穏やかな一時
「ケント待つのだ。」
ミーシャの部屋を他の家臣たちと無言で立ち去ろうとした矢先の事だった。
振り返るとそこにはもう魔王としてのミーシャはおらず、口を固結びにして
ただ俯いている小さな女の子が目の前にいるだけだった。
「ミーシャ?どうした?」
「ケント!その・・すまなかった。いきなりこんな目に遭わせてしまって、でもこんな事になるなんて・・・今回の行動はあまりにも軽率だったかもしれなぃ。」
ミーシャの語気はどんどん小さくなっていき、目には涙を浮かべている。
それでも必死に泣くまいと努力しているのがよく分かるそんな彼女に対して、失礼かもしれないが魔王である前に小さな女の子なんだなと理解する。
「ミーシャ。もういいって。それに関しては終わったことだし、今回のオロバスの行動のような事はいずれ俺の身に降り掛かってきていたことだと思う。それにオロバスの自分の事を省りみないで他の家臣たちの気持ちを代弁したようなものだよ? ミーシャは良い家臣に恵まれたんだね。」
「そうなのだ!オロバスは本当に誠実な奴でいつも忠義を尽くしてくれている大事な家臣なんだ。ととっそんな事が言いたいのでは無かった。
ケント・・・・そのなんだ・・ありがとう。」
今にも消え入りそうな声だがミーシャの「ありがとう」の一言で一連の不運が全てが報われた気がする。
「おう!」
一言そう返事をして部屋を立ち去る。
ドアに手をかけた時一言だけ聞き捨てならない言葉をミーシャからかけられる。
「あ、ケント! 今回の会議は魔王城内にて放送されていたからな。これでケントの事を知らぬ者はいなくなったも同然これにて一件落着だな。」
今度こそケントは無言で立ち去って行くのだった。
魔王城内放送とはいえど、どれだけの魔族もといモン娘達が所属しているか分からない。立ち去るまでの間に自信の顔がカーっと赤くなっていくのを感じていた。恥ずかしさで言えば中学生などの多感な時期に放送室で自分の好きな女生徒に宛てたラブレターを放送委員に勝手に読まれるレベルのものである。
客観的に今の自分の立場を分析してみる。
結果 勇者:全ての魔族もといモン娘から恨みを買う存在→変態:モン娘を愛してやまない変わった男 という認識になったことは間違いない。正直に言おう、変わった男という表現はかなりオブラートに包んでいる・・変態の意味する所はもはや説明も不要だろう。
「モルディアもあれ見てたのかな・・・絶対引かれたよな。」ポツリと呟いた一言は虚空へと消えていった。 先が思いやられるなぁホントに。
ミーシャの部屋を出るとオロバスが少し行った所に立っていた。
オロバスが此方の姿を見つけ小走りに走ってくる。
「ケント殿。先程は本当に申し訳なかった。初対面の相手に不躾な態度。またそれのみならずケント殿にはこの不忠義者の命まで救っていただいた事、この御恩は生涯忘れませぬ。一番の忠義は魔王ミシャンドラ様に尽くすと誓っている身ですまないが、ケント殿にも忠義を尽くすことをこの剣に誓おう。先程の私との戦闘で疲れているだろう? 私の背に乗るんだケント殿。ケント殿の自室まで運ばせていただこう。」
「うん?まぁ確かに体の節々が痛むなぁ。ではお言葉に甘えて・・よっと。
おぉ!スベスベしてて乗り心地がすごい良いな!」
と無意識のうちにオロバスの背を撫でまわしていたケント。
「ひぁっ!ケント殿!あまり撫でないでくれ。くすぐったい。」
「あ、ごめん。」
とそんな会話をしてると自室の前に到着する。
「あ、オロバス俺の部屋ここだから。運んでくれてありがとな。今日からよろしくたのむ。」
「ケント殿の部屋はここか。 私の部屋と近いようだな。私の部屋はそこの角を
曲がったすぐ先の所にある。何か用があれば私の部屋まで来るといい!出来る限り力になるつもりだ。では」
「あぁまた明日」
と言い残してオロバスは自室に戻っていった。
ガチャっ
扉に手をかける
「ただいっいいいい!?」
体に何か柔らかいものが纏わりついている。体に纏わりついている柔らかいものを見下ろすとそこには赤い目をしたモルディアがこちらを覗きこんでいた。
そしてモルディアは体をくねらせケントに自分の体を擦り付けてくる。
「モルディアさん?何をしてらっしゃるのですか?あの別の部分がその元気にな
っちゃいそうなんですが。」
これ以上は色んな意味でまずいと思ってモルディアを引き離すと、モルディアは我に帰ったようだった。
「あっ・・・ケント様!お怪我はございませんか?体は痛みませんか?こちらのソファにお座りください。」
と甲斐甲斐しく接してくれている。と、そんなに包帯で腕をグルグル巻きにしなくても良いのにとか思いながらお世話を受けていた。
「ケント様が本当にご無事でよかった~。」
とモルディアの気の抜けた声が自室に響く。
「モルディアはミーシャの部屋での起きた一部始終は見てたのか?」
「はい。見ておりました。今回のような大規模な放送は珍しく、魔王城内チャンネルの全てがミシャンドラ魔王陛下の自室での会合を放送しておりました。」
「全チャンネル・・・。」
一部のチャンネルであったならまだあの出来事を見ていないようなモン娘もいたかもしれないのに全チャンネルで放送されていたとは。
「そんなことよりもケント様はもっと自分の体をご自愛なさってください。ケント様がいなくなってしまうのではないかと自室に戻ってこられるまで体の震えが止まりませんでした!」
「モルディアごめんな。でもあの場面ではああするしか無かったしいきなり殺しにかかってくるとはさすがに想定外だったんだ。許してくれ。」
「許しません!」
プイッと此方から顔を背けるモルディア。
首回りを撫でてやるとしっぽが少しづつ反応していく。
「でも、これからはもっとご自分の体を大切になさってくれると約束してくれるなら許してあげます。」
「約束する。」
「もうケント様のお体はケント様だけのものじゃないんですから。魔王陛下の物であり・・・・(私のものでもあるんだから)」
最後何を言ったのか聞き取れなかったが振り返ったモルディアの顔には笑顔が輝いていた。