王女の決断
学級委員長に立候補したけど、投票で選ばれなかった少年をイメージして書きました。
「アタシにいい考えがあるわ」
宿の一室、僕たちが頭を悩ませているとクレアはそう言った。
「聞かせてくれないかのう」
答えたのは、この場にいる4人の中で最年長のラドル様だ。最年長とは言っても、ラドル様と僕たちの間は年齢が親子以上離れている。
「王女様をこの町から脱出させるためには、二手に分かれるべきだと思うの」
馬鹿な!
「何で分かれなきゃいけないんだよ!」
「グラン。最後まで聞いて」
その提案に興奮した僕をクレアがたしなめる。
「いい。王女様をさらったのは3人組の謎の男達ということになっているわ。王女様を足して4人。4人まとまって関所を超えようとしたら、疑われるのは当然のことでしょ。
だから、2人組で関所を超えるの。2回に分けてね。
これなら、怪しまれないわ」
「たった一人でファラを守れというのか!何でファラを危険に晒すんだよ!」
「ああ、もう!グラン!もう少し冷静に考えなさい!」
「……お主ら。もう少し声を小さくしてくれないかのう。外に響きますぞ」
「あっ。ごめんなさい」「悪かったな」
「うむ……、グラン。お主のファラ様を思う気持ちはわかるぞ。だがな、子供みたいに考えちゃいけない。儂等はあくまでファラ様をこの国から無事に脱出させることだけを考えるんじゃ」
「わかってるってば」
「……」
沈黙が部屋を包む。それを破ったのはクレアだった。
「……で、どうしたい、王女様」
僕たちの視線が今まで会話に加わっていなかったファラに向けられる。
愛くるしい瞳。変装のために切ったはずの髪は、黄金色に輝いておりその高貴さを隠せていない。
「……えっ?私でございますか」
「そうよ。あん……、失礼しました。王女様のことなので、王女様自身が決断されるのが一番良いかと思いまして」
「……」
ファラは悩み始めたのか視線を下に落とす。沈黙が再びこの部屋を包んだ。次に、ファラが口を開いたときには、1分ぐらい経過していた。
「……私は、二手に分かれるのが良いと思います」
「ファラ!」
「決まりね。ラドル様もそれで文句はないよね」
「儂も、それしかないと思いますのう。
しかし、二手に分かれるにして、誰が王女のお傍に着くのがよいと思われますか」
「僕が行く」
そうだ。僕は彼女を一生守り抜くことを誓ったんだ。
「……だから、グラン。あんたね」
いくら、クレアがあきれようがこれだけは譲れない。
そもそものこと、僕たちがファラを攫うことになった原因。それは彼女が隣の国、ヘルマン帝国の王子と結婚することが決まったことに始まる。
僕たちの住んでいるラテン神聖王国とヘルマン帝国は長い間戦争をしていた。そして、大敗してしまった。
それで、ラテン神聖王国とヘルマン帝国は停戦協定を結ぶことになったんだけど、その中の決まりごとの一つにとんでもないものがあったんだ。
ラテン神聖王国の王女ファラとヘルマン帝国の王子リヒャルトは結婚して、ファラ王女はヘルマン帝国に居住すること。
つまり、ファラは人質にされるってことさ。そして、一生をヘルマン帝国で終える。そんなの許せない。
どうして、そんな国の大事が許せないと思うのかって?
それはもちろん、僕が幼い頃にファラのことを一生守り抜くと誓ったからさ。
僕とファラの出会いは5歳の頃にさかのぼる。
あれは父さんに連れられて、王宮に入った時のことだ。広い王宮に感動して、あちこち走り回っていたら、僕は迷子になってしまった。
それで、父さんを探そうと中庭を歩き回っていたら突然、茂みの中から金髪の可愛らしい女の子が飛び出してきたんだ。
頭に木の枝を乗せて、ちょっととぼけた表情で彼女は笑ってた
あはは。面白い顔!
そう、その時から、僕は彼女のまぶしい笑顔に惹かれていた。でも、すぐに護衛騎士たちに捕まってしまい、父さんの所に連れていかれたんだけどね。
まあ、とにかく、僕はその時からファラのことが好きになっていた。そして、ファラのために騎士になろうと思ったのである。
二度目に彼女に出会ったのは、僕の騎士になった時の叙勲式のことだった。謁見の間で、王の横に立つ彼女、その顔は厳しいものだった。だけど、
「お久しぶりですね。騎士としてこれからよろしくお願いします」
そう。彼女は僕のことを覚えていてくれたのだ。あんな昔の出来事を。
でも、一つだけ悲しいことがあった。
彼女は一度も笑顔を見せなかった。まるで忘れてしまったみたいに。そう、幼い頃の彼女はあんなに無邪気な笑顔だったのに。
僕は彼女の笑顔をもう一度見たかった。だから、彼女のことを一生守ると誓ったのさ。
ある時、ちょっとしたことがあって、都で評判の盗賊を捕まえることがあった。僕は王の間に連れられて王様直々に褒美をもらったんだ。その時に、王に気に入られて、ファラとも話す機会が得られた。
「私といる時は、ファラでいいですよ」
彼女と対等の友人として接することができたんだ。だから、ファラは僕にとって永遠の片思いの相手であり、友人であり、守るべき主なのである。
彼女は僕の前で少しづつ笑うようにはなったけど、あの時のまぶしい笑顔は見られなかった。
だから、彼女が自分にとって不本意な結婚をすることになったと聞いた時には、その場で王女の間に飛び込んで連れ出してしまおうかと思ったよ。
でもできなかった。
幼馴染のクレアにばれてしまい、止められたからだ。
「あんたのやってることはただの無謀だし、ただの迷惑。本当に彼女のことを思っているのなら、彼女のしたいことを考えてから、行動しなさい」
僕は彼女に直接この結婚をどう思っているのか聞いてみた。
「……結婚は……したくないですね。それに……」
その答えを引き出すだけでもかなりの時間が掛かった。
僕は決断した。何があろうと彼女を守り抜くと。
そして、僕は、既に退役していたファラの昔の護衛騎士であるラドル様と連絡を取り、彼女を攫うことに決めた。ラドル様は小言が多いので、普段は辟易していたが、ファラを攫う計画に参加してくれそうな人はこの人しかいなかった。クレアは「幼馴染だし、心配だからついていく」と言って、何故かついてきた。正直なところ、自分の人生もふいにするこの計画に参加してくれたことには本当に感謝している。
「関所を通る時……、もしファラとは別の組でも近くにいたら駄目なの?」
「ダメに決まってるでしょ。関所を渡る時は日付も別々。渡ったら隣国の都市へそのまま直行。最低でも3日は会わないほうがいいでしょうね。通しても、怪しいと思われる人間には尾行が着くかもしれないし」
「じゃあ、僕が行く!」
「だから、短絡的に考えないでよ。しっかり考えて誰が一番いいか決めるのよ。
わかってるの。関所で王女様がいることがばれたらね。その場は切り抜けられるかもしれない。でも2度とこの国から出ることは無理なのよ。
冷静になりなさいよ。今、捕まらないでここにいること自体が奇跡に近いんだから」
そうだった。僕たちはファラを攫うことに成功して、今ちっぽけな宿屋に潜伏できている。
クレアの言う通りだ。なんだかんだ上手く行っているけど、本当は綱渡りに近い状況、綱から落ちたら、確実に打ち首だ。
「そのことなんじゃのう。クレア殿」
「なに。ラドル様」
「儂が王女と同じ組は危険だと思うんじゃ」
えっ?
「何故?」
「儂は護衛騎士としてこの国に長年勤めてきた。儂の顔を知っているのも多い。関所も何人かは儂の顔を知ってると思うんじゃ」
「なら、そいつらを買収しよう!」
「それができればいいんじゃが、王女を探し出したものには懸賞金を出すと触れが出ておる。儂がもう少し慕われていれば、見逃してくれるものもいたじゃろうが……」
「しかし、それだけなら、同じ組でもいいんじゃないかしら?」
「うーん。ファラ様が行方不明になったこの状況で、儂が関所を通ろうとする。しかも、それには供が着いている。不自然に感じる者も多いじゃろう」
確かにそうだ。でも、それを肯定することは……。
「だ、大丈夫なんじゃないかな」
「確かに、供の人間がどんな奴かはしっかり調べるでしょうね」
クレアはラドル様の意見を補強してくれた。
「じゃあ、ラドル様はダメね。それなら、わたしかグランのどっちかが王女様の供をするのがいいんだけど……」
そこまで、しゃべってからクレアは口をつぐんだ。この流れだと彼女がなんて言うか、僕でもわかる。
僕も王女と親しい騎士として評判だった。何か関係があると疑われるに決まっている。もしかしたら、既に自宅のほうは捜査されているかもしれないのだ。
「僕は、休暇届を出している。もし、ばれても旅行に行くつもりだと言えば大丈夫と思うんだよ……。それにさ……」
僕の声が少し震えているのが、自分でもわかった。それに、僕が通れたところで、ファラが通れなければ意味が無いのだから、この言葉には何の説得力も無い。
ちょっとした卑しさを感じた。ファラの安全を考えれば、クレアが供をするのが良いに決まってる。それでも、僕は彼女のそばにいたかった。この冷ややかな精神と熱情のぶつかり合いは僕を苦しめ、悩ませ、黙らせた。
言葉が続かない僕をみて、クレアは困ったような顔をしていた。たぶん僕が本当にひどい顔をしていたからだろう。
「はあ、どうしたものかしらね。……なら、王女様、あんたが決めなさい」
「えっ!わたしが決めてよろしいのですか?」
「何、変な事を言ってんのよ。あんたの人生よ。あんたが決断する。あんたをここまで慕う馬鹿を選んでも私は最大限にあなたをフォローするわ」
君は何を言っているんだ。
「それに、アタシとあんたは初対面だしね。信頼ってもんが無いじゃない。供を選ぶなら、顔なじみのほうが安心でしょ」
ふと、僕は思った。クレアはファラのことを思って話しているのではないかと。
「彼女のしたいことを考えて行動しなさい」ファラを攫う前にクレアが言った言葉である。今、クレアはファラの意志を尊重して行動している。
実に恐ろしい可能性が頭に浮かんだ。
僕はファラの意志を尊重して行動していただろうか。
もともと、彼女は本当に結婚を望んでいなかったのだろうか。「結婚したくないですね」という言葉は僕が無理矢理言わせたのではないだろうか。もし、そうだとしたら。何だ。僕は望まない結婚で悲しむお姫様を救ったのではなく、ただの花嫁泥棒ではないか。
もし、違うのなら、僕を選んでほしい。いや、選んでくれ。クレアを選んで、僕をただの花嫁泥棒にしないでほしい。
ファラを見ると、彼女は目をつむり、じっと考えていた。
時間が過ぎる。こんな時に、誰かのお腹が鳴った。
場にそぐわないその愉快な音に、僕は狂い笑いしそうだった。
決断したのだろう。ファラは目を開き、悲哀に満ちた目でじっと僕のほうを見て
「クレア様にお願いします」
深い絶望が僕を襲う。
だけど心の奥底には、ほんのわずかだがほっとしている自分がいた。
「いいの?王女様」
その質問にはわずかながら不満が含まれているような気がした。
「はい」
「本当にいいのね。それで」
「はい。お願いします。あっ、でも私も決めてから聞くのもあれなのですが、女二人で関所を超えるのも不自然ではありませんか」
「全然不自然じゃないわ。だって、男二人だもの」
「?……それはどういう……」
突然、クレアの足元から煙が巻き起こり彼女を包む。煙が晴れた先には商人風の格好をした男が現れた。
「攫ったときは見てなかったものね。実は私、変化魔法の使い手なの。まあ、自分自身しか姿を変えられないんだけど」
「じゃあ、私はどうやって変身を?」
「男装してもらうわ」
「男装でいいんですね……」
「出発はいつにするかのう」
「3日後にしたいわ。偽の通行証とか準備しなきゃいけないし」
「3日もここにいるのは危険じゃなかろうか」
「まあ、一応対策は取るわよ」
そう言うと、クレアは再び姿を変える。
今度は長髪金髪の、一見ファラによく似た美少女だった。
「こういう姿になって、あちこち歩き回ろうと思うわ。そしたら、王女に似た姿の女性を見たって通報があると思うから、そっちに気を取られて少しは時間を稼げると思う。もちろん、同じ姿ばっかりじゃないわよ。髪の色、服装、微妙にバリエーションを変えながら、歩き回ればさらに良いと思うしね」
「そうじゃな。それがよかろう」
「本当にありがとうございます。クレア様。私なんかのために」
「別に気にしなくていいわよ。……って言うか、ずっとタメ口ね、アタシ。申し訳ありません。王女様」
「クレア様。タメ口でいいですよ。ファラと呼んでください」
「……いいの?アタシは遠慮しないわよ?」
「はい!クレア様」
「わかったわ。じゃあ、アタシのこともクレアと呼びなさい」
「えっ?」
「何で戸惑うのよ。何でアタシが呼び捨てで、あんたが様付けになるのよ」
「じゃ、じゃあ、クレ、ア……?」
「だーかーらー、何でそこで黙るのよ」
「ク、クレア。よろしくね」
「うん。よろしくファラ」
二人は笑みを浮かべながら固い握手を交わしていた。その様を見てラドル様が少し泣いていた。
「ラドル。泣いてるの?」
「儂は感動していますんじゃ。ファラ様にご友人ができるなんてことは無かったのじゃから」
「まあ、失礼しますね。私にだって、友人はいますわよ」
「本当に失礼ね、ラドル様は。あっ、そうそう、ラドル様には馬車の準備をお願いするわ」
「馬車?」
「アタシと王女様は商人の兄弟という設定で関所を渡るつもり。物が多かったら、関所の奴らも多少はそちらに気を取られるでしょうしね」
「それなら、大きな壺や木箱を準備したほうが良いじゃろうな、いちいち全部開けなきゃいけないじゃろうから、関所の奴らも疲れ果てるじゃろうに」
「お願いするわ。私もマジックアイテムをいくつか準備しておくから……、しかし、そこまでするのなら本当に商売ができそうね」
クレアがくくっと笑う。その目は悪戯好きな悪魔のようだった。
叫びだしたくなるような気分だった。でもその衝動を抑えて、平静に何とか言葉を絞り出した。
「僕は何をすればいいかな」
僕がしゃべりだした途端、空気が一変して重くなった。
「決まってるわ。出発の日までファラを守りなさい」
「あれ?でも、僕は」
「もうね、そんな泣きそうな顔をして、頭も混乱しているだろうけど、集中して聞きなさい。実際、あんたのやれることなんて、ほとんどないわよ。この町にツテがあるわけでもない。魔術が使えるわけでもない。あるのは、剣の腕前と馬鹿っぷり
だけどね。そんなの関係ない。ファラのことを一番に考えてるのはあんたなのよ」
「そんなことないよ。僕は僕のことしか考えてなかった」
「そうかもね。でも、何度、夜、ご飯に呼ばれる度にあんたの惚気話を聞いたと思ってるのよ。もううざくてうざくて、仕方無かったわ。でもね。それだけ好きだってことは伝わったわ。
だから、ちょっとの間、ファラと一緒にこれからのことを考えなさい。彼女の話もちゃんと聞いてね」
「で、でも」
「何ためらってるのよ。心配しなくてもいいわよ。さっきからずっと、ファラはあんたのことしか見てなかったんだから」
「ク、クレア!な、何を言って!」
「お互い好き同士な人間なら、何不安に思うことがあるの?どうせ、関所を超えてからどうするとか何も考えていないんでしょ
だから、そういうのを考える時間をあげるって言ってるの!」
「はあ。喋りすぎたから、お腹が減ったわ。私、何か食べてくるわ」
「おや?では、儂も行きましょう」
二人が出て行き、僕とファラの二人だけが部屋に取り残される。
「グラン。ごめんなさい」
「ファラ?」
しばらく、お互い無言だったが、ファラが突然口を開いた。
「グランが私のことを思ってくれるのはわかっています。でも、真剣に考えました。グランがいいかクレアがいいか。でも、どう考えてもクレアを選ぶしかなかった」
「それでよかったと思うよ。クレアなら安心だ」
「クレアには本当に感謝しています。クレアは本当に欲しい物を与えてくれました」
「何を?」
「決断することです。
私は、今まで父や母の言う通りに生きてきました。自分の頭で考え、決断することができませんでした。でもクレアは私にそういう機会を与えてくれた」
「適当なだけさ」
「例えそうでも、私は初めて自分というものを持てた気がするのです。あの時も私は言おうと思って言えなかった。でも、今なら言えます」
「あの時って?」
「グランが激しく結婚は嫌かどうか聞いて来た時です。私は嫌だ。ということしか言えず、どうしたいかを言うことはその時はできませんでした」
そういえば、あの時彼女は「それに」から先は何も言っていなかった。
「グラン。私はあの時、こう言いたかったのです。私はあなたと結ばれたい、と」
「あれで、良かったのですかのう。クレア殿」
夜道、アタシ達はこの時間でも空いているお店を求めて、通りを歩いていた。
「いいでしょ。ファラは、なんというか、今まで壁を作っていたような気がするから、お互いをより深く知る機会は必要と思うわ。今はともかく、これから長い付き合いになるんでしょうし。少なくとも私よりは」
「いや、クレア殿のことでございますよ」
「私?何のこと」
「クレア殿が他人の意志を尊重するのはわかった。ですが、自分の意志は尊重されないのですかな」
「私はいつでも、私の意志を優先しているわ。他人のことはそれから。私はいつも自分のことは自分で決断しているわ」
「それじゃあ、得なんて無い、花嫁泥棒なんてしないじゃろうに」
「……」
「何か企んでおるんじゃないかなと思いましてな」
ラドル様の目が厳しいものになる。
「……私はあの馬鹿が悲しむ姿を見ていられないから、それにあのままほっとくとあいつも死んじゃうから、そんなの見ていられないから」
「……それが、お主の意志なのですな」
ラドル様は空を見上げた。つられて見上げると、三日月が空に浮かんでた。だけど、月は薄い雲にかかってぼんやりとしか映っていなかった。
「ファラはこれからどうしたい?」
「わからないです」
思いもかけない返答に僕は面食らった。でも考えてみれば、そうか。彼女はお城で暮らしてきた。何ができて何ができないのかも知らないんだ。
「じゃあ、まずは冒険者にでもなってみないか。知ってるかい?砂漠の闘士達の話を……」
今まで知らなかった世界を聞いて、未来を思い馳せているのか、彼女は楽しそうに笑ってた。いつか見たまぶしい笑顔だった。
ここまで、読んで頂きありがとうございました。