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PLAY.3 キャロライナ=ヒール大佐の茶番

 前回のあらすじ。


 目が覚めたら全裸で異世界に飛ばされていたニケ(本編 主人公)!


 ニケに添い寝していたカイン=リーアガイツと名乗る男は、

 ニケの初恋の相手、吉良きら 総司そうじにクリソツ←(大概死語)。


 そこへ、大号泣して乱入するカインの元相棒 シニョンに、ガチムチ☆ガチゲイのクリット=ファンまで現れて……すでに登場人物の自己主張激しすぎやしません?


 異世界も無常。チーン。




 第三話!



 *


 ディグニティエ皇国

 ディグニティエ城 大佐執務室




 あたし、白咲しろさき ニケは、シンプルなアンミラデザインのワンピースをまとって、大佐執務室の扉を見上げている。


 白の控えめなレースのブラウスに

 エンジのスカートがふわふわしていて可愛い。

 ーーちょっと、テンションあがってしまう。


 にょ。


「アンミラデザインとは」

「ひぎっ!?」


 あたしの胸元をわざとらしく覗きみ、ポツリと嫌味げに呟いたのは、カイン=リーアガイツだ。


「うっさいわよ! 性悪軍人!」


「ふん、貴様はアンミラを殺した」


「唐突な暴言反対っ!

 そもそも、コレ、あんたが用意した癖にっ!」


 聞けば、カインは、このディグニティエ皇国軍の中佐らしい。


 正直、あたしは、中佐がどれくらい偉いのかよく分からなかったので、適当に「へぇ」と相槌を打っておいた。そのあたりから、こいつの当たりが冷たい気がする。面倒くさい大人だ。


「全皇国のアンミラフェチに謝罪しろ」


 と、よくわからん言いがかりをつけるカイン。

 漆黒の軍服に身を包み、腰に二本の長剣を差して、偉そうにあたしの横に佇んでいる。


(軍服とスーツは男の魅力六割ましなんだよなぁ……)


 細マッチョな四肢に、厚手の軍服が程よくフィットしており、どこぞの高級ブランド付きのモデルも顔負けという位には格好がいい。


 所々に、ワインレッドが差し色で使われているこの軍服は、どうやら特注らしい。ようやる。



 シャラリ



 黄金の細工が揺れて、儚い音を立てる。

 耳障りがよくて困った。

 細かいことを言うと、彼の軍服は上質な布を使っているせいか、衣擦れの音がキュムキュム、サラ、と時折鳴る。くすぐったい感じがする。


 足首まである長いマントは闇色で、裏地はワインレッドだ。この二色が好きなのか、こいつ。

 しつこいくらいのワインレッドとブラック推しだ。ここまで分析したら、なんだが可笑しくなってきた。


「ワインレッド好きなの?」

「ああ、好きだが」


 ちょっと頬が赤くなるのをなんとかやり過ごす。


 ドタバタなファーストコンタクトの後で、あたしはカインとの距離をなんとなく掴めてきた。

 嫌な奴ではあるし、とんだスケコマシのようだけど、

 あたしはなんだかこいつを憎めない。


 同じ配色の軍帽の中央には、ディグニティエ皇国の紋章が刺繍してある。


 月に槍とレイピアが刺さっているデザインは、どこか厨二くさい。すばらしい、もっとやれ。


 ストレートの黒髪から覗く橄欖石の瞳は、底が見えなくて囚われてしまいそうになる。



「これで、この性格でなければなぁ」


 あたしは小さく小さくごちる。


 黙っていれば、カインは総司似のドストライクな容貌なのだ。ガン見だってする。


「ジロジロと見るな、ニケ」


「っは!? 見てないわよ!」

「ほお」

「な、なによっ!?」


 カインは、あたしの顎を掴んで無理矢理視線を合わさせる。


「うわっ!?」

「…………」


 する、とあたしとの距離を詰めてきた。

 ゆるりと伏せられた瞼が少し開いて、

 上目遣いで射抜いてくる。

 太陽の光を受けて、それは、黄金に見える。


 キィン、とその瞳に光が宿れば、

 あたしなんて蛇に睨まれたカエルである。


「!」


「ツレないな、ニケよ。

 昨晩はあんなに可愛い寝顔を見せてくれていたじゃねぇか」


「ふぁ!?

 ば、ば、ば、馬鹿じゃないの!?」


 ーーやめて。見て。見て。

 あたしの斜め後ろ。


 ほとばしる狂気を纏ったガチムチゲイがいるんだって。




 こおぉぉぉぉぉおぉおおおお


 ファンからの視線が痛すぎて死ねる。

 っていうか、殺気でさっきから背中が痺れてきてる。


 殺しにかかって来んばかりのファンの怒りオーラに、

 あたしは、死相でもって「違うからっ! 誤解しないで!」と喚く。


「嘘じゃねぇ。なぁ? ファン?」


 少し低い位置からやたら熱っぽい声を出すカイン。


「ひいっ!」


 青ざめるあたしの後ろで、ファンは立派な鼻の下をこれでもかと伸ばして赤面している。


「……ああん、カイン!

 今、ここでクレバーに抱いてちょうだぁい❤️」



 みしみしみしっ!


 ファンは、クネクネしながら悶えつつ、

 その右手で、あたしの後頭部にアイアンクローをかます。


「いたいっ!ファンちゃん! 痛い!

 頭蓋が砕けるっ!!」


「ちょうどいいじゃないか。

 後頭部が終わったら、正面からもしてもらえ。

 ぺちゃ鼻を整形できるだろうが、顔面へんぺぇ女」


「言葉の暴力って知ってますかぁぁあッ!?」


(……こ、こいつ、分かっててやっていやがるッ)


 ちっとばかし、顔が好みだからって、調子に乗るんじゃねぇええ!



 兎に角、さっさとこの人達から逃げなくては。命がいくらあっても足りない。



「まあ、冗談はさておき、だ」


 言って、カインは軍帽を被り直して、クラバットをちょいちょい、と整える。


「この国にいる以上、最低限の人間には挨拶をしておくべきだろう」


 くるり、と扉に向くカイン。ばさり、とマントが翻る。


「あたし、あんたの側にいるつもり、さらさらないんですけどね?」



 コンコン!



 あたしのセリフを丸シカトし、漆黒の軍服男は、革手袋をはめた手の甲で、重厚感ある観音扉をノックした。


 扉は、カインの部屋のそれと同じデザインだ。



「俺だ」


 カインが、よく通るテノールで扉の中に呼びかける。


 ーーどき、ん



 その声だけで、あたしは一度、無意識に背筋が伸びた。


 なんでこいつ、無駄に声がいいんだろう。

 性格は、下衆の極みな癖に。



「入りなさい」


 中から聞こえてきたのは、女の声だった。

 ハスキーなのに、艶っぽい。

 息がかっているようで、ハリがある。

 絶対的な命令を下す、否定を受けつけない安定感があった。



 がちゃ



 部屋に入って目の前に見たのは、一面のセレーネ海だった。


 それもそのはずで、突き当たりの壁はガラス張りで出来ている。


「綺麗……」


 目が、コバルトブルーで染め上がるんじゃないだろうか。セルリアンブルーも、混じっている。

 息をのむほどの美しさだった。


「さっさと入れ、ノロマ」


 とん、と背中を押したのはカインだ。


 ファンは部屋に入ってこないようだった。大佐の部屋だから、遠慮したのかもしれない。


 部屋の中は、アンティークの調度で統一されている。

 飴色の木製のインテリアが、やわらかな日差しを受けて微笑んでいるようだった。

 猫足の執務机は、こっくりとした厚みがあって思わず触りたくなるほどだ。


 カインの部屋とはまた違った、雰囲気のある部屋である。



「ボサッとするな」


 今度は強く、どん、と背中を押され、あたしはたたらを踏んだ。


「いったいじゃない、カイン!」


「俺の上官を紹介する」



 は、そうだった、目的を忘れていた、と我に返るあたし。


 何としてでも、カインとファンのサンドイッチから逃れる方法を、あたしは手に入れなければならんのだ!

 自己防衛のために!



「はじめまして! 白咲 ニケと申します!!

 以後、お見知り置きを!」


 びいん、と部屋の空気が鳴るくらい大声であたしは言って、ぺこりとお辞儀をした。


 緊張で少し裏返ったが、ご愛嬌ということにして欲しい。


「顔をあげなさい、白咲 ニケ」


 フェロモンばりばりの声色に顔をあげる。


「うっわ、すっげぇ乳」


 色っぽい声が擬人化したような女性が、執務机に両肘をついて、あたしに微笑みかけていた。まず目についたのは、黒紫のボンテージから零れそうな巨乳であったんだから仕方ないじゃないか。


「……」


 数秒の沈黙。


「はっ! あたし、また!?」


 あたしは、パッカリと開いた口を慌てて手で塞ぐ。なぜこんなにも、あたしの口は生き急ぐのか。


 隣で、カインはだんまりを決め込んでいる。


「あっはっは、面白ォい、この!」


 大佐は赤い口紅を引いている口を、大きく開けて笑った。


「あたしは、ディグニティエ皇国軍のキャロライナ=ヒール。

 よろしくね、ちっぱいニケちゃん」


 ヒール大佐は、ふわありと柔らかそうな長いブロンドの髪を揺らすと、薄紫のアイシャドウで彩った瞼をくしゃりと畳んで微笑んだ。

 くるり、と回転椅子を回し、とん、と靴を鳴らして立ち上がり、あたしの側に歩み寄る。

 歩き方が、女優のようだ。


 ボンテージの下は、それと同じ色彩のミリタリーパンツに、ヒールの高めなロングブーツを履いていた。いかにも、戦う女!という感じだ。色気はあるのに、嫌味じゃない。


 ヒール大佐は、クリアブルーの瞳を少し潤ませて、あたしに右手を差し出す。


「ちっぱい……」


「ああら、いいじゃない?

 そこのムッツリはちっぱい派だそーよ?」

「?!」

 カインを指差すヒール大佐に、あたしは条件反射で赤面する。


「こいつの好みなんてどうでもいいんです!」


「あれぇ?

  カインの相棒が決まったって話じゃなかったのぉ?」


 ーーはぁ?


「…………(あたしは、なにそれ、聞いてない)」


 あたしは、無言の訴えを込めてカインを睨みあげた。


「ふむ」


 カインは、平気な顔で顎に手を当てて、しばし俯いてから、


「それでいいか」


 と言った。なんて軽さだ。羽か!お前の脳みそは羽毛製か!



 ばだぁぁあんっっ!


「反対反対反対反対っっ!」


 いきなり扉があいたと思ったら、いつのまにかいなくなっていたファンが部屋の中に雪崩れこむように入ってきた。


 カインとあたしの間に入って、どん、とあたしの肩を押す。


「いったぁ、」

 もう、こんなんばっかり、泣く。


「ダんメッッよッ! ヒール大佐!

 こんなじゃじゃ馬っ、カインの近くに置いておけないわよォォ!

 カインの股間、じゃないっ!

 沽券に関わるわぁぁっっ!!」


 どばぁっと滝のような涙を流して、その場に泣き崩れるファン。


「ふぅん、三角関係なの? カイン?」


 ニマニマしながらカインを見やるヒール大佐は、執務机にもたれかかった。


「知らん」

 とカイン。


「こっちが泣きたいわ! この筋肉ダルマがぁっ!」

 ぷちんと何かがキレたあたしは、

 勢いに任せて、ファンに怒鳴りつけた。

 コンチキショイ、現代人はダイレクトな痛みに弱いんだい!


「ひどいっ! 傷つく! わっ!!」

 さらに泣き崩れるファン。

 ピンクのボブスタイルは乱れ放題である。


「会って小一時間経たない女に、平気でアイアンクローかましてくる奴に言われたかないわっ!


 あたしは、元の世界に帰りたいのっ!」



「元の、世界に?」


 あたしの絶叫に、ヒール大佐は、ぴくり、と金色の眉毛を跳ねあげる。


「え、……あ、はい……」


 あたしとファンは、そこでピタリと動きを止めた。



「カイン? 説明を」


 ヒール大佐は、机にもたれたまま、ヒールの高いブーツを、一度高く上げて足を組んだ。


「いいだろう。

 ニケは、異世界から来た異邦人エトランジェだ」


「なるほどね。ふふん、

 貴方の好奇心には敬意を表するわ、カイン中佐」


 クスリ、と赤い唇を吊り上げるヒール大佐。


「俺はな、退屈が一等嫌いなんだよ、ヒール大佐殿」


 クック、とカインは含み笑いをする。


「えっと、……あの?」


 二人の妖艶な空気に、あたしはすっかり置いてきぼりを食らう。


 ヒール大佐は、からかうように小首を傾げ、


「それで……望みは何かしら?

 異邦人エトランジェのニケ」


 と、あたしに問うた。


「あたしは、元の世界に戻りたい」


 はっきりと、彼女の瞳を見据えて、あたしは伝えた。


 さすがに、


『あのまま、放置されていたらあたしの本体は今頃どうなっているのか、心配でたまらないから早く帰りたい、ごにょごにょ……』とは言えなかった。


 拳を握りしめてヒール大佐に懇願する内心で、

「お願いだから、第一発見者は女性でありますように」とあたしは強く願う。


 是非、ここは、ご都合主義な感じで、

 あたしがこの異世界から、元の世界に戻るその時には、

 風呂場で頭をぶつけてすぐのあの夜にタイムスリップさせてもらえると嬉しい。


 きっとそうなるに違いない。

 だれもあたしのムダ毛処理の未完成は目撃しないっ! 絶対させねぇ!


「おい、……おい!」


「は! ムダ毛が!」


「ああん?」


 はっと我に返ると、目の前には凄みを増したカインの悪人ヅラがあった。


「チッ……貴様、ニケよ。

 聞くが、元に戻る方法は知ってんのか?」


「知ってたらここにはいないわよ!」


 ドヤ顔であたしは返す。


「心当たりは?」


「ない!」


「いっそ、清々しいな」


「あの、ヒール大佐、異世界へ戻る方法をご存知ですか?」

 あたしは大佐に尋ねた。

「お役に立てなくてすまないわね」

「ですよね……」


 分かってたけど、やっぱり悲しいものがある。

 すぐに戻れないとなれば、お金が必要になる。今のあたしは、職なし金なし住処なしである。大ピンチじゃないか。


 あたしはピンと閃き、



「そうだわ、願いがあります!

 ヒール大佐、あたしに仕事をください」


 とお願いをした。


「仕事?」


 ヒール大佐は、形の良い豊満な胸の下で腕を組んでから、あたしを値踏みするように下から上へと見ると、


「そうね、条件はあるの?」

 と聞いてきた。

「できれば、三食つきの住み込みで!」


「職種は?」


「元の世界では、コンビニ、新聞配り、パシリに飲食店、パン屋に小間物屋、なんでもやってきました!」

 あたしは胸にどん、と拳を打ち付けて言い放つ。


「人の役に立つことが?」

「あたしの喜びです!」


 あたしは調子に乗って気持ち良く質問に答える。ニヤリ、とヒール大佐の唇がゆがんでみえた気がした。


「女に二言は?」


「ないです! 笑顔と根性だけで生きてます!」


「ビール追加!」

「喜んで!!」


「ここにサインを!」

「喜んでっっ!」


「あっはっはっ! 面白ォいっ! 採用!」

「あざぁぁーーっす!!」


 あたしは90度体を曲げて頭を下げた。

 息があがって苦しいのに、ヒール大佐はケロっとしている。



「……よかったな、ニケよ」


 す、と音もなくあたしの背後に現れるカイン。


「ありがとう!あんたのおかげよっっ!

 ヒール大佐と会わせてくれて、感謝するわ!」


 あたしは、仕事が決まった喜びで、カインの両手を握ってブンブンと振った。

「これでーー」


「俺も嬉しいぞ。

 毎夜毎晩、貴様をいじめられると思うと、

 武者震いさえする」


「ーーは?」



 ぴし。


 あたしの血液と細胞全部が凍りついた音がした。



 ぺらりんちょ。



 カインは、あたしがさっきサインした書面を手に取り、

 今日イチのドヤ顔で、それをあたしの目の前に突きつけた。



「契約書はよく読めと、習わなかったのか?」


 革手袋を嵌めた指で、あたしが読めない文字を指して、不敵に笑う。




「……心底聞きたくないけど、

 ーーーーそれ、なんて書いてあんの?」








 その紙にはこう書いてあった。


 《貴殿を、カイン=リーアガイツの相棒に任命する》


 《二人で力をあわせて、

 私書箱5963号に送られてきた国民よりの依頼を受けよ。

 誠実に遂行すべし》


 《任期 不問》」



「不問ってなに!?」


「まあ、とりあえず、ニケが帰るまでってコトで♩」

 そう言って、ヒール大佐はウインクをした。大人ってずるくね!?


「《この契約に従わなかった場合、

 カイン=リーアガイツは白咲 ニケを一生無賃扱いでこき使うことを許可する》

 わかるか?

 ーーつまり、一生タダ働きだ」


「絶対いやぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」



「せいぜい、俺を楽しませてくれよ、ニケ」



 クックックと笑う漆黒の男は、爛々(らんらん)とその瞳を光らせていた。





 今日の教訓。


 契約書は、きちんと確認しましょう。しくしく。

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