うちの奥さんのことは舐めない方がいいぞ
このお話は
"お母さまのことは舐めないほうが良いわよ?"
というお話の父親目線のお話です。
単体で読んでもふーん?くらいになるかもしれないので、"お母さまのことは舐めないほうが良いわよ?"を先に読んでいただけると幸いです。
娘が遠国に旅立って行った。
我が国との縁を求めて、王族が嫁探しにやって来ているとは聞いていたのだがまさか!我が娘が見初められるとは。
まあ、普通ならば伯爵令嬢にすぎない娘が選ばれることはなかっただろう。いくら自由恋愛に重きを置く国とはいえ王族だ。
それなりの身分かつ恋愛感情が持てる娘を探しているはずだった。
※※※
「伯爵殿、何故反対なさるのですか。」
「いやいやいや、我が家は伯爵家ですよ?御国の王族に嫁ぐような家柄ではないのです。娘にとっても重荷になるかと。」
我が家に直談判しに来たのは第三王子だった。
そう、王族自ら乗り込んできたのだ。
こ、こいつはしぶとそう…はっ、聞こえたらまずいまずい。
「伯爵殿、私が気に入らないからですか?」
つつつ、と背中に嫌な汗が流れる。
「いえっ、まさかっ、滅相もございません!ただただ分不相応が過ぎると…」
にこっ。笑顔が怖い。ただただ怖い。こんなに怖いのは…
「まあ!旦那さま。お客様がいらしているのなら教えてくださらないと。」
客人の目が輝く。こっちの方が御し易そうだ、と。
「いやあ、焦るばかりに夫人への挨拶が遅れてしまったようだ。」
すっと立ち上がり優雅な動作で頭を下げる。
「まあまあ!なんて素敵な方ですの!」
にこにこ。優しげな言葉をかけて王子の手をぎゅっと握った。
ああ、この王子は分かっていない。うちの奥さんのあの笑顔は…
「夫人は私の味方をしてくれそうで嬉しいよ。ああ早く娘さんにご挨拶したいものだ。」
「娘に挨拶…?ええ構わないのですが、今娘は出かける準備をしておりまして…。」
「とても重要な話をしに伺ったのだが、その予定はずらしていただけないだろうか。」
「まあ、そうだったのですね。ただお出かけといっても欠席するのが難しい親戚の集まりなのです。」
困った風で首を傾げる妻はどこからどう見ても無害な伯爵夫人である。ああでも私には分かる。ううう、胃が痛い。でも状況は告げなければならない。
「第三王子殿下自ら婚姻の申込に来てくださったんだよ。かといって、あの会を欠席するのは難しいしなぁ。そうだ!出かける前にご挨拶だけでも…」
あっ今一瞬無になった。わわわわ!どこか、どこか隠れられる場所!
「婚姻の申込に?では第三王子殿下が間に入って調整してくださるということなのですね。なんてお優しい!」
!余計なことは何も言わずに話を少しだけ逸らした!流石私の奥さん、どこまでも付いていきますう!
にこにこ。手を握る力をぎゅっと強くしている。
それに応えるように第三王子もにこにことしながら応酬する。
「夫人、違いますよ?私自身が娘さんとの縁組を申込に来たんです。是非我が妃に、と。」
「まあ!そうでしたの!?全然存じませんで、申し訳ありません。」
目を丸くして驚いて…いるフリだな。だって。
ここまで娘と第二王子の予想通りだからな。
そこにすすっと侍女長が近寄って何事か囁いて去っていった。
「まあ、そうなの?ではご挨拶だけでもさせましょう。」
階上に向かって叫ぶ。
「降りてきても良いわよ。貴方もご挨拶なさい。」
降りてきたのは…
「はい、小さいお母さま。」
「な、なんで…っ」
なんであの娘がいる?!
豊かな金髪をふわり、ふわりとさせながら降りてきた。少し潤んだ瞳はぱっちりと大きく、口元には常に笑みを欠かさない。
大事に大事に育てた、目に入れても痛くない我が娘…
ではない!
え、これ大丈夫なの?ねえ、王族を謀ったとか言われない?ねえ大丈夫?
チラリと妻を見る。うううう、分かりましたあ!何も口出しいたしませえんっ!
いつも通りの柔和な笑顔だが。私はちゃんと分かっている!あの笑顔の裏には猛獣が隠れていることを。
「おでかけの前に引き留めて申し訳ないね。少しだけ時間をもらえるだろうか。」
「おでかけ?いえ、お気になさらず。第三王子殿下がお見えになったんですもの、お相手をさせていただくより大事な用事なんてございませんわ。」
ふんわりと、少しだけ頰に赤みを乗せながら彼女が言う。ああ、どうしよう!あの娘は我が家の娘では…!
だが、第三王子は気付いていないし、あの娘はいつも通り、ハイともイイエとも言わない。言質を取らせない。
第三王子の顔に浮かんだ"思ったより綺麗な娘じゃないか!ラッキー!"という顔。
そしてあの娘の"上手い事割り込んでやったわ!"というドヤ顔。
私の顔は…多分真っ白だな。もう何も考えたくないよ。
「ねえ、旦那さま。少し相談したい事がありますの。少し良いかしら。」
「え?あ、ああもちろんだよ。では…」
奥さんが第三王子ににっこり微笑み、
「第三王子殿下、しばらく二人でお話しして頂いてもよろしいですか?もし王子と娘の縁談を進めるならば少し夫と話し合いたいのです。」
「ああ勿論だよ。私も自分をアピールする時間ができるからね。大歓迎だ。」
ああ…胃が…胃が痛い…
「いいのか、あの娘と二人きりにして。」
私の執務室に移動してすぐ不安を伝える。
「何言ってるの!あんなチャンス逃すわけないでしょう!」
そう鼻息荒く言った奥さんは、家令を呼びつけて指示を出す。
「しばらくの間は目に付くところに侍女を何人か配置して。それで…そうねえ、私が合図を出すから慌てて侍女を伴ってバタバタと出ていくところを見せなさい。その時にね、貴方の息子、あの子存在を消すのすごく上手いでしょ?見られないように潜ませておいて。」
「ああ、王子だけじゃなくて、あの娘にも見つからないようにね。」
ふふふふふ。
だ、だめだ胃が、胃が…
※※※
「義母上、貴方を伯爵夫人として留まらせておくのは、貴方の国にとってどれほどの損失か。今回の見事な手際を見て改めて思いましたよ。」
娘は当初の予定通り婚約が整い、彼の国へと嫁入りが決まった。
「ええ、わたくしも今回の件で娘を遠い国に嫁がせることへの不安が和らぎましたわ。」
「第二王子殿下。」
あの後どうなったか、だって?
「貴方は顔にぜーんぶ出ちゃうから。」
「そうよ、お父さま嘘ついてもすぐバレちゃうじゃない。」
「義父上は……。ああ、まあ知らない方が良い事というのは世間にたくさんありますから。」
ええー辛辣なのが一人増えた!
「そうだよ父さん。知らぬが仏っていうだろう?」
…息子よ、お前もか。泣いても良いですか?
※※※
実は私の奥さんはやんごとなきお方の血を引いておられる。
奥さんの父上…義父はこの国のトップ、つまり国王の弟にあたる。
それが何故伯爵家と縁付くことになったかというと、義父の母が前国王の愛妾だったから。
我が国の規定では愛妾は王族にはなれない。でも、子をなす事は否定されない。いざという時に誰もいないよりはマシでしょう?という考え方だそうだ。ただ、出産前に王位継承の対象外である事を承知しているという誓約書は取られるが。
だから義父は書類上、子爵令嬢が未婚のまま産んだ事になっている。
そんな義父は成人した時に子爵位を賜った。
平民になってしまうといざという時のコントロールが効かないし、あまり高爵位を与えると危うい思想の者たちに担ぎ上げられる心配がある。
だから子爵位あたりが妥当だったのだ。故にその娘であるうちの奥さんも同じく、子爵令嬢として当たり障りのない家へ嫁ぐ事が求められていたのだ。
そこで選ばれたのが我が家だ。
そこそこ裕福で、かといって王政に影響するほどでもなく。
高位貴族のしきたりもそれなりに弁えていて、だからといって王家の血筋を娶ったからと驕るほど野心もない。
…自分で言っていて悲しくなるが、我が家はびっくりするくらい影が薄いのである。
まあそんな嫁入りの裏事情はともかく、私は奥さん大好き人間だし息子も娘も大好きである。
要するに絵に描いたような幸せを手に入れたのだ。
影の薄さバンザイ!
※※※
「それにしても君の予想がここまでピッタリ当たるとは。いやはや我が奥さんながら崇めてしまうよ。」
「まあ!旦那さま。この案は元はと言えばあの娘の案なのよ。」
流石血筋だな。にっこり笑ったままえげつない計画を立てたものだ。
だがこれである意味八方上手く収まったからなぁ。
「あのめんどくさい自称うちの娘と、」
「あの、バレてないと思ってた自称第三王子と。」
「悩みの種がまとめて自爆してくれるとはなあ。」
本当にあんなに上手く行くとは。
"小さいお母さま"
なんてうまい言い方だろう、と感心してしまう。
小さいというのは物理的な話ではない。ただ、うちの奥さんは確かに小柄なんだ。だから誰も思い付きもしないだろう、
"貴方はわたしのお母さまの弟と結婚したんでしょう?良いわよ、娘と思って接しても。わたしも貴方のこと小さいお母さまって呼んであげるわ。"
なんていう、小姑の娘が身分差もわきまえず偉そうに言った言葉が発端だったなんて。
思えば姉も昔からそうだった。何故か偉そうなのだ。
それでも姉らしく弟を可愛がるくらいの事でもあれば良いのだが、ただひたすらに偉そうなだけで、家のことを手伝うでもなく、かと言って勉学に励むわけでもなく。
最悪な事にその"根拠のない偉そう"を家族以外にも発揮してしまい、望んでいた伯爵かそれ以上の家への縁談は叶わず。
結局いきなり婚約破棄されて困っていた男爵家の嫡男に嫁ぐ事になった。
"な!なんで私が男爵家に!"
そう騒ぐ姉に母は一刀両断だった。
"なら断ってもいいわよ。ただしこれを断ったら、後ろ暗い噂のある侯爵家の後妻か、常に摘発の噂が絶えない商家か、どちらかに嫁いでもらうわ。"
当然それも嫌だと騒ぐ姉に父親がとどめを刺した。
"この家に留まる道はない。それも嫌ならうちの籍から抜いてやるから好きにしろ。明日の正午までに決めなければ除籍して追い出す。"
結局姉は男爵家に嫁いだが、姉に英才教育された娘はあの通りで。決定的な言質は取らせないが、伯爵家の娘だと誤認させて美味しい思いをしてきたようだ。
私は何度も抗議しようと思っていたのだが、奥さんは
「まあ!誤解されて困るような大事な方たちは事情をご存知でしょう?それなら放っておけば良いのよ。」
と言って放置していた。
「まさか、放置しといてこんな時に利用するなんてなぁ。」
お互いに誤解、というより騙し騙されしていた2人は。
奥さんの作り出した二人きりの瞬間を存分に有効活用した。
だが二人だけ、なのはもちろん奥さんの罠なので、俺がシンパシーを感じて止まない家令の息子が、存在を極限まで消しながら一部始終を見ていた。
そして、あの娘は。
"第三王子とは運命で結ばれているのです!わたくしがお姉さまの代わりに王子妃になります!"
と言い。
第三王子は
"彼女とは運命であったのだ、ぜひ第二王子ではなく我が妃に!"
と、言い。
まあ、それだけハレンチな格好を見られれば認めないわけにはいかないでしょう、と小さいお母さまもその夫も二人の縁談を進めたのだ。
どうやら裏で寝取りの指示を出していたのは姉だったようで。鼻高々に
"さすが私の娘だわ!"
と、叫んでいたが奥さんは動揺することもなく。
「本当に。良い縁談がまとまりましたわね、おめでとうございます。」
と言って送り出していた。
抜け駆けできた、とほくそ笑んでいる親娘はまだ知らない。
彼の国では"他国の王族の血筋と縁付くこと"が王太子以外の王子が王家に残るための条件であることを。
まあ、要するによその国の王統を娶ったのに臣籍降下させるわけにもいかないからなあ、という制度である。
だがそもそも彼は第三王子ですらない。王にお手付きされた子爵令嬢の私生児、つまり子爵家の子(居候)といったところである。
この先婚姻などがあれば子爵家の子からも離れるわけで、平民まっしぐらなのである。
彼は血統としては王家に連なるけれど、王子を名乗れる身分ではない。
うちの奥さんも似たような者?いやいや、うちの奥さんはちゃんと王家に認められた愛妾の孫だから。
王家ともちゃんとやりとりがあるし、ないのは継承権だけ。
今日の娘のお出かけだって、王女が生まれなかった現王が猫可愛がりしているうちの娘が遠国に嫁ぐ事になってのサヨナラ会なのだ。
そう、伯爵家の娘が王家に嫁げたのは愛故の暴走ではない。
彼の国の"他国の王家の血筋"という一番の難関をクリアした、れっきとした政略婚でもあるのだ。
かたや自称第三王子の母はそういった背景もない、本当に王が散らした種を貰い受けただけである。
そうだな、そこだけ取ると不憫にも聞こえるけれど、酔わせて襲ったらしいからな。あ、王じゃなくて子爵令嬢が。
まさかそこまでしてせっかく産んだ子が王子を名乗れないなどとは思ってもなかっただろう。
だから同じと言われるとちょっとむかっとするかな。
まあどちらにしろ、"他国の王族の血筋の娘を娶れば第三王子として認めざるを得ないだろう"なんていう、彼のふんわりした計画は頓挫した。
だってあの娘は俺の姪っ子だから。これがせめて奥さんの方の血縁だったら万が一もあったかもしれないけど、我が家はどこまで遡っても王家に連なることはない。
だがなぁ。
彼らにとって幸運だったのは、どちらも持て余し者だったことじゃなかろうか。
王家の血筋と誤認させて略奪をやらかした娘と、王の血は引いているが王子と名乗る権利のない男。
どちらか一方がホンモノだったら処刑もあり得る重罪だからな。いや、本来なら騙っただけでも厳罰だろう。それが両方ともニセモノだったからおおごとにならずに済んでいるんだ。
両国ともこれで二人とも片付くなら楽で良い」と思ってた節があるんだよなぁ。
王族騙りというのは厳罰があるにも関わらず、割とチャレンジする者が多い。失敗例といえども"そっか!そんな方法もあったか!"なんて思わせない為にも世間に出さないのが一番なのだ。
だから派手に処刑になるより、どこぞで二人仲良く平民として暮らしてくれたらそれが一番なのだ。
まもなく彼の国に到着するそうだが…。第二王子の邪魔が入らないようにまず教会に駆け込み、婚姻を成立させるつもりらしい。
その後第三王子にしてくれ!と交渉するつもりなんだって。
その野望が叶うことはないんだが、向こうの王家からは破格の待遇が用意されているそうだ。
常に睨み合いを続けていて全く気の抜けない国境沿いの伯爵か、はたまた領地を持たないので夫婦揃って勤めに出なければ生活できないが王都で暮らしていける男爵か。
彼らがどちらを選択するか?
まあどっちでもお好きに、って感じだな。
もう娘に絡んでこなければそれでいいのだ。




