俺は養子になるようです!
予想通り留守氏の御家騒動は、親父が介入して終わったようだ。
留守氏の当主は顕宗のままとして、村岡右兵衛の反乱は御咎めなしとした。
また講和のあかしとして右兵衛の娘が顕宗に側室として嫁ぐことになったようだ。
ただし高森城は返還されず、顕宗は余目を根拠地とすることになった。
親父はうまいこと両者に恩を売ったみたいだな。
せっかく独立大名といえるくらいの勢力になったのに、今回のことでまた伊達氏の影響を受けることになってしまったね。今の状態は、半独立ってかんじなのかな?
留守氏の問題はこんな感じだ。
なんでこんなに俺が留守氏の問題について詳しくなったかというとどうやら親父は俺を将来的に留守氏に養子入りさせるつもりらしい。
自分が継ぐことになるかもしれない家だからな。いろいろと調べてみたよ。
親父が爺さんと同じように、他大名と婚姻を結ぶことで勢力を回復させようとしているという話は以前したが、その一環として俺と一個下の弟小二郎も他家に養子に出すつもりらしい。
そこで現在、後継者のいない留守氏が俺の送り先一番手のようだ。
まあ、留守氏は中奥を抑える上では重要になるんだよなあ。
留守氏の居城高森城は宮城郡北部にある。
宮城郡は、北部を留守氏が、南部を国分氏が治めている状態だ。
そして宮城郡の北、黒川郡には黒川氏がいる。
この黒川氏も爺さんによって伊達一族から養子を送り込まれていて天文の乱の時は爺さんについて留守景宗とも戦ったらしい。
黒川氏は伊達氏より元奥州探題大崎氏から強い影響を受けている。とはいえ大崎氏も爺さんに時代は伊達氏に従属していたから、黒川氏も伊達麾下に入っていたらしい。
乱の後大崎氏と一緒に伊達支配から脱却したとはいえ小領主の悲しさか、現在では伊達と大崎両方に従属に近い形をとっている。つまり両属状態だ。
いやいや両属なんて伊達と大崎を天秤にかけるようなことしたらまずいだろ!
なんて思うかもしれないが実はこの時代は両属状態の領主って結構あるのだ。小さい家だと生き残るために大きい家に保護を求めなければ生き残れない。しかし大きい家に挟まれていたりするとついた家が負けてしまったらおしまいになる。そうならないため保険ではないが両家と仲良くしておくのである。
東北は他の地域と比べても小領主が多いからね。どうしてもこういう形になってしまうのだ。
更にいえば小大名と小大名の間、正確に言えばどちらかの小大名の領地の端、他領との境に位置する、豪族とか国人と言われるほんとに小さいと兵力が100人いないような奴らですら両属状態だったりする。
ほんと血縁関係と相まって面倒くさい地域だよ。
まあ黒川氏は両属状態とはいえ、伊達氏が勢力を縮小したし、伊達氏との間に位置する留守氏が独立しているため、かなり大崎からの影響を受けているらしい。
黒川氏への伊達氏の影響を強め大崎の力を削ぐため、さらに大崎氏にも圧力を与えるためにも留守領の伊達従属が必要なのだ。
現在の中奥は桃生郡ら気仙郡などを押さえ一大勢力を築く葛西氏、伊達支配から脱却した大崎氏、大崎に半従属半独立状態である黒川郡の黒川氏、宮城郡の留守氏と国分氏が伊達氏や最上氏とも関係を持ちながら並立しているのだ。
今回のことで、留守氏に頸木を打ち込み、いずれ養子を送り込む。そして完全に伊達氏の麾下に置き、大崎氏に圧力を加える。
親父の目標としてはそのまま大崎も飲み込みたいのだろう。大崎を支配下に置けば山形の最上にも圧力をかけられるからな。
とはいえ、養子入りするのはまだ先みたいだがな。
道具みたいな形で養子入りするのは複雑な気分だが、これも時代だから仕方がないか。
親父の後は兄上が継ぐんだから兄上の為だと思って頑張るとしよう。
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