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PLAY.2 謎の男 カイン=リーアガイツとエンカウントした結果

 前回のあらすじ。


 オタクでカミングスーン☆アラサー女 白咲しろさきニケが、湯船でうたた寝したらウッカリ頭を強打して現実世界をログアウトしました。チーン。


 三次元って、不条理。





 チュンチュン ピー

  チチチッ キュンッ ピピッ




 朝の光が部屋に差し込む。

 小鳥のさえずりが耳に優しく響く。


 穏やかなそよ風に、カーテンがふわりと踊る。


 ふかふかのベッドは、頬ずりをすると陽だまりのにおいがした。


 シルクの肌触りの良いシーツは素肌に気持ちよくて、あたしはうっとりーー



「あんんん!?」



 マテマテマテ、セミシングルのマットレスベッドにせんべい蒲団敷いてる我が家の寝床がこんなであるはずがないだろーがっ!




(また夢なの……、いい加減しんどいんですけど……)


 ずぎん、


「いってて、夢の癖に、こんなとこにリアル感とかいらないからぁ……ッ」

 あたしは、後頭部からの鈍痛に眉をしかめる。



 サラ……


 寝返りを打つと、上質のシルクが肌に吸い付いてきては、心地よい余韻を残して離れていく。


(シルクって気持ちいいなぁ、全身スベスベになるみたい)


 ーーーー全身?


「ふげぇ!?」



 バッサァッ!



 あたしは勢い良く起き上がる。


「ぎゃあ!! やはり裸っ!」


 風呂場で倒れたせいか、何も着てはいなかった。


「なんか着るものは……」



 ごそごそとシーツをまさぐると、ゴッと何か硬いものに当たった。


「肘?」


 男の人の肘、のようだった。


 嫌な予感しかしない。


「やっと起きたか」



「!」


 そこには、上半身裸の吉良きら 総司そうじが寝そべっていた。



「#きゃ@/&&::・*☆☁︎♪☃☆mldtg@mwへぶっ!」


 総司は、肩肘をついて横たわり、あたしを見ている。


「なんという妄想!」


 あたしはたまらずベッドに突っ伏した。


「あ?」


「夢にも節度ってもんがあるでしょーがぁぁ! 無理! 無理無理無理! 総司くんのバカヤロー!」


 被っていたシーツを体にグルグル巻きつける。


 さすがに、総司の上半身裸は刺激が強すぎる。


 ほどよく引き締まった胸筋に、余裕でシックスパックはある腹筋、流れるような上腕二頭筋……、たまらん!! けしからん!


「バッチリ見てんじゃねぇか」

 総司は、落ち着いた声を投げる。


「は! 口に出していた!?」

「思いのほか、ばっちりと」


 恐る恐る顔を上げると、先ほどと全く変わらない姿で総司はニヤニヤしている。


「夢にしては、精巧なつくりだわ」


 あたしはしげしげと総司の上半身を観察する。


「貴様、俺の裸に見入るのは構わんが、自分の状況を考えたらどうだ?」



 あたしに違和感が襲う。



 総司の一人称は、【僕】、

 ーーーー二人称は【君】。

 そして、あたしはニケって呼ばれてる。


 ーーんんんん?


 かしかしっ


 ぼっ



 総司は、キセルに火をつけつつ「ほら」と顎を使って、

 あたしに部屋全体を見るように促した。

 ふーっと煙をはく姿がなんだかエロい。


「げほ、げほっ」


 あまったるい匂いの煙に、目がチカチカする。


 総司は、タバコは吸わないんだけど……?


 あたしは自分の居る部屋を見渡した。


「なんか、すごい……」



 部屋は、軽く20畳はあった。部屋の中にいくつか扉がある。ここは寝室らしいことは明白だ。


 ロココ調の調度に、天井から大きなシャンデリアがある。シャンデリアから吊るされたストーンは、明らかに何かしらの宝石だろう。輝きがプラスチックのものではない。

 ベッドはキングサイズはあろう大きなものだった。

 床にはアラベスクの刺繍が細かく施してあるワインレッドの絨毯が敷かれている。


 ベッドの横には、アンティークのランプと、ガラスの水差しが置いてあった。


 ファンタジーものの小説読んでてよかったなぁとしみじみ感じる。夢とはロマンの具現化である。これが夢ならば、ここはあたしの理想なのだろう。

 さっきの悪夢は残酷すぎたけど。



「ねぇ、総司くん……?」


「おい、俺は総司って名じゃねぇ」


 あたしの片思いしてる総司は、草食男子代表って感じの、心優しいリーマンで、へにゃっと笑う顔が可愛くて、


「おい、聞いてんのか、まな板」


 加えて、あたしの気にするコンプレックスを言うようなデリカシーのない男ではないはず!



「うっさぁぁっい! まな板言うな!」

「やっと戻ってきたか、平地」

「なんたる侮辱!」


「うるせぇな」


 スパコーンっ!



「いったぁい! なんで痛いの!夢のくせにっ! どっから出したハリセンッッ!」


 あたしに思い切りはたかれた頭をさする。




「俺の名は、カイン。

 カイン=リーアガイツ。


 貴様の名は?」



 はた、と目が合う。


 その瞳は、橄欖かんらん石を閉じ込めたような、美しいものだった。


 総司の瞳は、茶色がかった、日本人らしい瞳ーー、《こんなんじゃない》。



 どくんっ



 激しい慟哭に、息が詰まる。



「ーー……もしかして、本当に別人?」


 確かに、あたしの好きな総司は、こんなに人の事を上から見ない。ドヤァ顔もしない。



 ずきん


「いたぁ」


 思い出したように頭痛がする。


 どくん、どくん、どくん、


 ーー確かに、あたしは風呂場でコケたはずーー




 どくんっ!!



「ーーつかぬ事を伺いますが」

 あたしは小声で問う。


「なんだ、更地」


 あたしの胸の市民権がどんどんなくなっていくのが悲しい。


「ここは、何処で、あたしは誰?」


「あ? 外見てみろ」


 くい、と親指で窓を指す、カインと名乗る男。

 あたしはシーツを巻きつけてからベッドから降りると、窓を開けた。






 眼下に広がったのは、一面のコバルトブルーだった。





「ふ、ふぁぁあ……」



 からりと晴れた空に、くっきりとした雲がポツポツと浮かんでいる。


 その空の下には、空の色の彩度を上げた、見事な青が広がっている。



「エーゲ海?」


 ギリシャの写真で見たことがある。

 世界一美しいと謳われる海と、コバルトブルーからエメラルドにかかるグラデーション。


 とても似ていると思った。


「エーゲ海? お前の故郷か? 聞いたことがねぇな」

 カインは小首を傾げた。


「故郷の海はもっと黒いかな」


「これは、セレーネ海だ。

 ここは、セレーネ海に浮かぶ月の女神に守られた皇国、

 ーーディグニティエ皇国」



「ディグニティエ、皇国?」


 聞いたことがない。


「カイン、アメリカは知ってる?」


 頭で考えるより、口から出た。


「なんだ、国の名か?」


 きょとんとするカイン。

 のそりと起き上がると、ベッドに腰掛けた。

 黒のスラックスを履いている。

 ーーとりあえず、セーフ。って、何を考えてるのだ、あたしは!



「ぇ、アメリカを、知らない?」

「あ?」


 あたしは思わずカインに掴みかかる。


「イギリスは? 中国は? そもそも、あたしなんであんたと意思疎通ができてんの?」


 どん、とカインの胸板を叩いた。


「知るか」


 頭から降ってくる低い声はどこか甘い。


「本当に、まさか、ここって、異世界ーー!?」



 あたしの背中につぅ、と冷たいものが走る。

 力が抜けると、とん、とカインの胸に頭を預ける格好になった。


「カインって言ったわよね、あんたーー」



 ばたばたばたばたばたばたばたばたっ



 あたしたちの居る部屋に向かって、仰々しい足音が近づいてくる。


 ばたーっん!


 黄金で淵を飾られた派手な観音扉が、これまた派手な音を立てて開けられた。




「?!」



 開け放たれた扉から現れたのは、二十代前半くらいの女だった。

 色白で、茶髪にアーモンドブラウンの瞳をしている。

 頭に大きな赤いリボンで編み込みをまとめていて、

 アンミラデザインのワンピースを着ている。ワンピの丈は、くるぶしまであった。

 気立ての良さそうなお嬢さんといった雰囲気を纏っている。


「シニョン、騒々しいな」


 カインがいけしゃあしゃあと挨拶をすると、シニョンと呼ばれた女性は、あたしとカインと乱れたシーツ(あたしが暴れたせいです)を見比べてから、ギッとカインを、睨みつけた。



「ーーー! ーーーー!!?」



 何を言ってるのかわからないけど、とにかく、あたしが言われのない言葉の暴力を受けていることだけは理解できた。


(元カノと修羅場的な?)


 逡巡していると、顔を真っ赤にしたシニョンはあたしの目の前までドカドカと詰め寄ると、右手を大きく振りかぶった。


 ーー殴られる?!



 ぱあんっ


「ッ??」


 シニョンの平手は、カインの右頬に鮮やかに決まった。



「カイン!?」


 あたしは慌ててシニョンをどけると、カインに頬を見せろと言った。


「ーー!! ーー! ーーーー!!」



 背後で意味不明の外国語をまくし立てるシニョン。

 その瞳からは涙が流れている。

 平然としているカインを横目に、

 あたしは呆然とするしかなかった。




 英語でも、フランス語でも、中国語でもない。


 聞いたことがない発声と、歌の調べのようなリズムだ。


 沈黙の後で、


「ーー、今日から貴様は俺のパートナーではない、去れ」


 カインは抑揚のない声でシニョンに告げると、にっこりと笑った。


 シニョンは口をパクパクさせた後で、一度あたしのことをキツク睨みつけてから部屋から出て行った。


「今のは?」

 茫然自失のまま、あたしは問う。


「仕事の相棒だ。今、元相棒になった」

 しれっと答えるカイン。


「言葉がわからなかったわ」

「ああ、そうだ。たぶん、コレが切れかけている所為だろう」


 カインはそう言って、赤い小指の爪ほどの大きさの木の実をあたしに差し出した。



「赤スグリの実だ。

 異種族の言葉がわかるようになる」


「魔法?」


「科学的な品種改良だ。

 我が軍には獣人もいてね。

 異種族の言葉を理解するために開発された」


「すご……」


 カリッ


 赤スグリの実は、とてつもなく酸っぱかった。レモン500個分のビタミンを一粒に凝縮した感じだ。



「シニョンって人、なんて言ってたの?」


「『信じらんない、また女たらしこんで部屋に入れてたのね、このスケコマシ下衆野郎、クソだまりに落ちて死ね!』 と言っていた」


 無表情のままに、カインは一気にそこまで言ってから、「女は面倒くせぇ」とぼやいた。


(あたしの初恋の総司君がどんどん穢されていく気分……)





「それにしてももう少しで来るはずなんだがな」

 カインはぽりぽりと頬をかく。

 さすがにビンタは効いているらしい。


「まだ来るの?」

 あたしの嫌そうな顔に、カインは嗜虐的な微笑みを讃える。

「ふふん」


 整った顔立ちがゆがむ。


 カインというか、総司は、ものすごくイケメンというわけではなかったが、鼻筋がすっと通ったクセの無い顔をしていた。

 俗に言う、醤油顔という奴だ。


 すこし厚めな唇に、やたら発達した喉仏、日に焼けた肌に、ガチムチではないが筋肉質な四肢、26歳にしては童顔なところも、あたし好みだっ

 た。


 難点を言えば、素行が少しおっさんくさいところがある。

 それはカインにも言えるようだ。



「カイン、は総司とは別人なの?」



 あたしは一人ごち、カインを凝視する。

 見れば見るほど、同一人物だ。


「馬鹿言え、俺が二人も居たら国が立つ」


「うーん、そこまでの自信過剰は総司にはなかったかなぁ」




 コンコン



「はぁい」


 あたしはノックに答えると、今度は背の高いストレートボブのおねぇちゃんが部屋に入って来た。両手に布袋を一つ抱えている。


「おマター♥︎」


 ハスキーボイスと破壊的なビジュアルに、あたしは言葉を失った。


 まず、このオネェちゃん、身長が高い。髪はピンクだ。

 180センチは軽くある。

 筋肉質な足に、ぱつんぱつんのタイトミニスカート、トップスは黒のタンクトップだ。推定Dカップはあるだろう胸筋でムッチムチ状態である。その上に、膝まである白衣を着ていた。


 ハイヒールを履いているが、チラリと見えたその足首は、ゴツゴツして血管が浮いている。


 見た目は確かにネェちゃんだが。



おせぇ……」

 ギン、とカインは彼女を睨みつける。


「いい顔してんじゃなぁい? カイン♥︎

 さっきぃ、シニョンとすれ違ったけど、修羅場っちゃった感じかしらぁぁ?」


 予想通りのねっとりとした喋り方をするボブのネェちゃんに、あたしはずっこけそうになる。


(もしかしなくても、このネェちゃん……)


 ボブのネェちゃんは、うふぅん、と鼻で笑ってから、あたしに布袋を手渡した。



「はじめまして、ディグニティエ皇室つきのドクターやってまぁす♥︎

 クリット=ファンよ!

 ファンちゃん♥︎って呼んでちょぉだぁい♩」



「は、はじめまして、ニケです、白咲しろさきニケ」


「ニケ! あんらまぁ可愛いらしいお名前ね♩ よろしくぅ!」


「あの、ファン、ちゃ、んは、男性なの?」


 思ったままが口から出てしまう病を持った自分が腹立たしい。


「そうよぉ! O TO KO NO KO☆

 そうそう! 今朝、ファンちゃん、びっくりしたんだからぁ!」


「へ?」


 ファンちゃん(抵抗力仕事しろ)はピンクの髪をクルクル弄りながら言う。

 なんか可愛く見えてきた。……あたし末期かもしんない。



「女の子が部屋にいるから、服もってきてって!」


「え?」


 ーーそういえば、あたしどーやってあの部屋に行ったんだろう。

 チラリとカインを見るけど、目が合わなかった。


「本当に、」


 そう言って、ファンちゃんはあたしに丸太みたいな腕を伸ばし、


 ガッ



 いきなり胸ぐらを掴まれるのに、呼吸が止まった。


「え?」


 そのまま、ぐん、とあたしはファンちゃんに持ち上げられる。


「……おんどれ、カインの寝床取るとか身分弁えぇや、ドブネズミ女がっっ!」




「ぴっ!!」



 バスボイスとかいうレベルじゃない、

 ほぼデスボイスで凄まれて、あたしはポイとベッドに放られた。

 なんなの、泣きたい。



「てへぺろ♩」


 ガタブルと震えるあたしを前に、ファンちゃんはどこぞのアイドルよろしく可愛く舌を出して見せた。



「こいつは、ガチゲイだ。貴様を襲うことはない。気がねなく付き合え」


 カインは、ふん、と鼻であしらってから「服を着ろ、せんべい」と言った。

 いや、違う意味で襲われるから、というツッコミはあたしの口から出ることはなかった。



「さっさとしろ、チーカマ女」

「だぁれが、チーズかまぼこじゃあコナクソォォォオ!」



 そんなこんなで、異世界に来てしまったらしい、どうしよ。

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