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stage6『LOST HISTORY』

あの出来事から、一体何年経つのだろう


俺は彼女を守れなかった


俺と関わったばっかりに、街の人々によって殺された


彼女の透き通るような美しい歌声はもう……



これは繰り返してはならない


だが人も、妖怪も、神も、同じ過ちを何度も何度も繰り返す


そしてその連鎖の先に、未来を見出だすんだ



それでも、それがわかっていても俺は、連鎖から逃れることを願った


出来るはずもないのに

「つまらないな……やっぱりつまらない」


 暗夜天は地面にめり込んで動かなくなった霊緋と紫を見下ろすと盛大なため息をつく。


 なんとか砲台の破壊に成功した幻想郷住民だったが、それに憤慨した暗夜天の力を前に成す術もなく半数以上が倒れた。


「霊緋、紫! 早く立って!」


 ルーミアもなんとか攻撃は受け流しているものの、既に満身創痍に近い状態だ。


 それに対して暗夜天に与えた致命的なダメージは皆無、おまけによそ見をする余裕まであった。


「くっ……うう」


 紫はようやく身体を起こすと、頭を振ってまだぼやけている視界を回復させる。


 しかし視界が戻った直後にルーミアが上からのしかかり、さらに近くにルーミアの剣が突き刺さった。


「あのさ、いい加減うっとうしいんだけど」


 暗夜天は迫撃を加えるべく杖をルーミアに向ける。


 ルーミアも辛うじて反応はしているがお腹を押さえたまま動かない。


「どいて!」


 暗夜天の攻撃が放たれた瞬間に紫はルーミアを押しのけてスキマを頭上に広げた。


「またその空間移動?」


 紫とルーミアの頭上に光が迫る。


 が、スキマに吸い込まれる直前に暗夜天の攻撃は跡形もなく消えてしまった。


「っ!」


「何回も同じ技が通用するとでも? バカバカしい。これだから低脳な妖怪は……」


「妖怪を馬鹿にする前に自分の心配をしたらどう?」


 暗夜天の周りを陰陽玉が囲い込む。


 その足元では霊緋がお祓い棒を掲げて呪文を唱えていた。


「霊緋! やっぱり無事だったのね」


「当たり前よ紫、大結界がまだ生きているのは私が生きている証拠。それより……」


 霊緋は地面を蹴ると、両足に貼ったお札に手を沿える。


 普段何気なく飛んでいる霊緋だが、このお札がなければ飛ぶことは出来ない。


「紫、ルーミアと一緒にちょっと離れてなさい」


「あれ? あなたさっき死んだよね。というか私が殺したよね?」


 突然現れた霊緋の姿に戸惑う暗夜天は杖の先端を霊緋に向ける。


「あれはかなり危なかったわ。もっとも、最後の攻撃以外は直撃だったけどね」


 霊緋がお祓い棒を振るうと、地面に突っ込んだ霊緋の身体がお札に変わり、バラバラに崩れた。


 よく見ると確かにまだ霊緋本体の身体にカードの兵隊の槍が突き刺さっている。


 霊緋はそれを引き抜いて捨てると、お札を袖のポケットから大量に取り出す。


「そろそろ私も本気を出すわよ」


 大量のお札は空中にばらまかれると、霊緋に随伴するように等間隔で静止した。


「笑わせないで。あなたに何が出来るって言うの?」


 暗夜天も『近づき難き闇』を発動してカードの兵隊をまた出現させる。


 霊緋からすれば結界を無効化出来るこの技がある暗夜天は相性の悪い相手だ。


 それでも霊緋はもう一度対魔陣符を発動させる体勢をとる。


「わかってるの霊緋、そいつに結界技は……」


「紫ぃ? 喋ってる暇があったら自分の仕事をしなさいよ!」


 紫にウインクして見せる霊緋。


 霊緋の考えていることを即座に読み取った紫は、ルーミアを肩に担ぐとスキマを開いてどこかへと消えた。


「これで一対一よ。私の……博麗の名を継ぐ者の本気、見せてあげる!」







「紫、もう大丈夫だから。ありがとう」


 ルーミアはスキマから出ると紫の肩を離れ、縁側に腰をかけた。


 紫がスキマで移動した先は博麗神社、幻想郷の最後の砦だ。


「さてと、私は少し準備するからルーミアはそこで休んでなさい」


「言われなくてもそうするよ」


 紫は境内の地面に木の棒で魔法陣のようなものを描き出す。


 その間にルーミアは女の子から渡された包帯を腕に巻いた。


「ありがとう、助かるわ」


 女の子に余った包帯を返すと、傷口を軽く触ってみる。


 傷は大して深くないから戦闘を再開しても多少なら問題ないようだ。


「それ、いたい?」


 女の子は若干血の滲んだ包帯を指差すと心配そうにルーミアの服の裾を引っ張った。


「これぐらい何ともないよ。大丈夫」


「ほんと?」


「ん、だから心配しなくてもいいよ。それより……」


 女の子に笑いかけていたルーミアは顔を起こすと、必死に魔法陣を描く紫を見る。


 普段は能力のおかげでダメージとは無縁の紫だが、今回ばかりは疲労と受けたダメージで若干ふらついていた。


「紫の方がつらいはず」


 やがて魔法陣を描き終わった紫は棒を投げ捨てて、代わりに愛用の扇を握る。


「この技、出来れば使いたくないのよね……」


「え?」


「空間操作、簡単に言うなら私の能力を使った封印術よ」


 光となって浮かび上がった文字は、スキマの形となって紫の手元に浮遊する。


「少しの間、私に話しかけないでね。気が散ると失敗するから」


 紫は目を閉じると、そのスキマの中に右手を差し入れた。


 交戦中の霊緋を巻き込まずに封印を施すにはかなりの集中力が必要だ。


 ルーミアは女の子を神社の中に入れると、自身も再度能力を発動、翼と鎌を出現させて装備した。


「さて、と……援護なら任せといてね」






「桔梗、落ちないで下さいね?」


「お前が支えといてくれるなら落ちねぇよ」


 桔梗は香澄の腕にしがみついたまま辺りを見渡す。


 ワールドブレイカーの着弾点が近いせいか、草原だった場所は土が剥き出しで石がゴロゴロ転がっている。


「本当に根こそぎ持って行きやがって……ぜってぇにあいつは俺がぶっ殺す!」


「口が悪いですよ桔梗」


「けどよ、香澄だって内心はムカついてるんだろ?」


「それはもちろん。ここまでされて腹が立たない方がおかしいわ」


「だったらもっと怒るべきだぜ。香澄はもっと怒ることを覚えた方がいいって」


「そうね」


 香澄の声のトーンが落ちる。


 桔梗は香澄を傷付けたことを悟ると、ごめんと一言謝ったっきりしゃべらなくなった。


 気まずい空気が二人の間に漂う。


 やがて口を開いた桔梗は少し戸惑った後、真面目な口調で話しかけた。


「香澄、何も言わずに俺の頼みを聞いてくれるか?」


「内容によるわ」


「はぁ、だよな」


「まさか桔梗、あなた……」


「俺は絶対に負けたくないし、幻想郷を失いたくもない。そのためなら何でもするつもりだ」


 博麗神社がだんだんと見えてくる。


 桔梗は神社に降りるのではなく、近くの森に降りるように香澄に指示すると虎鉄を左手に握った。


「とりあえず頼んどく。もし、俺が暴走したらその時は俺を……」


 香澄が下を向くと、桔梗は少し淋しげな笑みを無理矢理作る。




「俺を殺してくれ」


 それだけ言うと桔梗は香澄の手を振り払い、一人だけ下へと降りて行った。








「夢想封印!」


 霊緋はかなり奮闘していた。


 紫の準備が終わるまでの間を持たせようと様々な技を繰り出す。


 そのうち何発かは有効打も与えていた。


「このっ!」


 近付いてきたカードの兵士はお祓い棒で払い落とし、すぐにお札の壁を再構築する。


 さっきから暗夜天の方にもようやく疲れが見えてきた。


「もうしつこい、何で落ちないのよ!」


「落ちたらあんたが幻想郷を壊すでしょうが!」


 暗夜天はカードの兵士をまとめると、一気に突っ込ませる。


「チッ……」


 軽く舌打ちする霊緋。


 結界が通用しないカードの兵士は、集団でかかって来られるとさすがの霊緋でも防ぎきれない。


「離れて下さい!」


「香澄?」


 回避する霊緋の間に割って入る香澄は扇を広げると能力で水流を生み出した。


「遅くなってすいません、加勢します!」


 水流は香澄の動きに合わせて向きを変えると、次々にカードの兵士を巻き込む。


 やがて全てのカードの兵士を巻き込むと、水流は球体状にまとまった。


「私たちはあなたを許さない、倒させて頂きます!」


 香澄が右手を握ると水流で作られた球体は急速に縮んで四散する。


 それを見て暗夜天は顔をしかめた。


「あーあ、それが最後だったのにな……」


 お祓い棒と扇をそれぞれ構える霊緋と香澄。


 自分の手駒を全て失った暗夜天は不機嫌そうに杖を振り上げた。


「面倒だし、もう死んでよ」


 杖が光り、暗夜天の身体を包み込む。


 次第にシルエットが変貌していき、左肩から翼が伸びた。


「ミスフォーチュンレイディ、発動!」


 収束した光の中から現れた暗夜天は真っ黒の鎧を身にまとい、杖の代わりに巨大な鎌を手に持っている。


「何よ……コイツ」


 不気味なオーラを放つ暗夜天を見て真っ先に霊緋が反応した。


 周囲に展開したお札が暗夜天の邪悪な威圧感を増幅させて霊緋に見せているのだ。


 その様子を見て状況を察した香澄は頭の髪飾りに手をかけて引き抜き始めた。


「霊緋さん、今すぐ下がってもらえますか?」


「はぁ? 何言ってるのよ。出来るわけないでしょ?」


 二本、三本と抜き取られていく髪飾り。


 最後の一本に手がかかると、香澄は霊緋の方へ振り返る。



「じゃあ、巻き込まれないように避けて下さいね」


 最後の一本が引き抜かれる。


 すると周囲の天候が一変して風が強くなり、雨や雷までが鳴り出した。


「怒ることを覚えた方がいい、ですか……桔梗、あなたの頼みは聞けなくなるかもしれません」


 香澄の顔や手に現れる呪印、涼しげな青色だった目も真っ赤に変わる。


「封印、解除!」


 青龍としての能力が解放され、自身の身体も本来あるべき姿へと変わっていった。


「香澄……」


 香澄は扇をたたんで帯の隙間に挟むと、新たに生成された薙刀を暗夜天に向ける。


「いざ、参ります!」


 

 

 

 

 

「あんの馬鹿! 元々戦闘向きの能力じゃないのに無茶しやがって!」


 桔梗は階段を駆け登ると、鳥居の下で止まって後ろを振り返った。


 雨風の強さから、そう遠くないところで戦闘が起きていることがわかる。


「桔梗! 無事だったのね……どうしたのその格好?」


 桔梗に気付いたルーミアは翼と鎌を元の闇に戻して駆け寄った。


「無事に決まってるだろ。俺を誰だと思っている」


 ルーミアに言われて桔梗も全身の傷を見ると苦笑する。


「ま、こんな格好じゃ説得力がないか」


「そうよ。あんたも不死身じゃないんでしょ?」


「まあな。神様とは言っても、俺達四神は生まれながら神様というわけじゃないし」


「え?」


 桔梗の一言にルーミアが思わず立ち止まる。


「あれ、俺言ってなかったっけ?」


「聞いてないけど」


 そうだったっけ? と首をひねる桔梗。


 とりあえず休憩したかったので、紫の邪魔にならないよう遠回りに社に近付くと、縁側に腰を下ろして虎鉄を置いた。


 連戦の影響なのか虎鉄にも若干のヒビが入っている。


 桔梗は虎鉄をいたわるように撫でると、走ってきた女の子を膝に抱いてルーミアに向き直った。


「で、どういうことなのよ。あんた達が元は神様じゃないって……」


「話せば長くなる、こともないがまぁ言っとくか」


 頭をゴシゴシとかく桔梗は女の子が運んできた湯のみに口を付けると話し始める。


「幻想郷が外の世界と繋がっていた時……いや、まだ幻想郷って概念がまだ存在しなかった頃の話だ」









 その頃の俺達は別々の土地でそれぞれの生活をしていた。



 もちろん俺達みたいなのが人間な訳なく、当然妖怪としてな。



 ある日、幻想郷を作った賢者の一人が幻想郷のカタチを保つための器を欲した。



 その頃の幻想郷はまだ生まれたてで、カタチが安定せず不安定、とてもじゃないが生物が住めるような世界じゃなかったからな。



 賢者は早速器になるようなものを探した。



 しかし当時はまだ人間も妖怪もそこまでの知能がなかったために一時断念。



 そして数十年が過ぎ去り、諦めかけていた賢者はようやくその器に代わるような逸材を異国の地で発見した。



 人間みたく脆弱でなく、普通の妖怪よりも強力な力を持つ四つの種族の妖怪。



 天候や恵みをもたらす天龍族、灼熱の炎を身に纏った妖鳥族、大地を知り尽くしす古亀族、そして最後に選ばれたのが単純な戦闘能力の高い獣虎族だ。



 そこから特に優れた技能を持つ四人が賢者により選ばれ、幻想郷を支える存在となったとさ。



 これが一応神様候補に選ばれるまでの話。



 さっきも言ったが俺達はちょっと力が強いだけで、ただの妖怪に変わりない。



 次に賢者は器をもっと安全に管理する方法を考えた。



 そしてふとした時に思いついた。



 四人の妖怪から元々持っていた能力を奪い、新たな能力を与えてやればいい。



 与える能力は四人をめぐりくる季節になぞらえ、四季を代表するものを操るものとした。



 春を司る青龍には誕生を操る能力を、夏を司る朱雀には熱気を操る能力を、秋を司る白虎には実りと彩りを操る能力を、そして冬を司る玄武には寒気を操る能力を与えた。



 やがて幻想郷を保全するための仕事に従事できるほどに四人が達した時に、賢者は四人を日本に、そして幻想郷に移した。



 で、そこから長い年月を経て今に至るというわけだ。



 今じゃ幻想郷の管理は博麗の巫女の仕事だし、俺達は名前だけの神様になっちまったがな。






「それでも俺達は普通の妖怪では到底敵うわけがない絶対の能力を持っている」


 桔梗は腕の包帯に手を置くと、その端を少しめくってルーミアに見せた。


「それは?」


「言ってみれば俺が持っていた過去の能力のカケラだ」


 包帯の下には香澄の全身に現れたものと同じ呪印が描かれている。


 ルーミアももう少しよく見ようと顔を近付けたが、桔梗はすぐに呪印を隠してしまった。


「この包帯は言わば拘束具だ。こいつを外せば香澄みたいに昔の能力を引き出せる」


「ちょっと待って、じゃあそれ使えば幻想郷は……」


「無傷だったかもしれないな」


 冷淡に返す桔梗。


 その反応に激昂したルーミアは女の子を払い除けて桔梗を押し倒すと、素早く錬成した剣を桔梗の喉元に突き付けた。


「何なのよその反応は! それさえ使えば幻想郷は……ここに住む人間も妖怪も傷つかずに済んだのよ! それを、それを!」


「ルーミア! やめて!」


 女の子も必死にルーミアにしがみつくが、ルーミアが剣を収める様子はこれっぽっちもない。


 それどころかもう一度振り払うと、今度は女の子にももう一本新しく錬成した剣を向けた。


「邪魔しないで。あなたも博麗の巫女ならわかってるでしょう? こいつのせいで幻想郷は今壊れかけているのよ!」


 普段より強い語気で女の子を睨みつけるルーミア。


 女の子はその場で泣き出してしまった。


「ルーミア、その子は悪くない。悪いのは俺だ」


「わかってるならさっさとその能力とやらを解放して戦いなさいよ! さもなくば、今すぐ喉を貫いてやる!」


 睨むルーミアと無表情の桔梗。


 ルーミアの目には少し涙が浮かんでいるようだ。


「いいぜ。殺れるもんなら殺ってみろ」


 しかし桔梗の返答はルーミアが期待したものとは大きく掛け離れていた。


 剣の先が少しかすった首筋を赤い血がゆっくりと流れていく。


「さあ、一思いに殺してみろよ。今なら虎鉄も持ってないし、俺は身動きが取れない」


「なんで……なんでそういつもいつも!」


 言葉が続かない。


 思いが声にならず、ただ口だけがもどかしげにパクパクと動く。


 桔梗もそれを察すると、ルーミアの剣を払って立ち上がった。


「大丈夫か?」


「うん……」


 女の子は桔梗の差し出された手を握ると、空いた手で涙を拭う。


「ルーミア、お前の気持ちは痛いほどわかる。俺だって同じ気持ちだ。けど、俺にはそこまで無謀なことが出来る勇気はない」


 女の子を抱き上げて縁側に乗せると、桔梗は虎鉄を背中にしまった。


「もし俺がこの封印を解けば身近にいる人だけじゃない、幻想郷中の人々を殺してしまうことになる」


 わずかに見える呪印を手で覆い隠す桔梗。


 包帯の封印は徐々に解かれつつあった。


「俺が俺じゃなくなる。もうあの頃には戻りたくないから」


 深い悲しみを孕んだ桔梗の目を見て黙り込むルーミア。


 しかし直後、紫の声と共に目の前の視界が揺らいだ。






 爆音と閃光。




 そして最後に見たのは、地面にたたき付けられる二人の人影だった。








「くっ……ゲホッゲホッ」


 突然の攻撃で避ける余裕がなかった桔梗は、とっさに虎鉄を抜いてガードの体勢を取る。


 しかし攻撃の威力は凄まじく、爆風だけで軽く吹き飛ばされてしまった。


 視界が戻るにつれてだんだんと現状が見えてくる。


 穴が空いた境内と吹き飛ばされた面々。


 降り立った黒い影は半壊した社に近づくと、何かを見つけたようだ。


「目障り……」


 振り上げられた鎌。


 足元で怯える女の子。


 桔梗も立ち上がって虎鉄を拾おうとするが、足の上に倒れた倒木が邪魔をする。


「くそっ、こんな時に!」


 なんとか自由になった足で倒木を押すがびくともしない。


 そんなことをしている間にも暗夜天はその禍禍しい刃を女の子に振り下ろさんとする。


「やめろ……やめろおぉぉぉぉぉぉ!」



ザシュッ



 刃物が肉に突き立てられる生々しい音と、石畳の上に滴る血の音。


 ようやく抜け出た桔梗は急いで虎鉄を拾うが、そこで足を止めた。


「ごふっ……なん……とか……まにあった……」


 大量の血を吐くその影は紛れもなく霊緋だった。


 足元にいる女の子も肩に怪我を負っているが、それ以上に酷い有様になっている。


 左肩にざっくりと深く減り込む鎌から血が吹き出し、白かったはずの装束は真っ赤に染まっていた。


「れ、霊緋!」


「やっ……と……つか……まえた……」


 鎌に手をかける霊緋。


 その手にはしっかりとお札が握られている。


「むそう……てん……せい……!」


 お札が光りだし、いつの間にか集まっていた陰陽玉も同じ色の光を放ち始める。


 暗夜天が怯える中、どんどん強くなる光は桔梗も包み、やがて全てが白くなった。










「ん……ここは……」


 あまりの眩しさに目を覆う桔梗。


 とりあえず手足の感覚も重力も感じるし、死んではいないようだ。


「ここは私の夢の中、この世界では何もかもが私の思い通りになるわ」


 振り返るとそこにはいつも通りの姿の霊緋が立っている。


 紅白の巫女服に真っ赤な陣羽織、それに身体のどこにも傷一つない。


「お前の夢の中? じゃあ何で俺は……」


「博麗の人間には、代々伝えられてきた伝統の大技が二つある。一つは『夢想封印』、もう一つは今発動している『夢想天生』よ」


「夢想……天生?」


「夢想天生はその使う人によって効果を変える。私の場合は、ある一定範囲の生物を自分の夢に引きずり込む効果なの。まあそれはどうでもいいとして……」


 そこで言葉を区切って霊緋は桔梗の後ろを指さした。


 桔梗が振り返ると、黒い何かがゆっくり近付いて来ている。


「この能力は、私が生きている間だけ使えるわ。この世界が消えると同時に私は事切れる。手短に遺言伝えるから、ちゃんと聞いてよね?」


「ちょっ、ちょっと待て!」


「一つ、あの娘のことをよろしくね。まだ博麗の巫女としては未熟だけど、いずれは私を超える巫女になるはずよ」


「だからぁ!」


 必死に遮ろうとする桔梗。


 しかし霊緋は話すことをやめず、淡々と話し続ける。


「……五つ、壊れた神社はちゃんと直しといてね。あの娘にはまだ荷が重い。六つ、この前……ルーミアが髪飾り……落として帰っちゃったの……渡しといて……ね……」


 順調に話していた霊緋だったが、急に言葉が詰まりだす。


 気付くと桔梗より後ろの世界はほとんど消えてしまっていた。


 よく見ると霊緋の足も、だんだんと崩れてきている。


「うぅ……ひぐっ……ななつ……め……」


「もういい、もういいから」


 ついにまともに話せなくなってきた霊緋を、桔梗は引き寄せると強く抱きしめた。


 突然のことに驚く霊緋。


 しかし桔梗が頭に手を置くと、今まで必死に堪えていた涙が霊緋の意思とは関係なく溢れ出す。


「いや……わたし……まだ死にたくない……死にたくないよぉ!」


 弱々しい声で泣く霊緋は桔梗に縋り付く。


 最期の時が刻一刻と近付いてくる。


 もう間もなくこの世界と共に霊緋は消えるだろう。


 そう考えると桔梗の腕にも力が入った。



「あのさ桔梗……一つだけ言い忘れてた」


「なんだよ今さら」


 そっと桔梗の腕の中から離れる霊緋。


 もう身体が透けて、今にも消えてしまいそうだ。


「あの子の名前、決めたから」


 霊緋は涙を拭い、満面の笑みを浮かべる。




「霊稀。あの娘は二代目の博麗の巫女、博麗霊稀よ!」


 直後に脆く散って行く霊緋。


 桔梗の手はただ、空を切るだけだった。








「霊緋!」


 目が覚めて飛び起きる桔梗。


 隣には見るも無惨な姿になりながらも、霊稀を守り抜いた霊緋の亡骸が横たわっている。


「桔梗、起きたのね!」


 周りを見回していると、霊稀の傷の手当てをしていた紫が桔梗に気付いて近付いてきた。


「ここは?」


「ルーミアの展開した闇の中よ。夢想天生だなんてあの子も無茶をするのね」


 闇のせいでちょっと見にくいが、紫の目と鼻が赤くなっているのがわかる。


 桔梗はそっと霊緋のおでこに手を置く。


 ひんやりとした感触は、霊緋が既にここにいないことを物語っていた。


「紫」


「何かしら?」


「さっきの空間操作、もう一回使えるか?」


「集中出来る時間さえあればあと2回ってところかしら」


「1回で十分だ」


 それだけ聞くと、桔梗は立ち上がって腕の包帯に手をかける。


「紫、急いでスキマを開いてくれ。俺がやつを道連れにする」


「けどそんなことをしたらあなたは……」


「いいんだ。俺が自分を抑えきれなくなるまでに頼む」


 包帯を外し始める桔梗。


 その横で何をしようとしているか気付いた紫は、桔梗の腕を掴んで止めた。


「待って桔梗、それだけはだめよ!」


「あいつを倒すには、もうこれしかない」


 邪魔になる虎鉄は腰の固定用の金具ごと外して地面に突き刺す。


 今まで雑に扱ってきてはいるが虎鉄も一応は神器の一つ。


 妖怪としての能力を解放すると振るうことはおろか、触れることすら出来なくなるのだ。


 そうやっていそいそと準備を進める桔梗を見つめる紫は、やがてため息を一つつくと桔梗の腕を掴んでいた手を離した。


「どうしても……やるつもりなの?」


「ああ。そろそろルーミアも限界だろうしな」


 一部の闇が晴れて光が差し込み始める。


 さっきからひっきりなしに続く戦闘の音はきっと、この場にいないルーミアや香澄のものだろう。


 いずれにせよ、劣勢なのには変わりない。


 やがて闇が完全に晴れ、ルーミアは桔梗と紫の側に降り立つ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「時間稼ぎありがとうなルーミア。あとは俺が引き継ぐから休んでくれ」


 息を荒げるルーミアは剣を杖の代わりに身体を支えると、疲れきった笑顔と共に手を上げる。


「お疲れさん」


 乾いた音のハイタッチ。


 それと同時に剣が闇に戻り、ルーミアはその場に倒れこんだ。


「さてと、ここからは俺一人だ」


 桔梗の腕から包帯が外される。


 それと同時に雨や風が止み、一切の音がしなくなった。


「紫、霊稀のことは頼んだ」


 髪が逆立ち、腕から伸びた呪印が全身に行き渡っていく。


「封印解除!」





「くっ……」


 ルーミアの戦線離脱により、苦戦を強いられる香澄。


 元からあまり戦闘が得意でない香澄は暗夜天に押し負けて、さっきからずっと防戦一方だった。


「邪魔しないでよ!」


 暗夜天の鎌が頬をかする。


 痛みに耐えつつ攻撃を受け流すが、暗夜天の攻撃は更に激しくなるばかりだ。


「偉そうなこと言ってたくせに、ザコいね」


 余裕たっぷりに香澄を見下す暗夜天。


 しかし次の瞬間、いきなり何かに足を引っ張られて地面にたたき付けられた。


 同時に周囲の空気が一変する。


 香澄はその理由に気付くと、すぐさま飛んで距離を置いた。


「桔梗……」


 香澄の視線の先では、桔梗が妖力で編み上げたロープで暗夜天の足を引っ張って振り回している。


「はぁぁぁぁぁ!」


 暗夜天をぶつけられて薙ぎ倒される木々。


 桔梗は妖力のロープを解除すると、その妖力を両腕に纏わせた。


「くっ……まだだ、まだ出て来るなよ」


 数百年ぶりに解禁された昔の能力の影響か、身体が異常なまでに高ぶっているのがわかった。


 少しでも気を抜くと、飲み込まれてしまいそうだ。


 しかし今さら逃げるわけにもいかない。


 桔梗は暗夜天の首を掴み上げると、近くの大木に身体がめり込む勢いで投げ飛ばした。


「いたた……何す……」


 桔梗の右ストレートが無防備だったみぞおちにクリーンヒットする。


 さらに右腕の妖力を解放し、暗夜天を弾き飛ばした。


「すごい……」


 自分に影響が及ばないところまで上昇した香澄は桔梗の戦いを見て絶句する。


 普段の桔梗ならここまで追い撃ちをかけることはない。


 桔梗の怒りがその一挙手一投足に表れているようだった。


「俺はお前を殺したい……殺す、殺してやる!」


 暗夜天の羽を掴み、手繰り寄せると爪をその付け根に突き立てる。


 暗夜天も必死にもがくが、桔梗の猛攻からは逃れられないようだ。


「何なのよ! もう!」


 鎌を振り回す暗夜天。


 桔梗はその隙間をかい潜ると、またさらに距離を詰める。


「このっ!」


 桔梗の右腕に激痛が走る。


 どうやら鎌に当たってしまったようだ。


 さらに暗夜天はこの至近距離で技の発動準備に入った。


「ラスト、テスタメント!」


 暗夜天の足元からいきなり槍が突き出て桔梗の身体に突き刺さる。


「うぐっ……」


「桔梗!」


「しゃらくせぇ!」


 桔梗は身体に刺さった槍を無理矢理引き抜いて暗夜天に投げつける。


 もう既に痛みの感覚は麻痺してしまった。


 暗夜天は桔梗が怯まないことに気付くと、翼から光弾を撃ち込む。


 その一発が桔梗の首元をかすり、首に付けていたチョーカーが切れて落ちた。


「しまっ……」




 外れたチョーカーはただのチョーカーじゃない。


 封印を解除した後も、莫大な量の妖力をある程度コントロールするためのリミッターだったのだ。


 それが外れた今、桔梗を抑えるものは何もなくなった。


「うがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 伸びた爪が光弾を切り裂き、そのまま暗夜天を狙う。


 その目にもはや理性はなく、本能と狂気だけが桔梗を覆っていた。


「まずい……止めないと……」


 桔梗の異常に気付いた香澄は薙刀を捨てると、桔梗の元へと急ぐ。


 しかし桔梗から発するプレッシャーなのか、足が思うように動いてくれない。


 恐怖で完全にすくんでしまっている。


「う……動いてよ! お願いだから!」











 俺は……ただ悲しくて、悔しかっただけなんだ



 あの人の命を奪った町の人々が憎くて、憎くて、憎くて……



 だから殺した



 男も女も、子供も老人も全部殺した



 それであの人が帰ってくるわけでもなく、俺はただただこのやりようのない気持ちを何かにぶつけたかった



 俺は……俺は……



 ただあの人を守りたかっただけなんだよぉぉぉぉぉぉぉ!




 闇の中、桔梗はうずくまると頭を抱えて耳をふさぐ。


 自分が殺した人々の悲鳴や怒号が頭の中で鳴り響く。


 その声はどんどん大きくなり、桔梗の絶叫をも掻き消していく。




 殺せ!



 子供を……うちの子供を返して!



 痛い、痛いよぉ!



 この、この化け物め!



 違う、俺は……俺は……!




 目を強く閉じる。


 すると悲鳴や怒号がだんだんと弱くなり、やがて目の前に光が差し込んだ。


 顔を上げる桔梗。


 聞いたことのある音が聞こえる。


 風が草原を撫でる音……


 湖のほとり、斜面になっている場所が見える


 やがて赤い服を着た一人の女性が桔梗に歩み寄ってきた


『あんた、いつもここで寝てるよね。飽きないの?』


『飽きたからここにいるんだよ。察しろ』


『まあ何があったかは知らないけど……あ、隣いい?』


『勝手にしろ』



 桔梗の目に涙が浮かぶ


 初めて霊緋に会った時の会話だった


 その後もいくつかの場面が浮かんでは消えてを繰り返す


 人里の夏祭りで雑用をやらされた時


 神社の大掃除を手伝った時


 神社のそばで霊稀を拾った時


 ルーミアや紫も誘って猪鍋を食べた時



 どんな時でも霊緋は笑っていた



 最後に浮かんだのは夢想天生で、霊緋と二人で話した時



 霊緋の涙が桔梗の手に滲んで消えていく



 そうだ……俺は!










「くっ、このっ!」


 桔梗が我に帰った時には、既にスキマの準備が完了していた。


 暗夜天ももうボロボロになっている。


 チャンスは今しかない。


「紫ぃ!」


 妖力を固めて杭状にすると、暗夜天の足元に突き立てる。


 暗夜天も攻撃はしてきているが、さっきほどの強力な技は出して来ない。


「桔梗、援護します」


「香澄か!」


 いったん飛びのいた桔梗は全身に妖力を行き渡らせて着地する。


 香澄もいつもの扇を握って桔梗の隣に立った。


「離れろ香澄、巻き込まれるぞ」


「黄竜様からあなたの面倒は最後まで見るように言われてますから」


「わかったよ。でも、これで終わりだ」


 桔梗が突き立てた杭を中心に、巨大なスキマが広がる。


 香澄と桔梗は互いに頷きあうと、地面を蹴って暗夜天に飛び掛かる。


「これで!」


 扇から出た水流は龍の形を象り、香澄と共に暗夜天へと突っ込む。


「な、なんの!」


 辛うじて受け止める暗夜天は桔梗達の目論みを見抜くと、香澄から離れようとする。


「来い、虎鉄!」


 手を空高く突き出す桔梗。


 博麗神社に置いてきた虎鉄は桔梗の元へと自力で飛んでくると、光を放つ。


 桔梗がそれを掴むと、虎鉄の表面が砕けて中から新たな剣が生まれた。


「最終奥義!」


 暗夜天を真下に捉えた桔梗は剣を振りかぶり、身体中の妖力を剣に込める。


 これが桔梗が持つ最大で最後の切り札。


「神剣、華吹ぃ乱舞ぅ!」


 剣から放たれた光は桔梗をすっぽり覆い、桔梗は弾丸のように加速して暗夜天に迫る。


「これでも食らって……」


 暗夜天も香澄を必死に振りほどこうと鎌を振り回す。


 しかし暗夜天が香澄を引き離すよりも先に、桔梗が暗夜天に技を叩き込んだ。


「地獄へ落ちろぉぉぉぉぉ!」


 スキマへと吸い込まれる三人。


 三人が消えると同時に紫の集中力が尽き、スキマは永久に閉ざされた。



 戦場に残されたのは、香澄が捨てた薙刀だけ。



 そこに、桔梗と香澄の姿はなかった……



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