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偽物と追放された規格外の召喚青年、冷酷な氷の皇帝に拾われ溺愛される。もふもふ神獣と死の国を春の楽園に変えます!  作者: 水凪しおん


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第9話「這い寄る黒い影」

 城の正門へと続く大通りは、春の訪れを喜ぶ領民たちの活気にあふれていたはずだった。

 しかし今は、重苦しい沈黙が周囲を支配し、空気には微かな腐敗の臭いが混じっている。

 アサヒはレオンハルトの傍らに立ち、中庭の入り口から続く石畳の先をじっと見つめていた。

 遠くから響いてくるのは、不揃いな馬の蹄の音と、手入れの行き届いていない金属の鎧が擦れ合う耳障りな音だ。

 微かな風に乗って鼻を突くのは、泥と汗、そして何かが朽ちていくような不吉な瘴気の気配だった。

 やがて、アーチ状の門をくぐって姿を現したのは、数十人の武装した兵士たちを引き連れたエドワードだった。

 立派な白馬にまたがる彼の姿は、以前アサヒが見た豪華で自信に満ちた姿とはまるで異なっていた。

 金糸の刺繍が施された外套は煤に汚れ、端が擦り切れている。

 金色の髪は油気を帯びて額に張り付き、落ち窪んだ目の下には濃い隈が刻まれていた。

 彼が引き連れている兵士たちの表情も一様に暗く、生気を失った目は虚ろに前を見据えているだけだ。

 エドワードは城の美しい庭園と、咲き誇る花々を目にして、驚愕に目を見開いた。

 彼の国は今、偽物の聖女が放つ無力な光では瘴気を防ぎきれず、大地は腐り、魔物が徘徊する地獄絵図と化している。

 だからこそ、奇跡の力で豊かになったという隣国の噂にすがり、なりふり構わず国境を侵してまでやって来たのだ。

 エドワードの視線が、待ち構えるレオンハルトへと向けられ、その隣に立つアサヒの姿でぴたりと止まった。


「な……お前は……」


 かすれた声が、乾いた唇から漏れ出る。

 エドワードの記憶にあるアサヒは、みすぼらしい衣服に身を包み、恐怖に震える無力な青年だった。

 しかし、目の前にいるのは、上質な絹の服を身にまとい、内側から発光するような清らかな美しさをたたえる存在だ。

 アサヒ自身は気づいていなかったが、彼の規格外の神聖力は完全に開花し、その周囲の空気を浄化し続けることで、彼自身の存在すらも神々しいものへと変えていたのだ。

 エドワードの顔に、驚愕、嫉妬、そして自らの過ちを認めたくないという醜い感情が次々と浮かび上がる。


「まさか、あの時の偽物が……いや、そんなはずはない。貴様がこの国を蘇らせたというのか」


 エドワードは馬から乱暴に飛び降りると、剣の柄に手をかけながら大股でこちらへと近づいてきた。

 その目に宿る狂気じみた光を見て、アサヒは思わず息を呑み、レオンハルトの背後へと身を引く。


「返せ」


 エドワードの口から発せられたのは、あまりにも身勝手な言葉だった。


「その力は我が国のものだ。さあ、私と共に戻り、瘴気を払え。そうすれば、かつての罪を許し、真の救世主としてとして迎えてやろう」


 恩着せがましく手を差し出すエドワードの姿に、アサヒは言葉を失った。

 自分がどれほど理不尽に捨てられ、死の淵をさまよったのか。

 その事実を完全に棚に上げ、自らの都合だけで命じる傲慢さに、怒りよりも深い悲しみが胸を覆う。

 しかし、アサヒが口を開くよりも早く、周囲の空気が急速に凍りついた。

 春の暖かさは一瞬にして消え去り、肌を刺すような極寒の風が吹き荒れる。

 レオンハルトが一歩前に出たのだ。

 彼の足元の石畳が、白く凍りつきながら放射状に霜を広げていく。


「卑しい者が、私の大切なものに気安く触れようとするな」


 レオンハルトの声は、これまでにアサヒが聞いたどんな声よりも低く、絶対的な死の冷たさを帯びていた。

 彼の周囲を舞う冷気が鋭い氷の刃と化し、エドワードの足元に突き刺さる。

 エドワードは悲鳴を上げて後ずさり、兵士たちも武器を構えようとしたが、その手は寒さと恐怖で完全に凍りついていた。


「貴様はフロスト帝国の国境を力で侵した。それだけでも極刑に値するが、何よりも許しがたいのは、アサヒを馬鹿にしたことだ」


 レオンハルトの瞳が、青い炎を燃やすように鋭く光る。

 その言葉の重みに、エドワードの膝が震え、その場にへたり込みそうになる。

 さらに、アサヒの足元にいたルークが、静かに歩み出た。

 普段の愛らしい子犬の姿から、空気が歪むほどの膨大な魔力が放出される。

 純白の毛並みが発光し、小さな体が瞬く間に巨大化していく。

 現れたのは、見上げるほどの体躯を持つ、白銀の毛皮に覆われた巨大な狼だった。

 黄金の瞳がエドワードを射抜き、喉の奥から地響きのような唸り声が上がる。

 神獣としての真の姿を解放したルークの威圧感は、それだけで人間の精神をへし折るほどの力を持っていた。


「ひぃっ……」


 エドワードの喉から、情けない悲鳴が漏れる。

 兵士たちの中には、恐怖のあまり武器を捨てて逃げ出す者も現れ始めた。

 腐敗した国から逃げ出し、奇跡の力にすがろうとした彼らの浅はかな目論見は、皇帝の圧倒的な力と神獣の威容の前に、脆くも崩れ去ろうとしていた。

 アサヒはレオンハルトの背中を見つめながら、もはや自分が過去の影に怯える必要はないのだと、静かに悟っていた。

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