。こうなったら、万難を排してこの件から逃げてやるわよ!」
ホテルの東側に、二階建ての四角い灰色の建物がある。
木製の立て看板には、星と月と8の字の無限大の印。
ルーンゴースト大陸全土に共通する、遺跡管理協定機構公認店。
通称『サイトショップ』だ。
遺跡に関連するものなら、装備一式から発掘品の買い取り、下取り、質入れまで、何でも行う。国家レベルの研究機関とは異なる、大陸中にネットワークがある民間組織だ。
くたびれたシャツにぼやけた茶色のベストを着た小柄な老人が、立て看板を抱え、店へ運び入れようとしている。
ユニスはすばやく近づき、看板を押さえた。
「ちょっと待ってマスター。閉店には、少し早いんじゃない?」
店主は抱えていた看板を下ろし、ずり落ちた鼻メガネを直すと、かるく咳払いした。
「ユニスちゃんか。今日は何だったかな?」
「いろいろ買いたい物があるの。あと半時間だけ、開けてて欲しいんだけど」
「うーん……ま、いいか。入ってくれや」
と、店主はユニスと晶斗を招き入れて自分は看板を持って店に入り、ドアにクローズの札を掛けて閉めた。
店内で晶斗が装備品を選んでいる間に、ユニスは買い取り用カウンターに、持ってきた小さな発掘品を並べた。
店主はそれを一つ手に取り、ルーペを使って丹念に検査した。
「フーム。史期か、古くても先史後期あたりの貴金属だな。こっちは古先史期かな。フムフム、これは蹄虫の化石だな。全部あわせても砂漠用ブーツが一足買えるかどうかの買取価格になるよ」
「これと同じ物が、通信販売で倍額だったのを知ってるわよ。実は、ほかにもあるんだけど」
ユニスはカウンターに乗り出し、こそっとささやいた。
「なにっ、小さい光る珠ッ、そりゃ、ラディウスのことか?」
仰天する店主を真剣に見返し、ユニスは返事を待った。店主は唸った。
「無理だ。本物なら、普通の店じゃ破産しても扱えない代物だ」
ユニスはがくっと肩を落とした。
「えー、まさか、値段の付かない学術的な価値とか、国宝級ってヤツ?」
すると、店主はちらりと意味ありげにユニスを見て、こほんと咳払いをし、
「いや、遺跡の出土品の取り扱いは、オモテはサイトショップと政府の研究機関だが、ルーンゴーストにはちゃんとウラもあるんだ」
と怪しさたっぷりに切り出した。
「あの、あんまりやばいのは困るんだけど。あたし、健全な素人だし」
店主はいきなり顔を崩して笑った。
「なに、個人収集家だよ。珍しいものが好きなコレクターのリストがあるんだ」
ユニスは小首をかしげた。
世に遺跡関連グッズのコレクターは多い。だからユニスのような個人の探索者が、遺跡で見つけた細細した拾い物をサイトショップに持ち込んでも、小遣い稼ぎ以上の儲けになるのだ。




