stage3『そして悪夢が始まる』
その手は赤い
どんな赤より赤い
赤い……赤い……
その目は黄色い
どんなものも見逃さない
黄色い……黄色い……
幾多の犠牲の上に立つ妖怪はただ、自分の欲望を満たすためだけに動く
「さてと、今日はこれぐらいにして帰るか。取材の協力に感謝する」
「いえいえ、次の新聞も楽しみにしておりますよ」
鴉天狗の男は人間の商人に礼を言うと隣に立つ別の鴉天狗に声をかけた。
しかしその鴉天狗は三軒隣の団子屋に座る二人の男女を見つめたまま微動だにしない。
「文、聞いているのか? 引き上げるぞ」
「え? ああ、はい」
「どうかしたのか?」
「ううん、ちょっとね……」
男はメモをポケットにしまうと文の見ていた団子屋に目を向ける。
「ああ、あれは四神のうちの二人だな。女の方が天袖カンナ、男の方が天結桔梗だ」
「ふーん……」
するとそこへ買物袋を提げた巫女がやって来る。
親しそうに何やら話す三人。
文は首にかけていたカメラを準備すると一枚写真を撮った。
これは文の昔からの癖で人の顔を覚えるのに写真を使うのだ。
「さあ、もう帰ろう。母さんが待ってるはずだ」
「お腹の赤ちゃんもね」
「そうだな。文は弟か妹、どっちがいいんだ?」
二人は羽を広げて飛び上がると妖怪の山へと飛び去る。
「そうですねぇ……どっちでもいいですけど、どっちかと言えば妹、かな?」
二人の天狗が帰路についたすぐ後ろでは、暴れ出したカンナを桔梗が殴って気絶させていた。
哨戒天狗が待機所に使う小屋は滝のすぐそばの涼しい場所にある。
霊緋達は小屋のすぐ近くまで来たのだが、やはり誰ひとりとして会うことはなかった。
「本当に誰もいない……ここまでもぬけの殻だと気味が悪いわね」
「誰がいないって?」
突然声をかけられて振り向くと、そこには若い川天狗の男が大振りの櫂を持って立っていた。
霊緋は軽く睨みつけるとずかずかと川天狗に歩み寄って胸ぐらを掴み上げる。
「痛い痛い! わかった、わかったから離してくれ」
「じゃあ洗いざらい話してもらいましょうか」
霊緋は天狗を離すと仁王立ちになって笑顔2割増しでさらに睨みつける。
「その笑顔怖ぇよ。まあいいか、実は鴉天狗のところで赤ん坊が生まれるから、ってその護衛に哨戒天狗が駆り出されてるんだ。何しろ俺達にとっては貴重な子孫だからな」
「それってもしかして綾音……」
「そうそう。で、あまりに過剰な護衛だったから一部は元の任務に戻ることになったんだ」
「ふーん、で?」
「いや、だからそれだけなんだが」
「人間が間違って山に入って妖怪に食われてでもみなさいよ! 私の仕事が増えるでしょ!」
「巫女なんだから仕事しろよ!」
「夢想封印(物理)!」
霊緋のアッパーが顎にクリーンヒットすると川天狗はゆっくりと倒れていった。
「…………。」
夜中、霧の湖から戻った桔梗は寝付けずにいた。
寝返りをうってはまた戻りを繰り返して、もう数刻になる。
「俺達にどうしろって言うんだよ黄竜……」
桔梗はふとんを跳ね上げると汲み置きの水が入った容器の前に立った。
川から汲んできた水はその水面に桔梗を映し出す。
「ああ、これ絶対疲れきってる目だぜ」
かといって、またふとんに潜っても寝付けなさそうなのは目に見えている。
「ちょっと出かけるか」
桔梗は床の扉を開けるとそこから飛び降りた。
桔梗の家は魔法の森の奥にあるツリーハウスで、幻想郷が出来た頃に一人で建てたものだ。
再思の道や無縁塚が近くなのでよく散歩がてらに見に行く。
「で、来てみたわけだが……」
目の前には黒いドレスを着た金髪の女性が立っている。
「何の用だルーミア、言っとくが今日は……」
「もちろん決闘を挑みに来たわけではないわ」
そう言うと近くにあった大きな石の上に座って頬杖をつく。
桔梗もいつもとは違うルーミアの反応に疑問を抱きつつその横に立った。
「あなたに聞きたいことがあったのよ。正直に答えてくれるかしら」
「答えられる範囲でなら、な」
「じゃあ一つ目」
そう言うとルーミアは右手で空を指差す。
「このところ下級の妖怪達が怯えているわ。夜なのにちっとも会わない」
「確かにそうだな。まあ俺の家が魔法の森にあるせいでもあるけど」
「下級の妖怪達だけじゃない。最近は私自身も嫌な予感がしている。あなた何か知ってるかしら」
「…………。」
桔梗は黙り込んだまま何も話そうとしない。
「知ってるのね」
「ああ、だがお前達妖怪にはどうしようもない。結局最後にやらなきゃならないのは俺達だからな……」
「どういうことよ」
桔梗の言葉にいつもみたいな覇気がない。
ルーミアは立ち上がると桔梗の肩を揺すった。
「どうしたのよ! あなたらしくないじゃない!」
「だろうな」
どれだけ待っても桔梗は結局何も話さなかった。
桔梗はルーミアの手を振りほどくと、また魔法の森へと姿を消して行った。
「まだ寝ないの?」
「ちょっとね」
霊緋は女の子を寝かせると縁側に出て月を見上げた。
今宵は満月、雲もない。
「紫、いるんでしょ? 何もしないから出て来なさい」
「あらら、やっぱり見つかるか……さすがね霊緋」
霊緋のすぐ隣で空間に歪みが生じて中から紫が出て来る。
「わかってるわよ。あんたにわかって、私がわからないわけないでしょ?」
「まあね。桔梗は何か言ってたの?」
「昼間に人里で会ってから会ってない」
「そう……」
それきり黙ってしまう二人。
風の音だけが聞こえる。
「四神が動くのを待つか、私達が先に動くか……どうするの?博麗の巫女さん」
「もちろん、私達が先に動くわ」
そう言って部屋に戻ると、神棚の扉を開けて中からお祓い棒を取り出す霊緋。
その表情には普段の面影はなかった。
「そう言うと思ったわ」
「当たり前よ」
お祓い棒を片手に境内に出ると、霊緋はお札を地面に置いていく。
最後のお札が地面に触れると同時に、規則的に置かれたお札の間を光の線が繋いだ。
「始めるわよ」
明かりもなく真っ暗だった博麗神社の境内が光に包まれていく。
「……っ!」
やがて光は陰陽太極図の形に収束して幻想郷の上空を覆った。
すると今まで見えなかった博麗大結界が夜空にはっきりと浮かび上がる。
「さて、果たしてこれでどれだけ持つのか……」
「霊緋、里の人間だけでもどこか安全な場所に移動させた方がいいんじゃないかしら」
「安全な場所?」
霊緋は振り返ると呆れたような笑みをもらす。
「そんな場所、どこにもないでしょ?」
「あれは……」
桔梗と別れてから一人で湖まで来ていたルーミアは空を見上げると髪をかき上げた。
「そう、桔梗が隠していたのはそういうことだったのね……」
「霊緋も桔梗も動き始めたわ。あなたはどうするつもり?」
どこからともなく聞こえてくる声。
ルーミアは静かに右手を上げて闇を集めると、剣の形に固めて振り下ろした。
「紫、それは愚問よ」
「でしょうね」
ルーミアが剣を取り出すのを待っていたかのように目の前の空間が歪み、紫がスキマから降り立つ。
「相手は?」
「まだわからないわ。でも……」
「幻想郷の存続に関わるような力がある、でしょ?」
「そうね」
「心配ないわ紫」
ルーミアは人差し指を紫に突き付けた。
紫がきょとんとした顔をするとルーミアはさらに笑い出す。
「そんな不安そうな表情、あなたには似合わないよ」
「それもそうね」
紫もスキマから愛用の傘と扇子を取り出すとようやく笑顔を見せた。
「さて……わかってるわねルーミア」
「いつでもどうぞ、合わせるわ」
二人は空を見上げてそれぞれ剣と扇子を構える。
「弾幕結界!」
「ムーンライトパルスっ!」
色とりどりの光弾と黒いレーザーは星空へと吸い込まれて行った……
「始まった……」
カンナはいったん呪文の詠唱を止めると爆発のあった方の空を見上げた。
どうやら思ったよりも早く大結界は突破されたようだ。
「来るよ、準備はいい?」
カンナの後ろで椿と香澄が自分の武器を構えて頷く。
「あれ、あんた達こんなところにいたんだ」
「れ、霊緋?」
カンナが慌てて後ろを振り返ると、既に臨戦体勢の霊緋が陰陽玉を従えて浮遊している。
「一応聞いとくわ。あれは一体なんなの?」
「アタシに聞かないでよ。黄竜は何も言わなかったわ」
「そう……」
霊緋はそれだけ聞くとそのまま四神達を素通りして爆発の方向へと飛んで行った。
相手の戦闘力は未知数、それに対して幻想郷側の戦力は四神と自分、それから一握りの有力な妖怪だけだ。
「劣勢なんてもんじゃないわね。早く片付けないと……」
地上からルーミアがレーザーや光弾で牽制しているのが見える。
霊緋は目の前に視線を戻して穴の開いた結界へと接近して行った。
「何、あれ!?」
相手の姿を見るなりいったん止まって懐から札を取り出す。
サイズは妖精ぐらいだろうか、無数のそれは霊緋を見つけるなりルーミアの攻撃を回避しながらまっすぐ迫ってきた。
「こんなの聞いてないわよ!」
すぐさま陰陽玉に迎撃させるがそもそも数が足りない。
「仕方ない、秘術『夢想封印』!」
霊力のこめられた大量の札が敵に向かって放出される。
それらは互いに結界を張りながら、敵を擬似的に作り出した網の中に捕らえた。
「散りなさい」
網の中に陰陽玉から光弾が撃ち込まれて中の敵が四散する。
しかしそれだけでは明らかに足りず、仕留めきれなかった残りが霊緋に迫る。
「秘術『揺籃夢想』!」
札を急いで呼び寄せて防壁を作り出したが敵の攻撃の半分は防壁を貫通して霊緋に迫った。
「くっ!」
『どいてろ!』
「え?」
頭の中にいきなり声が響いて霊緋は戸惑ったように辺りを見回す。
だが、よそ見をしたせいで防御の姿勢が間に合わなくなる。
「どいてろおぉぉ!」
白い閃光、聞き覚えのある声。
「剣技、絢爛舞踏!」
回転しながら放たれた衝撃波が攻撃を次々相殺していく。
「桔梗!」
霊緋は桔梗の腕を掴むと引き上げた。
一応四神なので神様ではあるが桔梗は飛べないのだ。
「話は後だ、お前とルーミアでこいつらの気を引いてくれ。俺はいったん人里に降りて避難させる」
「どういうことよ」
「下を見ろ! このままだと人里にまでやつらの侵入を許すことになるぞ」
桔梗に言われて下を見る霊緋。
気付かない間に遠かったはずの人里がだんだんと近付いている。
「じゃ、頼んだぜ」
桔梗は自分で霊緋の手を振りほどくと下へ降りて行った。
「頼んだぜって言われても……」
ルーミアは依然としてレーザーと光弾を撃ち続けているようだが、心なしか数が減っているような気がする。
カンナ、椿、香澄の三人もそれぞれ頑張ってはいるが時間稼ぎになるのかと言われると厳しい。
「もうちょっと、せめてもうちょっと人数がいれば……」
「俺達なら、人数の足しになるだろ?」
霊緋が振り向くと同時に大量の光弾が頭上を通過していった。
撃ったのは妖怪の山に住む天狗達だ。
「水臭いぞ博麗の巫女、なんでもっと早く俺達に知らせてくれないんだ」
天狗達は持ち前の素早さを生かしてどんどん敵を撃ち倒していく。
「なんでここに?」
「スキマ妖怪だよ、ええと……なんて言ったっけか」
「兄貴、紫だ。八雲紫」
「そうそう、その紫ってやつが俺達を呼びに来たんだ」
「まったく、紫のやつ……いいわ、敵を人里から引き離してちょうだい。今桔梗が人間を避難させているわ」
「了解したぜ」
天狗は即座に指示を飛ばすと飛び去って行く。
「さて、私はルーミアと合流しようかしら」
飛んで来る流れ弾に気を付けつつ霊緋はルーミアの姿を探した。




