stage1『博麗の巫女』
大丈夫、大丈夫だから
これは悪い夢、目が覚めれば全部元に戻る
だからもう泣くなよ
辛いのは俺だって一緒なんだからさ……
なんであの時大丈夫なんて言ったのか俺にはわからない
なんの根拠もないのに
いくら待ってもこの悪夢から目が覚めるわけがないのに……
「おい霊緋、暇だから来てやったぞ~!」
桔梗は神社の裏にまわると、縁側でひなたぼっこしている霊緋の側に立った。
「何回言えばわかるの桔梗、ここは集会場じゃないのよ?」
「つれないなぁ。人がせっかく遊びに来てやったのに」
「余計なお世話よ。私は忙しいの」
霊緋のそっけない反応。いつも通りなだけに桔梗はもう対処法を熟知している。
「今日も参拝客ゼロのくせにか?」
「ぶー!」
「うおっ! いきなりお茶吹くなよ」
こんな毎日。
はたから見ればただ退屈なだけの日々かもしれない。
それでもここには平穏な日々がある。
それだけで充分だ。
そんなこんなしていると小さな女の子が桔梗を見つけて走り寄って来た。
その子も霊緋と同じ巫女服を着ている。
彼女達は博麗の巫女。この幻想郷を覆う『博麗大結界』を守っている存在だ。
「ききょうおにいちゃん、あそんで~!」
「お~よしよし。で? この娘の名前は決めたのか」
霊緋はお茶を一口飲むと、そうだなと首をひねった。
「って、考えてないんかい」
「一応は私の後を継いで博麗の巫女になるんだから『霊』か『緋』の一文字を付けてやろうとは思ってるんだが……なかなか良い名前が浮かばなくてな」
「霊か緋ねぇ」
女の子を抱き抱えると、桔梗も木の棒を拾って地面に考えられる名前を書き出した。
霊か緋の字を使ってなおかつ呼びやすい名前となるとひらがなで3字、漢字で2字が一番ちょうどいいだろう。
「けっこう出るものね。あ、これなんてどうかしら」
霊緋はどことなく楽しそうな表情で桔梗が書き出した名前を見ていく。
その中には現職の博麗の巫女、博麗霊夢の名前もあった。
「こうしてると本当の夫婦みたいに見えるわねぇ」
「「ゆ、紫ぃ?」」
「あらぁ、いいのよ? そのまま続けて続けて? それ見てニヤニヤしてるから」
「お前ってほんとに嫌なやつだな」
紫はスキマから出て来ると、桔梗が書き出した名前の周りをぐるりと一周する。
その様子を見て、女の子は桔梗の腕から抜け出して後ろに隠れた。
「おばさん、だれ?」
「お、おばさん?」
女の子のおばさん発言に顔を引きつらせる紫。
その様子を見て桔梗と霊緋は紫を指さして大爆笑した。
「おばさんだってよ紫。さすが次代の博麗の巫女、わかってるな」
「まったく、こんな小さい子にまでおばさんって言われたらもう年増を悟ったら?」
「な、なによ二人して!」
「ひー、腹痛ぇ。アハハハハ痛たたたたたた!」
紫はスキマから手を差し入れると、思いきり桔梗の耳を引っ張った。
「やめろよ。自慢の猫ミミが取れたりしたらどうするんだよ!」
「じゃあ何か言うことは?」
「すいませんでした」
「あ~、暇ねぇ」
「結局暇してること認めるのかよ」
桔梗はさっきから茶菓子をつまんでばかりいる。
確かに今の幻想郷は桔梗にとっては退屈そのもの。
他の四神との決闘にも飽きたし、前の異変からほぼ5年経つのに今日も博麗の巫女は絶賛開店休業中だ。
「なんか起きないとやっぱりつまらないな……」
「平和が一番よ。まったく、桔梗はちょっと血の気が多すぎるんじゃない?」
「わかりきったことだろ。それより食べるの控えないとまた太るぞ?」
「うるさいうるさいうるさ~い! 糖分は乙女の動力源なの!」
「とか言いながら大福をもう10個ほど平らげてるわけだがその件に関して何か一言」
「私が太るのはどう考えてもこのおいしい大福が悪い」
満面のドヤ顔で言い張る霊緋に桔梗は呆れて首を振った。
「ああ、だめだなこれは手遅れだ。また体重が増えr……」
「夢想封印(物理)!」
「あだっ!」
突如として降ってきた陰陽玉。桔梗が避けられるはずもなくそのまま頭上に落下した。
「てめっ! 事実を言っただけだろうが!」
「事実なだけに腹立つのよバカ」
「理不尽だ……」
頬を膨らませて怒る霊緋と頭をさすりながら文句を言う桔梗。
その様子を見ながら女の子と紫が最後の大福を平らげた。
「あー! それ私の大福!」
「何よ。だったら名前書いとけばいいでしょ?」
「なっ!」
言い争う紫と霊緋。
その様子を見て大福程度でなんだと桔梗は首を振った。
「あー! あー! 今私のこと馬鹿にしたでしょ!」
「馬鹿にせざるをえないだろ。大福一個で馬鹿馬鹿しい」
「なによ! いいでしょ多少食い意地張ってても!」
「食い意地張ってる巫女とか誰も見たかぁねぇよ」
「むぅ……じゃあ食後の一働きよ! 桔梗、ついて来なさい!」
「意味わかんねぇよ」
「倒れるぞ!」
桔梗は剣を振り上げると下にいる霊緋に合図する。
伐り倒された木は丘の斜面を滑るように落ちて行き、霊緋の足元で止まった。
「すごいすごい!」
女の子は木に駆け寄ると霊緋の服を引っ張る。
「これなにするの?」
「薪よ。最近足りなくなってきたから助かるわ」
「へぇ~」
何ヶ月かに一回、人里の人間達や霊緋は生活用の薪をこの場所に伐りに来る。
最も、最近は桔梗ばかりが木を伐っているのだが。
「これだけあればしばらくは足りるだろ。まったく、俺の虎徹をナタか何かと勘違いしてないか?」
「いいじゃない、よく切れるんだから」
「しかも俺しか働いてないし」
桔梗は大剣『虎鉄』を地面に突き立てるとそれにもたれ掛かった。
虎鉄は桔梗が持つと軽く感じるらしいが、実際かなりの重さがある。そのおかげで木を切るなら斧なんかよりも早く切れるのだ。
「おつかれさま!」
「おう、ありがと」
女の子が手ぬぐいを持って走って来る。
桔梗はそれを受け取ると今まで伐った木に向かった。
最後にこの木から枝を剥いで適当な大きさに切り分ければあとは人間達がやってくれるだろう。
手早く邪魔な枝を落としつつ、人間が運べる大きさに切る。
「ふう、これで終わりだ」
「白虎様、今日もありがとうございました」
しばらくすると人里の長が寄ってきて深々と頭を下げた。
周りの人間達も長と同じように頭を下げている。
「よせよ、俺はそういう堅苦しいことが嫌いだ。それに、お礼なら俺じゃなくて香澄に言いな」
そう言うと桔梗は丘の方を指差した。
そこでは和服に身を包んだ女性が巨大な扇を両手に持って振っている。
「俺が出来るのはせいぜい生えてる木を伐るまでだがな」
桔梗はその女性をじっと見つめていた。
「あいつはその木を何もないところから生み出すことができる」
女性……桔梗と同じ四神の一人である天翔 香澄は自身の能力、陽気を操る程度の能力の応用で植物や湧水を生み出すことが出来る。
間もなく切り倒された木の株から芽が生え、さらにどんどん成長していって巨大な木が元に戻った。
「これで一安心でしょう、ここまで育てば土砂崩れの心配もないでしょうし。桔梗、帰りましょうか」
「そうだな、ちょうど日も傾いて来たし」
「あれ、魔法の森はあっちじゃないかしら?」
帰路につく二人だったが、桔梗はなぜか反対方向に向かおうとする。
「ああ、ちょっと神社に行って霊緋をどやしつけてくる」
「自分しか働かなかったことそんなに根に持ってるのね」
「当たり前だろうが。何が食後の運動だ、結局手前は何もしてないじゃないか」
「う、うん。まあほどほどにね」
「わかってる」
「で?」
「で? ってなんだよ」
「なんであんたがうちの鍋をつついてるのよ!」
「いいじゃねぇか。減るもんじゃn……」
「減るわぁ!」
霊緋は机を叩くと立ち上がって陰陽玉を取り出す。
「待て待て。ちょっ、おま……」
ガッ
見事にクリーンヒット。
桔梗は顔をしかめてうずくまった。
「あのねぇ、うちにタダ飯食いはいらないの」
「今日は働いたんだからいいだろ別に!」
「あの程度じゃ働いたうちに入らないわよ」
「お前よりは働いたぞ!」
「食後の運動とは言ったけど誰も働くとは言ってないわよ? 神社から人里まで『歩いた』じゃない」
「んだよそれ」
「ま、感謝はしてあげるわ。これからも存分に施しなさい」
「きっついねぇ、もうちょっと愛想よくしとかないとそのうち里の人間にも嫌われるぞ」
「あら、その時はその時で博麗大結界を緩めてだね……」
「お前ってとことん外道だな」
そう言いつつ山菜に箸を伸ばす桔梗。
それを見て諦めたのか霊緋は盛大にため息をつくと追加の食材を取りに台所へ入って行った。
「で? 今日は自分の家に帰らないつもりなの?」
「いや、今日は帰る。疲れたしちゃんと布団で寝たい」
「今日は待ち合わせないんだ。あの真っ黒と」
「…………。」
霊緋に言われてピタッと箸が止まる桔梗。
空いた左手の指を折って何かを数え始める。
「桔梗? 箸が止まってるわよ」
戻ってきた霊緋に言われてハッと我にかえると、桔梗は自分の取り皿に入った食材とご飯を急いで口に入れて立ち上がった。
「どうしたの?」
「わりぃ、ちょっと」
不思議そうに桔梗を見つめる霊緋と女の子。
当の桔梗は縁側の下にしまっていたブーツを取り出して靴紐を縛ると、虎鉄を持って走って行ってしまった。
「あ、ちょっと! ごちそうさまぐらい言って行きなさいよ!」
霊緋が部屋から外を覗くが、既に桔梗の姿はなかった。
「約束、すっぽかしそうになったのね」
やれやれと霊緋は戸棚から酒瓶を一本取り出す。
「おかーさん、おさけはほどほどにしろー!」
女の子が桔梗の口調を真似て霊緋に飛び付いた。
「大丈夫大丈夫、弱いのはわかってるから」
そう、霊緋はもともとあまり大量には酒が飲めない体質なのだ。
宴会を主催する側に立つことが多い博麗の巫女としては非常にそれはまずい。
だからこうして普段から少しずつ飲んで耐性を付けようと頑張っている。
上手く行っているかは……聞かない方が吉だろう。
「よし、今日は桔梗もいないしちょっと多めに飲もうかな」
「出てこいよ、いるのはわかってるんだ!」
博麗神社から少し離れた森の中で桔梗は虎鉄を構えると叫んだ。
「あらあら、そんなに怒鳴らなくてもここにいるのに」
桔梗の背後、木の上に一人の少女が出て来る。
「遅刻よカ ミ サ マ」
「お前がいつも早いんだろ、ルーミア」
虎鉄を地面に突き立てるとやれやれといった感じで頭をかく桔梗。
ルーミアはその間にふわりと着地してゆっくり桔梗に歩み寄った。
「そうかしら? ところで今日は巫女の姿が見当たらないみたいだけど」
「あいつなら神社だ。来るとろくなことがないからな」
「あら、ちょっと残念ね」
「何か用事でもあったのか?」
「いいえ、ただ……」
そこで言葉を切ったルーミアは右手を頭上に翳した。
やがて彼女の能力によって生み出された闇が右手に十字架に似せた剣を象っていく。
「あなたの負けるザマをあの巫女に見せ付けようかと思って」
「あっそ、だいたい予測出来たが聞かなきゃよかった」
桔梗も虎鉄を引き抜くと肩に担いだ。
二人の間にピリピリした空気が漂う。
「今日こそあなたに勝ってみせるわ」
「そりゃねぇわ。西方四神の名にかけて今日も勝たせてもらうぜ」
それっきり黙り込む二人。
月が雲で陰り、辺りが少し暗くなる。
目を見開く桔梗。
雲が月から離れた瞬間、二人は地面を蹴ってお互いの剣を振り上げた。
「はぁぁぁぁぁ!」
「せやぁぁぁ!」
剣と剣がぶつかり合い、盛大に火花を散らす。
反動で後ずさる二人。
次に先に仕掛けたのはルーミアだった。
「もらった!」
剣を振り上げてまだ体制の立て直せていない桔梗に迫る。
「甘い甘い」
髪の毛が何本か斬れたが、その程度なら何も問題はない。
ルーミアの剣をかい潜って転がると、背後に回り込んで虎鉄を振り下ろす。
「後ろががら空きだぜ!」
ルーミアも対応しようと剣を持ち替えて後ろを向こうとしたその時だった。
「ちょっと~うるさいのよ~」
いきなり声をかけられてつんのめる桔梗とルーミア。
「ちょっ、おま。なんでここにいるんだよ!」
現れたのは霊緋だった。
よく見ると何やら足元がおぼつかない様子。
「さ、酒臭っ!」
ルーミアは服の袖で鼻を覆ってる。
「お前酒弱いのにまた飲んでたのかよ。いい加減学習しろよな」
「うるしゃい! あんたぁにいわれなくてもぉわかっとらぁい!……ヒック」
「相当酔ってるわね。厄介な……」
「だいたいねぇ、いっつもいっつもぉふたりしてわたしをいじめてぇ!……ヒック」
と、ふらふらしながらルーミアに近づく霊緋。
ルーミアが何かと思っていると霊緋はいきなりルーミアにつかみ掛かった。
「とくにあんたぁ! けんかうってんのかそのきょにゅー! なんだぁ? わたしへのあててけかぁ?」
「当てつけが言えてないし、ちょっと桔梗! 見てないで助けなさいよ!」
「いや、今行くと確実に俺まで絡まれるからムリ」
「はぁぁぁ!?」
「やろうぅ、ぶっころしてやるぁぁぁぁぁぁぁ」
「ちょっ、待って、きゃぁ!」
「もう知らん、好き勝手やってくれ」
呆れて目を背ける桔梗の後ろでルーミアに馬乗りになった霊緋。
「ほれほれぇ、ここがええのんかぁ?」
「やめ、ひゃん!」
「わらひにらってねぇ、ちゃんとむねぐらいあるわよぉ! それをばかにしt……ウップ」
慌てて手で口をふさぐ霊緋。
「ちょっと、まさか……」
「おぇぇぇぇぇぇ……」
「ぎゃぁぁぁ、吐くなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
暴れて間一髪霊緋の下から抜け出せたルーミア。
しかし彼女にもはや桔梗との決着をつける気力はなく、霊緋が落ち着く頃にはいつの間にかいなくなってしまっていた。
必然的に取り残された桔梗が片付ける羽目になるのだが……。
「ちっくしょう、こいつ人の気も知らないでよく寝れるよまったく」
桔梗は酔い潰れて寝てしまった霊緋を見下ろす。
揉み消すのは骨が折れそうだ。
その次の日以降、霊緋を見るとルーミアが怯えるようになったが、それはまた別の話である……




