招集 二度目の死
「ではご案内させていただく前にこちらを」
と、差し出されたのは黒い羊皮紙で、そこには白い文字で地図が精密に描かれている。精密に・・・いやこれは緻密というべきだろう。
はっきり言って見づらい。
「ケント様の自室がこれになっております。」
と指を指された地点を見るとなんということだろう点だ。 羊皮紙の大きさからすると本当に小さい点だった。 羊皮紙100cmに対して1ミリぐらいの点のような地点が点滅していた。
「それは持ち主の地点を点滅で示してくれるマジックアイテムの一種でこの魔王城に現存しているのはそれを含めて3点のみとなっております。一つは今ケント様がお持ちになられているもの。 もう一つは魔王さまがお持ちになられているもの。
もう一つは宝物殿にしまい込まれているものですね。」
「なるほど 3つしか現存しない貴重な物を俺に持たせて良いのか?」
「問題ありません。 基本的に魔王城に所属している者は魔王城の内部構造は頭に入っておりますし、持ち場を離れるということもあまりありませんので実を言うと全てを覚えておく必要性は無いのです。」
「そうか・・・で、この自室の横の大体この羊皮紙3分の1ぐらいを取っているスペースというか部屋はどういう部屋なんだ?」
「そちらは魔王陛下ミシャンドラ様の自室となっております。」
「そうなのか・・しかし俺に与えられたこの自室ってそんな小さくは感じられないのだが。」
それもそのはずだ。
広さにしては十数人は同時に住めるというところだろう。 そして設備も見たことのないような物が多数揃っている。
「ケント様のお部屋は一般臣下に与えられるお部屋の4倍の大きさとなっております。お部屋の大きさだけで判断すれば魔王城における参謀か将軍のお部屋と同等でしょう。よほど魔王さまに気に入られたのでしょうね。」
ミーシャの部屋デカすぎだろ・・まぁあの姿が真の姿とは限らないし部屋の大きさも階級に影響するなら理解できなくもないかな?
「それでこの羊皮紙に描かれている物全てで魔王城の内部構造は終わりなのかな?」
「いえ、この魔王城は全30階層からなっており、ここは魔王城の中でも最奥の30階となっております。
また地下に10階層あり、そちらが全て宝物殿となっております。」
・・・何それ? 既存の常識が通用しない世界に来た事がようやく理解できた瞬間だった。
それからの記憶は曖昧だ。
「・・・・となっておりこの階層全てが大きな書物殿となっております。そこには四千の司書と一人の司書長が居りますので何か調べたいことがございましたらそこへどうぞ。」
「何階層だっけ?」
「11階層です。」
「分かった。ありがとう」
「・・・・ということで魔王城のご案内は以上ですね。実際に移動しますと途方も無い時間がかかりますので口頭でのご案内になりましたがよろしかったでしょうか?」
「大体覚えておきたいところは覚えられたよ。 ありがとなモルディア。
それとどこかに行きたい時はモルディアに連れて行ってもらうからね。」
「はい!ケント様の行きたい所ならば何処へでもお連れします。」
説明を終えたモルディアだったが何か潤んだ目でこちらを見つめてくる
よく分からないが、モフることにした。
「うにゃ~ん」
色っぽい声が自室に響く。 何だかイケないことをしている気分になるが、
モルディアが気持ちよさそうなので良しとしよう。
とそんなところに突然の来訪者が!
「コン コン 失礼するワウ ケント!魔王さまが呼んでるワウ
すぐ行くワウ。 ああ~!モルディアずるい ケントになでてもらって
ガルルッ」
「何?私はケント様にご褒美を頂いてるだけよ。 それよりあなたは他の臣下に
ミシャンドラ魔王様が呼んでることを伝えなくてよろしいの?」
「ハッ! そうだったワウ この勝負はいずれつけるワウ。バタンッ!」
勢い良く扉を閉めた ワーウルフのようなモン娘だったな~とケントは思うのだった。
「今の子は?」
「何かと私に突っかかってくる犬です。不快な思いをさせてしまったようで
申し訳ありません。」
なんだか今怖い場面に遭遇したような気がする・・・
「いや別にそれはいいんだけど・・・。 メイド服のようなものをモルディアは来てはいるがなぜか腹部が出ている。 流行りなのだろうか?
モルディア今着ているメイド服のことだけど、それは一般的なメイド服なのか?」
「いえ、一般的なメイド服はこのように腹部は出ていることは少ないですが、
ケント様の視線が他の娘に行かないように敢えて腹部を晒す形となっております。」
「そ・・そっか 俺の事を考えた上での服装なんだな」
「はい❤」
語尾にハートが付いているような言い方だ。
これがただの人間であったなら少し引いていただろう。しかしケントはこのことに全く不快感を感じていなかった。 逆にモン娘に好意を持たれている事に感動していたケントだったが、好意の度合いを図るのが苦手なケントは大変な目に遭うのだった。
~ミーシャの部屋にて~
呼び出されたケント含める数名の家臣たちはミーシャの部屋に来ていた。
ミーシャは目の前の玉座に座っており他の家臣たちは前に片膝を付いているような形だ。
「本日より我が魔王軍に所属したケントをお前たちに紹介する
ケントよ、私の横に来い。」
「分かった。」と返事をして、ミーシャの横に立つ。 完全にミーシャに侍らされているような形だ。
「このケントなるものは先刻私が行った召喚儀式により召喚した勇者である。」
一同
「・・・・・・・・」
「失礼を承知でよろしいですか?魔王陛下。」
「発言を許す。」
「あなたはあろうことかっ! 先祖から、はたまた魔族全ての怨敵であり絶対の敵対者である勇者を召喚した上で殺すということもせず部下にしたというのか?
あなたのしていることは今までの大戦にて散っていった同胞を侮辱するものでありましてや魔族滅亡に加担しているといってもよいのですよ?」
発言をした魔族の方を見てみる。
見た感じはケンタウロスのモン娘といったところか。
正義感の強そうな真っ直ぐな目をしている彼女には正に騎士という言葉がぴったりであるように思われる。
見た感じ身長は2メートルを超えているのか大きい。それに比例しているのだろうか胸も立派だった。髪型はポニーテールになっており、切れ長の目と相まって木の強そうな印象が受けられた。
彼女の腰に装備されている6本の剣はどれも業物であろう。
彼女は、もはや感情を押し殺すというような事はせず今にもこちらに斬りかかってきそうな勢いである。
かといって、臆することもないかと考える。
今のケントには死んで失うものなど何も無かった。
それよりもモン娘がいたということ。
そしてそのモン娘と会話が出来たということ。
この2つだけでも前世における人生全てを費やして叶えられるどうかも怪しかったことなのだから、それが叶ってしまっている今死んだところで悔いもない。
「ほう?私の殺気と怒気を受けてもなお魔王陛下の横に立ちその生意気そうな顔を此方に向けてくるのか?いいだろう。お前のその度胸をたたえて一撃で死をくれてやるぞ。」
その刹那、目の前のケンタウロスのモン娘の巨体がブレたように見えた。
いや一同にはそう見えていただろう
ケントと魔王ミーシャを除いて・・・・・
ケントの目には目の前のモン娘の動きが見えていた。
しかし、この間合で相手の動きが見えたとて反応できなければ意味が無い。
間合いにして7メートル 相手の一歩の踏み込みだけで一気に距離は詰められる。
普通に避けていては間に合うはずもない。 ではどうするか?
自分の片方の足を片方の足で払う。
それでも相手の剣は迫ってくる これが一閃であったら対応に困っていただろう
しかし飛んできたのは突きであった。
一閃よりも速度のある突きは本来反応できるようなものではない。彼女の神速の動きであれば尚更であり、これから起きるだろうことはケントの骸がそこに転がり魔王城に入り込んだ危険因子を排除することに成功した彼女の評価が一段階上がることであるように思われた。
結果から言うとケントは生還していた。
彼女は別にケントを侮ったわけではない。仮にも<人間風情>が、自分の殺気と怒気を受けてなお平然と立っているのだ。
足が震えているというわけでもなく自分を恐れる様子もない。
また死すら恐れていない人間など彼女は見たこともなく魔族でも同様だった。酷く奇妙な相手だと思った。故に一閃よりも突きの一撃の方が確実かつ美しく弑すこともでき相手への敬意にもなることだろうと考えての一撃を受け流されてしまったのだった。
種明かしをするとケントはまず足払いで自分の体勢を崩し、尚も迫ってくる剣に対して腕を十字にクロスした状態で思いっきり下から上へ剣の腹に手の甲側である腕を叩きつけて、首と顔を全力で後ろに反らして後方に飛ばされたのだった。
「なっ・・・・」
ぐらりと体を起こすケントはそこにいた魔族たちの目にはどの様に映ったのだろうか。今回ミーシャの部屋に招集された数名の魔族たちはこの魔王城の戦力においても指折りの戦力である。 その戦力である一人の必殺の攻撃を受けてなお脆弱な人間がそこには立っている。伝説になぞらえた復活をしているわけでもなさそうだ。
古の大戦での勇者は何らかの力により死ぬと復活してはまた攻めてきたという。
しかし復活されても恐れることはない。人界の元での復活となるから、勇者が攻めてくるまでに準備期間が生まれる。
そこで更なる対策を講じる事によって人界を支配すべしとの教育を魔界学習一般カリキュラムにて学習するのだが。
目の前のケントは死んではおらず、今も息をしていた。
そしてまたケントはよろよろと此方に歩いてきてミーシャの横に立つ。
「何か君に俺は無礼を働いてしまったのかな? 俺はこういう人間だから礼儀に少々疎い。礼儀面に関しては追い追い直していくからこの場では目を瞑ってくれるとありがたい。」
と言ったきりだ。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
・・
少しの間だけ静寂がその場を支配する。その支配を破ったのがミーシャだった。
「オロバス お前、今何をしたのか分かっているのか?もしや、この魔王城に不届き者がいたから斬り伏せようとしたなどと言おうとしているのか?我が召喚したといったこの勇者に、仮にも本日より所属した同胞に向けて刃を向けて確実に殺そうとしただろう。 それが何を意味するのか教えてやる。魔王軍全体への反逆であり、我ミシャンドラに対しての反逆である。よってこれよりオロバスに対して死刑を言い渡す。」
・・・・・・・
「お待ちくださいまし。今起きた事態は死刑にするほどのことでもありんせんでしょう?本来この勇者という存在はわっちら、魔族たちにとっての怨敵であり親の仇でもあり、また先祖の仇でもありんす。今回起きたのはただの事故でありんす。決して死刑になるほどものでもないでありんしょ?」
オロバスをかばう形で弁明してきたのは狐のモン娘だった。
尻尾の数は9本で多分九尾かな。
そしてゆらゆらとゆれる9つの尻尾はモフらせてもらえれば最高の感触であることは間違いないように思えた。顔の様子は仮面を被っておりはあくできないが
耳がピコピコ揺れる姿は見ていて飽きない。そして着物のような衣服に浮かぶ大きな2つの膨らみはオロバスのものにも劣らないように見える。
邪な考えを振り払ってケントは考える・・・実に言われたい放題である。勇者という自覚ははっきり言ってケントにはない。ただ召喚時にそう言われたからそうなんだろうと・・・
しかし、ここまで魔族たち・・いやモン娘達の怨恨感情を逆撫でするものだとは
思ってもいなかった。
最悪だ・・。第一印象が勇者であるだけで最悪だ。
なんだ?勇者って? ここまでモン娘達に憎まれるのであれば勇者など辞めたいものだな・・とそう考えたケントはこう言い放つ
「ケント勇者やめるってよ」
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
盛大に滑った。 それはもうカーリングのストーンにでもなった気分だった。
慣性運動に身を任せて何処までも滑っていく恐ろしい心地である。
「だから俺は勇者辞めるので・・ 別に勇者になりたかったわけではないし、
勇者だと言われたからそういうことなんだろうな~って感じで考えてただけだし。何?勇者だとそんなに嫌われるの? 何それ?俺が嫌なんだけど。人間に嫌われるのは別に苦でもなんでもないけどさ。 モン娘に嫌われるのマジ辛いわ~。モン娘が好きだからな。皆可愛いし。」
言いたい放題言われたので言いたい放題言ってやった。
何も、後先考えずただ思いに任せて言ってやった。 スッキリした気分だ。
「ククッ ブアハハハハハハハ」
ミーシャの笑い声が部屋に響く。
「ケント、モン娘が好きとは冗談であろう?魔族たちの中でも忌み嫌われることも多く人間界では不浄の者と交わった者として虐げられてきた存在だぞ?」
そういう背景があったのか・・ なら言うことはただ一言
「で?」
「で?って今言った通り」
それを遮るようにケントは言葉を紡ぐ
「それは、一般的見解に過ぎない。一般的な考え方が誰にでも通用するとは思ってはいけない。 はっきり言って俺は元いた世界でも異端だった。人間に興味がいかない。 モン娘にしか興味は沸かなかったし。実際にモン娘の存在も確認できなかったから、ある意味では世俗に侵されることがなかったためにここ魔界にやってこれたんだろうな。ミーシャに召喚された事自体が、運命だとも感じている。いま君たちの目の前にいる人間は勇者でも無ければこの世界における一般人ではない。 モン娘達を愛してやまないただの男だ。」
「お前、本気で言っているのか? これが俗にいう所の変態というやつか・・」
「変態でありんす。」
「ヘンタイ・・」
「・・・・・・・・・」
オロバスが黙っているのが少し気にはなるが、まあいいか。
「とまぁ、そういうことだ。 ミーシャさん?オロバスの事許してもらえないだろうか?」
「それはできない。一度決定したことを覆す事はできない。」
「そうか。あぁ言い残していたことがあったよミーシャ。勇者ケントという男はもう死んだが、死ぬ間際こんなことを言っていたぞ? ミーシャ、オロバスの事を許してやってくれと。」
「本当にそう言っていたのだな?」
「あぁ 言っていたな。」
「では約束通り望みを叶えるとするか。オロバスの件は今回不問とする。
今日はケントという新しい仲間を加えた顔合わせだったからな これにて魔族会議を閉会とする。」
無言で立ち去っていく一同だが・・
「ケント待つのだ。」
と背後から重々しい声がかかるのだった。
長いね・・・ でもこれくらいの長さが多分ちょうどいいのかな?