悪魔ノ 五
次の日の朝。
といってもどちらかというと昼に近い。
僕は昨日の疲れから、眠気が完全に抜けず、夢と現実の狭間という布団の中でゴロゴロと転がっていた。
小学校という大義を終えた僕達の休みには悠久の時間が流れ、それが新学期という無情なオノで切り裂かれる。
でも、僕の悠久の時間は他の誰よりも更に短い。
僕が早めの昼食に入ろうと台所に行こうとしたとき、それは訪れた。
『サトル、ちょっとこっちに来なさい』
テレビが置かれた居間に座る爺ちゃんと婆ちゃん。
いつもは朝から近所を走っている爺ちゃんだが、今日は珍しく家にいる。
『おはよう。今日は家にいるなんて珍しいじゃん』
そう言い、話しかけるが空気が重い。横に座る婆ちゃんも同じく神妙な面持ち。なんか、悪いことしたか。
『どうした』
僕は変に思いながら居間に入った。畳の引かれた六畳に小さなテレビと丸いテーブル……。
『あっ』
僕は思わず声が出てしまった。カバンに入れていた変な宗教の勧誘のパンフレット。それがテーブルの上に置かれている。
僕が爺ちゃんと婆ちゃんの反対側に座り、爺ちゃんは僕に聞いた。
『お前、これどうしたんだ』
僕は恥ずかしさでいっぱいになったが、別にエロ本が見つかったわけじゃない。僕は昨日の出来事を詳細に爺ちゃんに話した。
『とにかく、変な勧誘だったよ。爺ちゃん、婆ちゃんもきよつけなよ』
最近はオレオレ詐欺だって高度化してるとテレビ番組で言っていた。狙われるのは主に年寄りだ。
爺ちゃんはふぅーっとため息を一つついた。婆ちゃんは何故だか泣きそう。僕が何か言ったのか。
『サトル、お前はいくつになった』
『……。先月で十二歳だけど』
爺ちゃんはなんでそんな事を聞くんだ。
『そうか。それなら、もう話しとかんとな』
爺ちゃんがそう言うと、婆ちゃんが爺ちゃんの腕を掴んだ。首を横に振り、何かを懇願する目。でも、爺ちゃんはその目ごと、婆ちゃんを振り払う。
婆ちゃんは泣きながら、台所へと向かっていく。
『えっ、なに』
僕は爺ちゃんに聞いた。でも、爺ちゃんは困った顔をしながら、またため息をついた。
婆ちゃんが戻らないまま話は進む。
『お前は幼い時に父と母を亡くしたな』
『う、うん。覚えてないけど、火事で死んだって』
それは爺ちゃんが教えてくれた。まったく記憶のない両親の顔。それは燃え残ったアルバムの写真を見ながら、五歳の時に話してくれた。
『そうだ。だが、儂はことの顛末をきちんと伝えてはなかった。お前はまだ幼かったしな』
そう言う爺ちゃんの顔がどんどん暗くなる。
『な、なに』
『火事の出火原因なんじゃが、実はこれなんじゃ』
そう言うと爺ちゃんは一本の木刀を取り出した。
綺麗な筋目で新品の木刀。柄の部分には赤い水晶が埋め込まれている。
『これは、火ラ蜘蛛の太刀といってな、我が家に伝わる由緒正しき木刀じゃ』
家宝、先祖代々、その割には新しいような……。僕はその赤い水晶を眺めていた。綺麗な赤でまるで中で踊るようだ。
『火ラ蜘蛛の太刀ねーー』
僕はそう言い、その木刀を手にとって。すいつくように手に馴染む木刀。僕はこの木刀を知っている。
爺ちゃんはそれを見て、今度は一番大きなため息を吐いた。
『やはりな。お前がこの太刀の正当な継承者なのじゃな』
正当な継承者!?話がまったく見えてこない。
『これと、火事と、何か関係があるの』
僕は爺ちゃんに聞いた。
『この火ラ蜘蛛の太刀はな昔から火の悪魔を宿しとると言われておる。手にした者は火を操り、火を征する』
『あ、悪魔!?』