stage5『届け、言葉よ』
いつだっただろうか
最後に泣いたのって……
気付いたら数百の年が過ぎ去り、俺は実感のないままに暮らしていた
やがて世界が二つに割れて、俺は選択を迫られた
二者択一、現を選ぶか、幻を選ぶか……
俺は幻を選び、現世を離れた
間違いじゃなかったとははっきりと言えない
けどここには何かがある
俺の欠落した数百年を埋めてくれる何かが……
「…………。」
「大丈夫よ文、お父さんはきっと無事だから」
綾音は文を抱き寄せると頭をそっと撫でる。
妖怪の山は敵の攻撃範囲からギリギリ外れていたため直撃は免れることが出来た。
竹林の病院や神社などの一部の建物も結界のおかげで免れたようだが、まだ安心は出来ない。
建物に身をひそめていた誰もがその破壊力を思い知っていたからだ。
木々がへし折れ、雑草は根本から吹き飛び、建物はバラバラになって消えた。
戦うことの出来ない人や妖怪しかいないこの建物が襲われるとまず持たない。
「幻想郷は……消えるのかな」
文は綾音のお腹に耳を当てると、そっと耳を澄ませた。
そこには確かに生命が宿っている音がする。
「きっと博麗の巫女がなんとかしてくれるわ。痛っ……」
突然綾音はお腹を押さえてうずくまる。
「痛むの?」
「ええ、少しね」
「敵が来たぞ!」
外を覗いていた人間が声を上げると、建物の中に緊張感が漂った。
一応不可視の結界は霊緋が張って行ったが少しでも音を立てれば居場所がばれてしまう。
皆が一様に息を潜めた。
「こっちだ、化け物どもめ! 俺が相手してやる!」
男の声と共に斬撃の音が生々しく響く。
敵は男に狙いを移したのか、だんだんと足音が遠のいていった。
胸を撫で下ろす綾音、しかし次の瞬間に全てが崩れさることになる。
「あれ? 完全にぶち抜いたはずなのに……」
暗夜天は首を傾げると砲台に近付いて手をかざす。
どうやら一部に故障が発生したらしく、出力が絞られてしまったようだ。
修理には少し時間がかかりそうだが、それまでぐらいなら持ちこたえられるだろう。
「むぅ……悪運がいいと言うか、何と言うか」
仕方なく暗夜天は砲台を引っ込めるために杖を取り出して振るった。
「させない、『対魔陣符』!」
「え?」
光をまとったお札が暗夜天の周囲を何重にも囲んでいく。
やがて拘束された暗夜天の手から杖がこぼれ落ち、湖へと落ちた。
「くっ……」
「今よ、ルーミア!」
「わかってる!」
霊緋の背後から黒い翼を広げたルーミアが舞い上がる。
闇の剣をしっかりと握りしめるルーミアの目に迷いはない。
「デッドナイトぉ……ウォーカぁぁ!」
振り上げられた剣から伸びた闇は結界もろとも砲台を突き破り、幻想郷の空に特大の花火を上げた。
「やった!」
「まだよルーミア、あと3つ!」
霊緋は陰陽玉を付近の砲台に向かって飛ばすと暗夜天に目を移す。
この結界なら簡単に破られることはない。
しかし陰陽玉に指示を出すために少し目を離した隙に、暗夜天の姿はなくなっていた。
「いない!」
「なかなか面白い結界を張るね。それに……」
結界から抜け出した暗夜天は、霊緋を品定めでもするかのように眺めると何度か頷いて不敵な笑みを浮かべる。
「ふむふむ、やっぱり君は人間だね」
「だったら何よ」
「消すには惜しいかなって……」
暗夜天の開く手のひらからカードが溢れ出す。
そのカードは空中で折りたたまれていき、一枚一枚が手の平大の兵士へと展開していく。
「私のとっておき、命名するなら……そうね、『近付き難き闇』」
カードから変身した兵士達は空中で静止すると、槍と盾を装備した腕を霊緋に向けた。
「お返しよ、受け取りなさい!」
兵士の槍から光弾が撃ち出されていく。
霊緋も陰陽玉を呼び戻しながら自らに防御用の結界を張って距離を取った。
「そんなちゃちな結界が私の攻撃に通用するとでも?」
接近してきたカードの兵士の槍が結界に突き刺さる。
一度は槍ごと兵士を弾き飛ばしたが、二度目の攻撃は槍が先端から結界に取り込まれて行く。
「まさか、浸蝕されてる!」
すぐさま結界を解除しようとするも、既に槍は結界の深層まで入り込み、霊緋から結界のコントロールを奪っていた。
「しまった、解除出来ない!」
「霊緋、逃げて!」
二つ目の砲台を破壊した紫が霊緋の危機に気付いて声を上げる。
結界が奪われているせいか、中にスキマを通すことが出来なくなっていた。
解除出来なくなった結界から自分に向けて伸びてくる槍。
この狭い場所で光弾を撃っても恐らく爆風で自分がダメージを負うだけだ。
霊緋の口元が少し緩む。
刹那……
手を伸ばす紫の前で、霊緋に何本もの槍が突き刺さった。
その度に大きく揺らぐ博麗大結界。
「終わりよ」
暗夜天は霊緋の前で止まると、拾い上げてきた杖を霊緋の胸に突き立てる。
とどめと言わんばかりの暗夜天の攻撃。
吹き出す血と霊緋の絶叫と共に、霊緋が張った結界は粉々に砕け散った……
桔梗の介入で何とか発見を免れた人間や妖怪の女、子供が集まる避難所。
しかし皆が安堵した次の瞬間に事件は起きた。
「んぎゃぁぁ! おぎゃぁぁぁ」
いきなり一人の女性が抱き抱えていた赤ちゃんが泣き出したのだ。
必死に口元を押さえる母親だったが、既に遅かった。
「まずい……奴らが気付いた!」
窓から外を覗いていた文は、建物に置き去りにされていた剣と盾を取る。
こういう武器は扱い慣れてないのだが、非常時の今はあるだけマシだ。
結界には中を見えなくする効果しかなく、敵が建物を攻撃する音が次第に大きくなる。
文は震える手で剣を握りしめると、唯一の出入口を睨みつけた。
その頃桔梗も一人で奮闘していた。
しかしいくら四神の一人とは言え、数の差でだんだんと追い詰められていく。
「くそっ、あの攻撃で全部吹き飛んだんじゃないのかよ!」
砲台を破壊してから合流する予定の他の四神達はまだ来ない。
敵の中には結界に気付くやつも現れてきた。
「うぐっ……」
隙を突かれて吹き飛ばされる桔梗。
体勢を立て直して着地するが、それと同時に辺りに赤ちゃんの泣き声が響いた。
「ああ、くそっ! こんな時に!」
さすがにこれで気付かないやつはいない。
泣き声を聞き付けた敵は桔梗から離れると、不可視の結界を超えて建物を攻撃し始めた。
「離れろ、離れろよ!」
必死に引きはがす桔梗。
しかし木造の建物にそこまで耐久性があるわけなく、やがて壊れやすい入口から中へと侵入していく。
「くそ、くそっ、くそぉぉぉ!」
中から悲鳴や怒号が聞こえてくる。
外に残った敵を先に片付けてから入口につっかえた敵を引っ張り出すと、桔梗は建物の中に入り込んだ。
「嫌……死にたくない!」
「助けてぇ!」
「壁に穴を開ける、離れろ!」
中の状況を瞬時に把握した桔梗は虎鉄を崩れかかった壁にあてがい、そのまま縦と横に切り開く。
「早くここから出ろ! 敵は俺が何とかする」
女性に張り付いて大口を開けていた敵に虎鉄を突っ込むと、そのまま串刺しにして投げ飛ばす。
何人かの天狗が武器を持って応戦していたために負傷者は出てしまったがほとんどの人は無事のようだ。
「戦えるやつは避難民の援護だ、俺に構わず行け!」
桔梗は虎鉄を振り回しながら天狗達に指示を出す。
もうじきこの建物は崩れる。
敵を下敷きにするためにも桔梗は一人で建物の中に残った。
「さあ来い、てめぇらの相手はこの天結桔梗だ!」
敵がつられて寄ってきたところで虎鉄を建物の柱に突き刺してひねる。
桔梗が虎鉄を引き抜くと同時に支えを失った建物は盛大な音と共に崩れた。
「いてて……やっぱり慣れないことはするもんじゃないな」
ぼやきつつ一人だけ瓦礫からはい出る桔梗。
自分と瓜二つの幻影を作り出す幻影術で敵を引き付けたはよかったものの、逃げるタイミングを完全に誤って逃げ損ねたのだ。
桔梗は破けてしまった黒の上着を腰に巻くと、虎鉄を瓦礫の中から引き上げた。
「悪いことしたな相棒、だが敵はもう片付い……」
「キャー!」
突然の悲鳴。
耳を澄ませると避難民が逃げた方角が何やら騒がしい。
「まさか……まだ残ってたのか? えぇい、間に合え!」
桔梗は虎鉄を背中に背負って腰のベルトに固定すると走り出した。
桔梗の考えの半分は当たっている。
確かに敵はまだ一体だけ残っていた。
しかし残っていたのはさっきまで相手していたやつではなく、新たに現れた見たことのない個体だ。
「嫌だ……来ないで、来ないでぇ!」
鴉天狗の女の子が尻餅をつく。
その目の前には、口から誰かの腕と血を滴らせる敵がいた。
全身真っ暗で生物とは思えないようなシルエットなのは変わらず、ただ図体だけが異常に大きい。
敵は上を向いて口の中に収まっていたものを飲み込むと、足元でしゃがみ込む女の子に目をつける。
「嫌……嫌……」
大口を開ける敵。
女の子はさっきから足がすくんでいるのか立ち上がる気配がない。
周りの人は皆一目散に逃げていく。
「助けて……嫌ぁぁぁ!」
女の子は下を向いて目を閉じた。
(私は……こんなところで死んじゃうんだ)
文は目を閉じたまま、自分の死を悟った。
しかしいつまで経っても痛みはない上、まだ地面に座り込んでいる感触がする。
気になってそっと目を開けた文だったが、目の前の光景を目の当たりにして頭の中が真っ白になった。
食べられたのは自分じゃない。
見覚えのある白い服。
お揃いで縫ってもらった服。
自分の物はまだ少しぶかぶかするからと、押し入れの中に大切にしまってある。
「おかあ……さん……?」
黒い怪物はくわえた獲物をちょうど腰のあたりで食いちぎる。
骨が砕けるような音と共にそれをかみ砕くと一気に飲み込んだ。
「う……そ……うそ……」
上半身を失った足は糸が切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちる。
「おかあさん……おかあさん……」
文はさっき取り落としてしまった剣を掴むと、力なくフラフラと立ち上がった。
「かえして……ふたりをかえしてよ……」
怪物も文に気付くと、咆哮を文に浴びせる。
「かえせぇぇぇ!」
文も血走った目で怪物を睨みつけると、剣を思い切り振り上げた。
だがそこへ割って入るように遅れて来た桔梗が現れる。
「こっちだ! 俺が相手してやる」
「邪魔しないで! こいつはお母さんの……」
「文、落ち着いて!」
文の後ろから近付いたもう一人の鴉天狗の女の子は振り上げた腕を掴むと、無理矢理文から剣を奪い取った。
そうこうしている間に、怪物は桔梗が絢爛舞踏で切り裂いて倒す。
それを見て文はまたその場に座り込むと、顔を覆って泣き出してしまった。
「文……」
鴉天狗の女の子は剣をその辺に投げ捨てると、文の背中に手をまわす。
「すまない……俺の注意が行き届いてさえいれば、こんなことにはならなかった」
桔梗は文の前にしゃがむと、閉じていた左手を開いた。
「腹を開いてみたがこんなものしか取り出せなかった。すまない」
文も顔を上げると桔梗の手に乗った円柱状のものを見つめる。
少し汚れてはいるが、間違いなく綾音が使っていたカメラのフイルムだ。
「おかあさん……おかあさん……!」
文はそれを両手強く握りしめると、俯いてまた泣き出した。
「私たちも、間に合わなかったのね」
桔梗が文の頭をなでる横に、ようやく到着した他の四神が立つ。
「ああ、ブン屋がやられた」
「綾音さんってことは……」
カンナは翼を折りたたむと転がる下半身を見つめる。
「……。俺のせいだ、俺がもうちょっと早く気付けばこんなことにはならなかった」
「桔梗、落ち込んでるところを悪いけど、僕らにはまだ戦うべき敵がいる。ここでボサッと突っ立ってても敵討ちは果たせない」
「椿……」
「霊緋達が心配だ。僕らも早く動こう」
「……そうだな、行こう」
桔梗は虎鉄の留め具がきちんと装着されていることを手で触って確認すると、ゆっくり立ち上がって東の空を見た。
「二手に別れよう。俺と香澄で博麗神社に向かう、椿とカンナはここで避難民を守ってくれ」
「博麗神社? あそこはまだ安全なはずよ」
「嫌な予感がするんだ。香澄、頼めるか?」
「私は別に構わないけど……」
「よし、行こう!」




