余目親子
高森城内において、評定を終えた後、余目伊勢にたいして村岡右兵衛が話しかける。
「伊勢守殿」
「右兵衛、いかがいたした」
肩を震わせて、伊勢に迫ってくる右兵衛に対して、伊勢は落ち着いて返事を返す。
「紀伊らの言い分は御家を滅ぼすもと、そうは思わんか」
「左様、あれでは、御家が乗っ取られてしまうのう」
右兵衛の話に、伊勢も返す。
「しかし、伊勢殿、なぜ今日の評定でしっかりと紀伊らを批判し、お館様に、孫五郎さま、正嫡ということを言わなかったのですかな」
「わしは、評定のまとめ役じゃ、あまり口を出しすぎるわけにもいくまい」
「そうはいっても」
「右兵衛」
発言をしなかった伊勢をとがめる右兵衛を遮って、話しかける。
「留守家と伊達家はそもそも御家の規模が違う。伊達家の威風には逆らえないということは分かっておろう」
「い、伊勢殿!」
「あとは、どれだけ伊達家からの影響を抑えるかと御家を守るかということじゃよ」
「しかし」
「それでは御免」
なおも言い募る右兵衛を置き去りにして、伊勢は城をあとにし、屋敷へ戻る。
高森城下の余目氏の屋敷では、すでに嫡男の三郎太郎信有が、父である伊勢守信家の帰りを待っていた。
「若様」
父の帰りを待つ、信有のもとに、障子越しに声がかけられる。
「吾平か」
「はっ」
信有に声を掛けたのは‘草の者’
いわゆる忍びのようなものである。
もっとも草の者イコール忍びというわけではない。
彼らの、仕事は他領に潜入して、情報を探るという仕事もしないわけではないが、どちらかというと、戦の前に敵地で火付けを行ったり、人をさらったり、または襲撃したりというのが本業であり、忍者をイメージするのは正確ではない。
要するに忍びのようなものという説明しかできないものである。
それはさておき、当時の戦国大名やその家臣たちは当然、草の者を配下に持っていた。
余目家も例外ではなく、この吾平という人物が、余目氏に所属する草の首領だった。
「何かあるのか」
「はっ、調べるよう命じられていた、伊達家の鉄砲ですが、それなりに数をそろえているようです。」
「そうか」
「他にも、当主輝宗直属の旗本衆らを中心に常備兵を現在編成している模様です」
「分かった。すまんな助かった」
「滅相もございません」
報告を終えた吾平が側から辞去する。
報告を聞いた、信有は一人考え込んでいた。
そこに、遅れて城をでた、父伊勢守が部屋に入ってくる。
「いま戻ったぞ」
「父上、お戻りでしたか」
「うむ、右兵衛めに捕まってしまったが早々に切り上げてきたわ」
「ところで三郎、そちは伊達家から六郎殿を迎え入れることどう思う」
「以前も述べましたが、これは受け入れるしかないかと」
伊勢の質問に、信有は答える。
これはすでに何度も答えた内容であった。
「やはりそれしかあるまいか」
「父上、伊達家に我等留守家が一族譜代外様一丸となっても手も足も出ないだろうに、家中が割れている状態で逆らうことなどできましょうか」
「分かっておるが」
頭では理解しており、心の中でも、孫五郎後継をあきらめていた伊勢であったが、やはり、一族の筆頭として、六郎後継を表明するのは難しかった。
「父上、今は、先代さまや郡宗公の時代とは違います。養子を迎える以上、逆らえば伊達家の後ろ盾で滅ぼされる運命にあるのは我等余目や村岡、佐藤の家ですぞ」
「むむむ」
「養子にくる六郎様はなかなか聡明な方だとか。一族譜代を邪険にするような方ではないかと」
息子からの諫言を受け、遂に伊勢は覚悟を決めた。
「あい分かった。何よりも大事にすべきは御家を守るということじゃ。それに、我等余目家を守るという事も大事。六郎様を迎え入れよう」
「父上、ようやく決心してくださりましたか」
「うむ、こうなった以上は、明日にでもお館さまに申し上げよう」
「それがよろしいかと」
「しかし、佐藤殿はともかく右兵衛はおそらく受け入れまい」
「それは仕方がないかと」
村岡右兵衛はそもそも留守家乗っ取りを企み、現在は、孫五郎の外祖父という立場にある。
いわば右兵衛にとっては、御家の存続より、自分が権力を握るために伊達家からの養子に反対しているところが大きい。
更に言えば、右兵衛は孫五郎派の主力である以上、六郎派が実権を握ればそれを失ってしまうことは明白であった。
「とりあえず、まずは佐藤殿の説得をするしかあるまい」
「佐藤殿は嫡男の三郎殿と親しいのでそこから説得してみましょう」
「うむ、頼んだぞ」
留守家の後継は六郎で決まろうとしていた。
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