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偽物と追放された規格外の召喚青年、冷酷な氷の皇帝に拾われ溺愛される。もふもふ神獣と死の国を春の楽園に変えます!  作者: 水凪しおん


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第5話「雪解けの予兆」

 分厚い石壁に穿たれたアーチ状の窓からは、灰色の空と絶え間なく降り続く雪が見えた。

 フロスト帝国の城は、切り立った岩山の中腹に建てられており、窓の下には凍てつく森がどこまでも広がっている。

 激しい風が窓ガラスを叩きつけ、細かな雪の結晶が真っ白な模様を描いては消えていく。

 アサヒは窓辺に立ち、その荒涼とした景色をただじっと見つめていた。

 目覚めてから数日が経過し、手厚い食事と休息を与えられたおかげで、アサヒの体力はすっかり回復していた。

 毎日のように部屋に運ばれてくるのは、湯気を立てる濃厚な肉のスープや、柔らかく焼き上げられた白パン、そして甘く煮付けられた果実だった。

 食事を運んでくる無口な使用人たちは、必要以上の接触を避けているようだったが、その手つきは丁寧で、敵意は感じられなかった。

 彼が着ている衣服も、追放された時の薄汚れた外套ではなく、肌触りの良い厚手の毛織物の服が用意されていた。

 城の廊下を歩くことは許可されていたが、行く先々で出会う兵士や使用人たちは、アサヒの姿を見ると慌てて道を譲り、深く頭を下げた。

 彼らがアサヒを畏怖しているのか、それとも皇帝の客としての礼儀なのかはわからなかったが、その距離感がアサヒの心に微かな孤独をもたらしていた。

 唯一の慰めは、常にアサヒの後ろをトコトコとついて歩くルークの存在だった。

 ルークはアサヒが立ち止まると足元に座り込み、アサヒが歩き出すと嬉しそうに尻尾を振って後を追う。

 今も、アサヒの足元で香箱座りのような姿勢を取り、窓の外を舞う雪をぼんやりと眺めていた。

 アサヒは冷たい窓ガラスにそっと指先を触れた。

 外気の冷たさがガラス越しに伝わり、指の腹から体温が奪われていく。


『この雪は、いつか止むのだろうか』


 そんなことを考えながら、アサヒは指先でガラスの表面をゆっくりとなぞった。

 すると、彼の指が触れた部分から、窓ガラスに張り付いていた霜の模様がみるみるうちに溶け出し、透明な水滴となって下へと流れ落ちていった。

 水滴は窓枠の溝に溜まり、そこから外の空気に触れて再び凍りつくはずだった。

 しかし、アサヒの指先から放たれた微かな熱が窓枠の石にまで伝わり、そこを覆っていた氷の層を静かに溶かしていく。

 凍りついていた石の隙間から、ほんのわずかな緑色の突起が顔を出した。

 アサヒは驚いて目を見開く。

 その突起はみるみるうちに成長し、細い茎を伸ばし、数枚の小さな葉を広げた。

 そして、先端に付いた蕾がふくらみ、淡い青色の花びらを静かにほころばせたのだ。

 氷点下の外気の中、石の窓枠に咲いた一輪の小さな青い花。

 それは生命の存在を拒絶するこの世界において、あまりにも不自然で、そして美しい光景だった。

 アサヒは自分の手を見つめ直した。

 彼自身に何か特別な意図があったわけではない。

 ただ、冷たい景色の中に少しでも温もりが欲しいと願っただけだった。

 その思いが、無意識のうちに力となって具現化したのだろうか。


「それは、お前の力か」


 背後から突然かけられた低い声に、アサヒはびくりと肩をすくませて振り返った。

 廊下の影に立っていたのは、レオンハルトだった。

 彼はいつからそこにいたのか、腕を組んだまま、静かな青い瞳で窓枠に咲いた花を見つめている。

 アサヒは慌てて窓枠から身を離し、両手を体の前で組んだ。

 自分の見知らぬ力が、この国の皇帝を不快にさせたのではないかと恐れたからだ。


「申し訳ありません、僕にも何が起きたのか……」


 言い訳めいた言葉が口をついて出るが、レオンハルトはアサヒの言葉を遮るようにゆっくりと近づいてきた。

 彼の足音はやはり全く聞こえず、ただ冷たい空気をまとう気配だけが近づいてくる。

 レオンハルトは窓辺に立つと、アサヒの肩越しにその小さな青い花を見下ろした。

 彼の高い鼻梁と長いまつ毛が、横顔に美しい影を落としている。


「この国に、花は咲かない」


 レオンハルトの口から紡がれた言葉は、咎めるものではなく、単なる事実の確認のようだった。


「一年中雪に閉ざされ、大地は凍りついている。生命が根を下ろすには、ここはあまりにも過酷すぎる」


 レオンハルトは手袋をはめた指先を伸ばし、花びらにそっと触れようとしたが、途中でその手を止めた。

 自分の持つ氷の魔力が、このか弱い生命を凍らせてしまうことを恐れたかのような、躊躇いの動作だった。

 その微細な指の動きに、アサヒはレオンハルトの内に秘められた不器用な優しさを見た気がした。


「ですが、今、ここに花が咲いています」


 アサヒは自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。

 レオンハルトは視線を花からアサヒへと移す。


「お前の持つ力は、ただ癒やすだけではないようだな」


 レオンハルトの瞳の奥に、わずかな好奇心の色が灯るのをアサヒは見逃さなかった。

 それは冷徹な皇帝の仮面の下に隠された、一人の人間としての純粋な興味のようだった。


「お前が触れた場所から、氷が溶け、命が芽吹く。それは……」


 レオンハルトは言葉を区切り、窓の外で猛威を振るう吹雪へと目を向けた。

 彼の横顔には、長年この凍てつく国を背負ってきた者の深い疲労と、同時に何かに対する微かな希望のようなものが入り混じって見えた。

 アサヒは何も言わず、ただレオンハルトの静かな横顔を見つめていた。

 自分の持つ力が何なのか、まだ明確な答えは出ていない。

 水晶を黒く染め上げた力。

 ルークを癒やし、氷の世界に花を咲かせる力。

 それが聖女の力であるならば、なぜあの時、水晶は光を放たなかったのだろうか。

 しかし、今の彼にとって、その答えはそれほど重要なことではなかった。

 ただ、自分の力が目の前の孤独な皇帝の心を少しでも温めることができるのなら、それで良いような気がしていた。

 ルークがアサヒとレオンハルトの間を行き来し、二人の足元に交互に鼻先を擦り付ける。

 その無邪気な様子に、二人の間に流れていた張り詰めた空気がわずかに緩む。

 アサヒの胸の奥で、再び小さな温かい感情が灯り始めていた。

 それは、窓枠に咲いた青い花のように、この冷たい城の中で確かに根を下ろしつつあった。

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