PLAY.4 今宵、《叶え屋》デビューさせていただきます!
前回のあらすじ!
カインに連れられて、ディグニティエ皇国軍の大佐であるキャロライナ=ヒールにエンカウントした白咲 ニケ。
巨乳でフェロモンむんむんなヒール大佐に、残酷な世界の格差を感じつつ、ニケは「仕事をくれないか」と頼み込んだ。
大佐が直々に斡旋してきた仕事は、なんとカインの相棒。
ニケ談、
「フラグが立っていたのは知っていた」
ーー第四話!
* *
「そろそろ来るぞ」
カインは、懐から出した懐中時計をキン、と鳴らして時刻を確認する。
白いレンガ造りの建物が連なる小さな街、アルテミスタウン。
夜の21時の街は、露店で酔っ払いたちがワインを片手に陽気に騒いでいる。
建物と建物の隙間に、あたしとカインは息を潜めていた。
二人とも、顔には仮面をつけている。
その視線の先には、町の小さな宝石店、『ディアナ』。
とっくに閉店した店内は暗く、ウインドウに飾ってある巨大なルビーのネックレスは月の光を受けて鈍く光っている。
ノソ、ごそごそそ、
店内の奥で動く人影をみとめ、あたしはカインのマントを、くい、と引っ張る。
「ーー来たわ、カイン」
「ふん」
店に近づいたあたしたちは、ディアナの店の鍵を音もなくあけると、中に滑り込む。
店内には三人。
宝石を物色している。
あたしたちに気づかない宝石泥棒。
「そこまでよっ!!」
あたしは大声で言い放つ。
わかりやすく、びくりと体を跳ねさせる泥棒ズ。
「なんだ!? バレたか!?」
「おい、見張りのクリストフはどうした!?」
「ここにいるが!」
「なんでいるんだよ!?」
ツッコミが追いつかない三人の泥棒は皆、男だった。
一人はチビで、あと二人は中肉中背、
三人揃って黒いカットソーにゆったりとしたズボンをはいている。
汗臭い。
あからさまなモブだ。
動揺する様子から察するに、この道のプロというわけではなさそうだ。
あたしは、一度息を大きく吸い込み、
「皇国軍つき《叶え屋》参上!
今宵も、勧善懲悪させていただきます!」
と、泥棒ズに人差し指をおっ立てて啖呵を切る。
「な!?」
泥棒たちがあからさまにどよめく。
「叶え屋、だって??」
震え上がって、怯える声が聞こえた。
「叶え屋って、あの、皇国軍の……!?」
「やばい、殺されるっっ!」
ーーんんんん??
なぁんか、思ってなかった反応。
バァンッッッ パン、ガシャンッ
「?!」
あたしが、ディスプレイのガラスケースが破壊される音に振り向くと、
漆黒に金の刺繍を施されたド派手な画面をつけたカインが不敵に笑っている。
「さあ、誰から懲らしめようか、なぁ? 愚民共よ」
夜の闇の中で、橄欖石の眼差しがゆらりと光を放つ。
燭台に差したロウソクの光に下から照らされたカインの表情は、まさにサディスティックの化身だった。
「「「ぎゃぁぁぁぁあっ」」」
ひゅん、と風が起きれば、どさどさどさっと人が床に倒れた音がした。
カインは、瞬殺で泥棒ズを仕留めたらしい。
強すぎる。
「ふん、つまらん」
パンパン、と手を叩き、ごきりと首を鳴らすカイン。
床には、ゴロツキの男たちが痛みに呻いている。「どうか、命だけは助けて」と命乞いまでしている。
「あんた、いつもこんな感じなの?」
「あ? 悪人を完膚なきまでに叩き潰すのは正義だろうが」
「まあ、そうなんだけど」
これでは、どっちが悪人かわからない。言わないけど。
「あたし、いらなくない?」
「そんなことはないぞ、ニケよ」
「本当?」
心なしか優しいカインのセリフに、性懲りも無くときめく24才の彼氏なし女。
「面白そうな仕事はすべて俺がやるからな。今は温存しておけ」
「とっちめたいだけかよ!」
「確か、次の依頼は、ゼリーマチルダ家の馬小屋の片付けと馬糞処理だ。大いに励め」
いけしゃあしゃあと言うと、カインは手際良く店の柱に、泥棒ズを縄で拘束する。
そして、彼らの前に仁王立ちになり、
きぃんっ!
その目の前の地面に1.5メートルはある長剣を振り下ろす。
「またやりたくなったら、やれ。
ーー今度は絶望の中で殺してやろう」
低い絶対零度の死刑宣告に、泥棒ズは泡を吹いて慄いた。
ーーーーディグニティエ皇国軍には、建国以来ずっと続いている、とある裏稼業があった。
《叶え屋》
その全貌は、皇国軍のトップシークレットとされている。
誰が《叶え屋》なのかは、軍の幹部クラスでもない限り知ることはない。
それは、ミッション中、歴代の《叶え屋》たちがマスクをつけているからだそうだ。
《叶え屋》の仕事は、私書箱5963号に届いた手紙に記された国民の願いを叶えること。
国民のどんな小さな願いだろうが、
人道に反しておらず、国の繁栄に繋がるものであれば、何でも叶えてやることが仕事だ。
報酬は、依頼人が支払う。
額に制限も価格設定もない。
依頼人が「これが対価だ」と言ったら、現物支給もアリである。
目的は、国民にできるだけ寄り添うためだそうだ。
皇国軍と国民との橋渡し的な役割を担うらしい。
この《叶え屋》の38代に任命されたのが、カインとあたし、というわけだ。
ちなみに、カインが任命されてから相棒がコロコロ変わっているのでこの数字らしい。最初にカインが任命されたときは、26代目だったそうだ。とんだ相棒殺しである。
ーーまったく利益があがりそうにない仕事ではあるけれど、三食・宿つきとあれば文句は言えない。
「これにて、一件落着っ!」
店を軽く片付けてから、あたしは一息ついて腰をとんとん、と叩いた。
「依頼人は、この店の上に住んでいるんだったな」
「うん、確か。
あ! 報酬もらいにいこう、カイン。
まだ貰ってないもんね」
「貴様、こういう時は、輝いているな。金汚い奴め」
「当たり前でしょ! 」
この仕事を依頼してきたのは、ディアナの店長だった。
依頼内容はこうだ。
《最近、夜中に宝石が盗まれているので、店の護衛と盗賊討伐を依頼したい》
こんこん
二階に上がり、扉をノックする。
後ろではカインがあくびをしていた。
こいつは報酬とかに興味はないらしい。
「《叶え屋》です。盗賊、捕まえたんで、警備隊呼びますね」
声をかけると、ディアナの店長であるキッシュ=プライドが扉から顔を出した。
「ありがとうございます! 本当に助かりました!」
細身の背の高い中年の女性だった。
代々続いている宝石店を最近継いだばかりらしい。
「これ、お礼です」
プライドさんが差し出した小箱の中には、大きなひとつ石のペリドットの首飾りが入っていた。
「ほお?」
カインが一瞬、瞳を見開く。
ペリドットはランプの炎を受けて、その透明感のあるオリーブグリーンをキラキラと輝かせている。
「大っきい石……」
あたしの目玉くらいの大きさはある。
「ありがたくいただこう」
カインは、そう言って小箱を懐におさめ、ばさりとマントを翻して去って行った。あたしも後に続いて部屋を出る。
「また、何かあれば依頼ください!」
外に出ると、満月がぽっかりと浮かんでいた。夜風が涼しい。
「あの!」
プライドさんは、二階の窓から声をかけてきた。
「ありがとうございました!」
その顔は、安堵と喜びで満ちている。初対面の時はあんなに不安そうだったのに。
あたしは手を振り返す。
「なんか、嬉しいな、こういうの」
あたしは腹のあたりがムズムズして、ふふ、と一人ごちる。
「初仕事だったな。まあ、こんなもんだろ」
カインはさっきもらった小箱をポケットから取り出して、立ち止まった。
「ニケよ、うなじを出せ」
「へ?」
「ん」とカインは顎をつきだして催促するようにあたしを俯瞰している。
「チッ、グズグズするな」
ぐい
肩を力任せに引かれると、ぽすん、とカインの胸の中に収まる。
どきん
(ーー、なに、どきんって)
どこか冷静なもう一人のあたしがツッコミを入れる。
しゃら
カインはペリドットの首飾りをあたしにつけた。
「あ」
戸惑いが声になって漏れた。
髪の上から鎖をつけた格好になる。
カインは、自然な動作であたしの髪をふわりと持ち上げて、鎖を通した。
くるん
強制的にカインの方を向かされる。
カインと目があった。
マスクごしに、じい、と首飾りを凝視する漆黒の軍人。
ペリドットと同じ色をした瞳は月の光を受けて少し黄金がかってみえる。
「豚に真珠だな」
ふん、と鼻で笑うカイン。
反射的に赤面してしまう。
「言い方っ! 」
「貴様にやろう。そんな安物、俺はつけられないしな」
どう見たって安物には見えないんだけど?
突然のわけ前に、目をパチクリさせるあたし。
「いらないなら返せ」
どこか不満そうにカインは吐き捨てる。
「ありがたくいただくわよ!」
「可愛くねぇな」
「あんたにやる可愛さなんてないわっ!」
「上等だ、このじゃじゃ馬め」
カインの瞳と同じ色の、宝石。
なんだか、胸元が熱い。
「さっさと戻るぞ」
「わ、待って、待ってよ!」
スタスタと大股で城に戻ろうとするカインを慌てて追う。
ーーそれから。
あたしは夜中じゅう、今年90歳を迎えるというゼリーマチルダさんのところの馬の世話をすることになる。
カイン談、
「じゃじゃ馬はじゃじゃ馬らしく、同族同衾しやがれ」
そんなこんなで、《叶え屋》開業。
ま、なんとかなるっしょ!
ーー白咲 ニケは、ペリドットの首飾りを手に入れた!