010:テストその⑤
そこに、光の珠があった。
どこまでも淡い虹色の空間で、ユニスが手を伸ばせば届く距離に浮かび、小さな太陽のように燃えている。
ユニスの右隣で晶斗が目を瞠った。
「おい、これって、ラディウスじゃないか」
「え、これのこと知ってるの。やっぱり、高額なお宝なのね」
右手が晶斗の左手を握ってふさがっているので、ユニスは左手の指先で光の珠に触れた。
すると光の珠は、スウ、と輝きを弱め、ユニスの左手にコロンと転がり乗った。
水晶玉を想わせる透明な珠だ。中心にはちらつく金色の炎が封じられ、全体から淡い金色の光を放っている。
ユニスが珠を持った瞬間、銀鈴にも似た澄んだ音色が響き渡った。
目の前の空間の、ラディウスがあったその一点に、ピシリ、と輝く亀裂が走った。
そこから鋭い光がほとばしった。
亀裂は八方に走り、ほとばしる光は亀裂を追って、どんどん広がっていく。ひび割れは上下左右、見渡す限りの空間に走り、世界を埋め尽くしていく。二人がいるのはひび割れて行く球体世界の中心なのだ。
ひび割れる音が、りんりんとこだましている。
どこかで人間の声らしいものもする。怒鳴っているようだ。
ユニスは明るい声で笑った。
「脱出よっ!」
ひび割れた世界は、世にも美しい音色を奏でつつ、崩壊を始めた。
迷図の空間が、夜明け前の空のような、水色の光に満ちる。
ユニスは左手に珠を持ち、右手で晶斗の左手を握りしめた。一緒にゆるやかに降下する。
周囲の空間がきらめいている。砕けた空間の破片が一緒に落ちていくのだ。
ひときわ大きな破片が漂ってきた。奇妙に震えている。灰緑色に陰った表面は、望遠鏡のレンズを覗くように、どこかの通路に焦点が合っていた。そこには三つの豆粒大の影があった。と、その顔がかろうじて見分けられる程度に拡大された。いかにも盗掘者らしき砂漠の砂で汚れた風体の男が三人、四角い箱に懸命にしがみついている。
「おまえら、よくもやりやがったなっ!」
破片から声がした。砕けた風景でも、歪んだ空間は繋がったのだ。
「ねえ、あの人たちかな、さっきの紅い人たちは?」
「そうだろうな。俺たちの他に迷宮にいるのはあいつらだけみたいだし。シェイナーがいないみたいだけど、あの箱が迷図に入るためのシェインの装置かな?」
そうするうちに、破片の映像は薄れ、男たちの罵りの声も天空高く融けていった頃には、破片は漂ってどこかに行ってしまった。。
ユニスは両手で晶斗の左腕を抱え直して、体勢を整えた。晶斗よりも一瞬早く、視えない地に降り立つ。すぐに晶斗の踵も着いた。
と、世界を染めていた水色の光が消えた。
上には、天井がある。
灰緑色だ。
足の下にも石の床がある。
遺跡の通路に戻った。
ここは迷図の入り口を開けた、元のT字路の突き当たりだ。
と思った直後、全身に現実の重力がかかった。
「走ってッ!」
ユニスが叫ぶと同時に、二人のすぐ背後の壁の中心が、ボコリとへこんだ。
異空間の崩壊が現実の遺跡にまで追いついたのだ。
壁や天井が、乾いた砂のように崩れ、微細な七色の粒子に分解されていく。
ユニスは左手でしっかり晶斗の右手を掴んで走りながら、右手を一振りした。
前方の床にポッカリ黒い穴が開く。
二人で足から飛びこんだ。
暗く狭いトンネルだ。まっすぐ下へと延びている。
ふいに、明るくなった。
迷宮が透明になったのだ。
巨大な遺跡の外郭は、月光に透けて空中に浮かぶ山のよう。はるか眼下の砂丘には、正八面体の薄い紫水晶色の影が落ちている。光に透ける迷宮に張り巡らされた無数の回廊は、細い蜘蛛の糸で編み上げたレース模様の影となっていた。
ユニスは、ハッと頭を上げた。
「まだ誰かいたっ!」
「おっ?」
と、ユニスと晶斗が振り向いた方向には、遠い通路の一角が透けて見えていた。
そこに、黒髪の男が佇んでいた。砂漠用の白いコートをまとい、左手には長剣を携えている。遺跡地帯では、護衛戦闘士とともに、ときどき見かける服装だ。
「あの格好は、魔物狩人かな」
晶斗が呟いた。「たぶん、彼がさっきの奴らの仲間のシェイナーだろう」
ユニスは強い視線を感じた。あの白い狩人がユニスたちを視ている。顔は大きな黒いヴァイザーで鼻の下まで隠されているので表情はわからないが、ユニスのシェインがそう告げている。
「ええ、そうだわ。あの人がシェイナーよ。わたしたちをシェインで視ているわ」
白い狩人は通路が崩壊する閃光とともに、視界から消え去った。白い狩人を見ていたのはほんの十秒あまりだったのに、その姿は強烈な印象でユニスの記憶に焼き付いた。
「でも、あの変な紅いのとは全然違う、すっごいハンサムな人だったわよ」
「でかいヴァイザーをつけてたのに、顔がどうしてわかるんだ。ていうか、どういうポイントで人間の透視をしてるんだよ」
呆れた晶斗の言葉が終わらぬうちに、落下速度が遅くなった。
靴裏で砂が動き、ザクリと鳴った。
崩壊した迷宮の最後の塵は、虹色の光の小雨となって地に降りそそいだ。
虹色の塵は地面に着くと消えていく。
跡にはシミひとつ残らさず、遺跡は消え去った。




