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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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12/81

011:契約成立

 東の空が白み始めた。

 砂漠の気温がゆっくりと上昇していく。

 ユニスは晶斗の手を離して歩きかけ、足音が付いて来ないので止まった。

「晶斗?」

 さっきの場所で、晶斗は砂に膝をついていた。うつむいて両手で口を押さえている。その指の隙間からしゃがれた呟きが()れた。

「く、そっ……遺跡踏破の比じゃないな……」

 顔色が真っ青だ。

 しまった、病み上がりには空間移送の刺激が強烈すぎたかと、ユニスは晶斗の左肩に右手をそっと置いた。手の平から限りなく光に似たエネルギーを晶斗に向けて放射する。量はほんのわずかで十分。医療訓練は受けていないから本格的な治療はできないが、晶斗の状態ならユニスでも軽減できる。

「飛ばしすぎてごめんなさい。迷宮に慣れてないと、悪酔いするんだよね」

 すると、晶斗は目を開け、大きく息を吐き出した。

「今のもシェインか?」

「応急処置だけどね。だいじょうぶ?」

 ありがとう、と、 晶斗は頭を軽く振ると、軽い動作で立ち上がった。顔色はさっきよりもずっと良くなっている。

「すごいな、君は。あんなふうに迷宮を移動するシェイナーがいるとは、知らなかったよ」

「あ、あら、そう?」

 思いがけない賞賛に、ユニスはぴょんと跳んで晶斗から離れ、背中を向けた。真っ赤になっているだろう顔を見られたくないので、そのままで告げる。

「テストは合格よ。町に戻ったら、お祝いに一杯おごるわ」


 町へ着くまでに、東の空に輝いていた明けの明星は消えていた。

 朝の白い光が満ちる町の、入り口の門柱を通り抜けたとき、

「ちょーっと、待った!」

 ひどいダミ声に呼び止められた。

 男が三人、門柱を背に立っている。ひょろりと細い二人を左右に従えた声の主は、顔の下半分が茶色いもじゃもじゃの(ひげ)(おお)われた大男だ。筋骨たくましく、分厚い胸と太い腕は、(りゅう)りゅうと盛り上がった筋肉でシャツがはち切れんばかり。色あせたガードベストにもベルトとズボンの脚にもナイフ・(びょう)・センサー器具をぎっしり付けて、発掘よりも荒らす方で生計を立ててるタイプに見える。もっとも、遺跡地帯には、こんな三人組はごろごろしているから、そんなに珍しくもない。

「なに、この人たち。晶斗の知り合い?」

「さてな。保安局の拘置所にはいなかったと思うぞ」

 晶斗も首を傾げている。

 茶色いもじゃ髭の大男が、前に出て、ニィ、と歯を剥き出した。

「お前ら、もう忘れたのか。まだ一時間も経ってねーぞ。迷図の中で会っただろうが」

 ユニスは晶斗と視線を交わした。迷宮が崩壊する間際に見た人と言えば、魔物狩人らしい人物だった。あとは迷図で襲ってきた、全身紅色の、顔もわからぬ魔物の出来損ない三人組だ。顔はわからないが、三人の体型は一致する。

「ああ、お前らがあの変な紅いやつの中身か。崩壊する迷図から、よく脱出できたな」

 晶斗はさりげなく移動し、ユニスを自分の体の陰に入れた。

 もじゃ髭は、にやりと笑った。

「そう簡単に死んでたまるか。納得したところで、お宝を渡してもらおうか」

 黒いガードグローブに包まれたごつい手が、ぬっと突き出された。

「何のことだッ?」

 晶斗が応えると、もじゃ髭はギロリと目を剥き、ユニスを睨みつけた。

「お嬢ちゃん、ラディウスを返しな。あれは俺たちが先に見つけたんだ。ガキのくせに、いっちょまえの盗掘者みたいに別の入り口を作りやがって、本物の盗掘屋でも難しい方法だぞ。俺たちをみごとに出し抜いてくれたな」

 ラディウスは迷図にある。一般には、遺跡の中の迷宮にある幻のお宝として知られている稀少品だ。発見できる確率は千分の一とか、砂漠の砂の一粒とまで言われている。

 一呼吸おいてから、ユニスは晶斗の後ろから顔を出した。

「なんのことかわからないわ。それに、遺跡で拾えるお宝は、先に手にした者に権利が発生するはずよね。わたしが持っているという証拠でもあるの?」

 もじゃ髭のこめかみの青筋が、一瞬で太くなった。

「ふざけるんじゃねえっ」

 怒声を合図に、両側の二人の顔に殺気が走った。ベルトのナイフに手がかかっている。

「こっちにだってシェイナーがいるんだぞ。お嬢ちゃんのシェインの痕跡をたどったんだ。あのラディウスは俺たちのものだ。素直に渡せばよし、でないと、ちょーっと怖い目に遭ってもらうことになるぞ」

 空気に緊張がみなぎった。

 町の騒ぎは保安局へ通報されるが、早朝の町はまだ静かだ。

 ユニスは、ちら、と晶斗に目線を送った。

「さて、あなたならどうする?」

「まかせろ。これも護衛戦闘士(ガードファイター)の仕事だ」

 応えて、晶斗が一歩進み出る。

 もじゃ髭はにやにやしながら、あご(ひげ)をなぜた。

「護衛戦闘士ねぇ。それにしちゃ、細いし、ガードナイフの一本も持ってないようだが」

「お前らなぞ素手で十分だ。かかってこい」

晶斗は両拳をバキ、ボキと鳴らした。

「でかい口をたたくじゃねえか……迷宮の中では動きにくかったが、今度は違うぞ」

 もじゃ髭からにやつきが消えた。

 ユニスはすばやく後ろへさがった。

 もじゃ髭が繰り出すパンチは速かった。ユニスの目には捉えきれなかったが、晶斗は最小限の動きですべてを(かわ)した。もじゃ髭の渾身(こんしん)のストレートが空気を切った瞬間、晶斗の頭は腕の下をくぐって沈み、(てのひら)がもじゃ髭の(あご)を鋭く突き上げた。

 ガキッ、と硬いものがぶつかる音がして、晶斗がさっと跳び下がった。もじゃ髭は大きくのけぞっていた。空白の一瞬後――――ぐらりと傾いて地面に倒れ、そのショックで目が覚めたのか、両手で顎を押さえながら、背中でのたうちまわり始めた。

「ああっ、アニキが!」

「野郎、よくもっ!」

 手下の一人がもじゃ髭に駆け寄り、もう一人がベルトから短剣を二本引き抜き、振り向きざま、晶斗めがけて投擲(とうてき)した。

 わずかにタイミングのずれた二本の刃は、晶斗の胸と腹へ直線を結ぶ。その延長線上にはユニスがいて、シェインで一足飛びに軌跡を計算できても、とっさに体が動かなかった。

 そして、飛来する短剣の速度と距離を正確に測った晶斗は、軌道を避けない!

 その瞬間は、静止画のようにユニスの眼に焼き付いた。


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