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ルーンゴースト  作者: ゆめあき千路


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09:テストその④

「ぐおおっ」

 三度目に腹を押さえた大紅男がへたり込む前に、晶斗はその肩に手をついて跳ね上がった。

 高く飛んで、空中でとんぼ返りをうち、大紅男を越えたずっと向こうへ着地する。重力の少ない迷図ならではの、身軽さのなせる技だ。

 そこからすぐに走り出す。

 ユニスとは真逆の方角へ。

 ひとまず二手に分かれるのは、計画のうちだ。

 もちろん晶斗には、ユニスがこうしてシェインの透視で見守っていることと、合流地点への行き方は教えてある。

 大紅男が晶斗に蹴られ、倒れていた時だった。


「今のうちに逃げないのか?」

 と、訊ねる晶斗に、ユニスは彼らが通り道を塞いでいることを説明した。歪んで異質な状態に見える紅男たちそのものが次元と空間の障壁になっている。紅男たちがいるかぎり、少しくらいの迂回では、望む道筋へ行き着けないのだ。

 頭をかがめた晶斗の耳に、ユニスはささやいた。

「いいこと? あなたは、あの一番大きな男を飛び越えたら、そっちの方角へ、まっすぐに進んで。そうすれば正しいルートに出られるわ。わたしはうんと回り道をするから」

 丁寧に説明したのに、晶斗はなんだか嫌そうな、疑惑をたたえた目付きになった。

「迷図で一人になれってか。うまく言って、俺をここへ捨てて行く気じゃないだろうな」

「置き去りにしないって約束したでしょ。離れてもちゃんと視てるわよ。透視はいちばん得意なんだから」

 ユニスは、真正面に立ちふさがる大紅男の方を指差した。

 光の満ちる茫漠(ぼうばく)とした空間の、どこかを。


「はっはあ! シェイナーに見捨てられたな」

 大紅男は上半身をくの字に曲げて左脇腹を押さえ、去っていく晶斗の背へ、(しやが)れ声を張り上げた。

「バーカめ、迷図でシェイナーとはぐれたら、おわりだ。お前はこの異次元から、永遠に脱出できない。ザマア見ろ。あんなガキを信じるからだ。うひゃっ、ひゃはっ、は」

 笑い声の途中で、三人の紅い襲撃者の姿は、掻き消された。空間移送だ。同じシェインの力が彼らをまとめて移送させた。三人の紅男たちはそれぞれ離れた場所にいたのに、多少の距離の違いなどものともしない、恐ろしく強力なシェイナーらしい。その彼らの仲間のシェイナーがユニスの意図を読み、ここからの撤退を決めたのだろう。

 だったら、この空間での勝負はユニスが勝った!

 視ていたユニスはおかしくなり、声を立てずに笑った。

 晶斗はチラチラする光しか見えない路なき路を、ユニスの指示通りに走っていく。

 ここは迷図だ。孤独になれば、あらゆる音が途絶えてしまう。聞こえるのは自分の耳の中の血流のザアザアという音、激しい運動と緊張のために爆発しそうな心臓の鼓動だけになる。

 ユニスは瞑っていた目を開けた。

 ずっと下方で、小さな影が移動していく。

「晶斗、こっちよ!」

 驚かせすぎないように声を掛けてから、ユニスは顔から落ちていった。

 はっと上を向いた晶斗が目を瞠り、ユニスを受け止めようと、両腕を伸ばしてくる。

 ユニスは焦った。せっかく晶斗の左腕をサッと掴み、ちょっとびっくりさせてから引き倒して、その勢いを利用して下へ行こうと目論んでいたのに。

 こうなれば、回避行動だ。

 落下コースの軌道を微修正する。

 真正面からの衝突を避けた。

 晶斗の腕に確保されるよりも早く、ユニスは晶斗の首に左腕を回すのに成功した。それでも晶斗はけっきょくユニスを抱きとめる格好になり、もんどりうって倒れた。その背後には何も当たらず、足場も無くし、今まで居た場所から見れば、下の方へと二人で一緒に落ちていく。

 彼方に待ち受けるのは、なお底知れぬ七色の光が満ちる空間だ。

 ユニスは晶斗の顔のすぐ傍でささやいた。

「だいじょうぶよ、本当に落ちているわけじゃないわ。これも空間移送のバリエーションなの。見方を変えればわたしたちは上昇しているのよ。この先に目的地があるわ」

 だが、晶斗は声もなく、遠ざかる上方を見つめていた。大きく見開いた黒い瞳を覗き込むと、そこには驚異の光が映り込んでいた。

 二人で落下あるいは上昇しているその間に、迷図の様相は刻刻と変わりゆく。

 さっきまでいた場所、または現在二人で飛んでいる位置から見た天頂高くには、澄んだエメラルドグリーンの輝く雲が渦巻いていた。その周囲から青い闇が忍び寄り、エメラルドグリーンの雲をたちまち深い藍色(あいいろ)に同調させた。すべてが藍色の雲になってしまうと、その中心で、黄金の光が爆発した。

 藍色だった世界に、輝く金粒が散りばめられた。

 まるで金の星がきらめく夜空のようだ。

 金の粒は広範囲に漂いながら、そこかしこで小さな渦巻きを形成した。

 無数の小さな銀河の誕生だ。

 やがて小銀河たちが上昇を開始する。

 迷図の世界にある、見えない力の流れが大きな潮流のようにうねっていた。無数の小銀河が寄り集まって、大きな一つの渦と巻き、さらに成長して巨大銀河となったその中心から、一筋の輝く糸が伸び出した。それは細い流れとなって、天上へと吸い上げられていく。まるで逆さまになった砂時計から輝く砂が落ちていくようだ。

 ユニスと晶斗は巨大銀河の様相を眺めながら、一直線に降下していた。落下の速度はどんどん増し、周りの星星は自ら上空へ飛び去っていくようだ。

「これが迷図か……!」

 晶斗が唇をわななかせた。

 ユニスはそっと晶斗を押して体を少し離そうとしたが、うまくいかなかった。怖くてユニスにしがみついているのかとも思ったが、そうでもはなさそうだ。ユニスを信頼して緊張が解けた晶斗の手は、ユニスのウエストに軽く回されている。どうやら晶斗は初めて見る光景に、純粋に驚いているだけのようだった。

「そうよ。ここは遺跡の中に在る一つの世界。異次元に閉じた小さな宇宙なの」

 ユニスがウエストから晶斗の手を外そうと小さな努力をしている間に、周囲での星星の飛翔(ひしょう)がやんだ。

 晶斗の手が緩んだので、ユニスは晶斗の両手を持って向かい合った。そのまま大きな螺旋(らせん)を描くように、右回りに回転しながら降下する。降下は水のなかへ(もぐ)るのにも似て、ひどく緩慢(かんまん)に感じられた。

 星の満ちる夜の世界が、底の方から白くかすんでくる。

 まるで夜明けを目指して落ちているようだ。

 さっきまで周囲を取り巻いていた星星の輝きは、薄明に呑み込まれて色あせた。

 ユニスの髪がふわりと上になびいた。

 とん、と見えない地に足を着いた。

 なびいていた髪がふんわりと肩に降りる。

「やったッ。あいつらに勝ったわ!」

 ユニスは、眩しそうに目を細めている晶斗の左手を取り、歩き出す。

 目指すは薄明の中心地、この明るさの源だ。

 着地点からきっかり十歩進んだ、そのときだった。

 カーテンを引き開けたように、いきなり、まばゆい輝きに眼を射られた。


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