第12話「永遠の春を誓う」
空を茜色に染め上げる夕陽が、城の庭園を柔らかく照らし出していた。
風は穏やかで、満開を迎えた花々の甘い香りを乗せて心地よく吹き抜けていく。
噴水からこぼれ落ちる水音が、静かな空間に清らかなリズムを刻んでいた。
アサヒとレオンハルトは並んで歩幅を合わせながら、石畳の小道をゆっくりと歩いていた。
ルークは少し離れた芝生の上で、舞い落ちる花びらを追いかけて元気に走り回っている。
アサヒの歩みに合わせて、薄手の白い服の裾がふわりと揺れた。
隣を歩くレオンハルトの横顔は、夕陽の光を浴びて彫刻のように美しく際立っていた。
二人の間には会話はなかったが、沈黙は決して重苦しいものではなく、互いの存在を確かめ合うような満ち足りたものだった。
やがてレオンハルトが足を止め、アサヒもそれに倣って立ち止まった。
そこは、アサヒが初めて魔法のような力で青い花を咲かせた窓辺の真下だった。
今ではその窓枠だけでなく、壁一面に緑の蔦が這い、無数の青い花が星屑のように咲き乱れている。
レオンハルトはゆっくりとアサヒの方へ向き直った。
彼の青い瞳は夕陽の色を反射し、深海のような神秘的な輝きを放っていた。
「アサヒ」
静かに名を呼ばれ、アサヒは顔を上げてレオンハルトの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
レオンハルトの右手が伸びてきて、アサヒの左手をそっと包み込んだ。
その手のひらの温かさが、指先から直接心臓へと流れ込んでくるようだった。
「私の国は、長く冷たい冬の中にあった。私自身の心もまた、氷に閉ざされたまま朽ちていくものだと信じていた」
レオンハルトの声は低く、ひとつひとつの言葉を噛みしめるように紡がれていく。
「だが、お前が現れてすべてが変わった。お前は大地に花を咲かせ、私の心に命の温もりを与えてくれた」
レオンハルトの親指が、アサヒの左手の甲を優しくなぞる。
その触れ方のあまりの繊細さに、アサヒの呼吸がわずかに浅くなった。
「お前がいなければ、私は今でもあの孤独な玉座で、凍えるような夜を過ごしていただろう」
レオンハルトはアサヒの手を引いたまま、ゆっくりとその場に片膝をついた。
皇帝という絶対的な権力を持つ男が、自分を見上げてひざまずく姿に、アサヒは驚いて息を呑んだ。
レオンハルトの空いた片手が懐を探り、小さな銀色の箱を取り出した。
箱の蓋が開かれると、中には繊細な意匠が施された二つの指輪が並んで鈍い光を放っていた。
指輪の中央には、アサヒが咲かせたあの青い花と同じ色をした、澄み切った宝石が埋め込まれている。
「私と共に生きてほしい」
レオンハルトの言葉は飾らない、あまりにも実直なものだった。
「この国に永遠の春をもたらしてくれたように、私の隣で、その笑顔を永遠に見せてはくれないか」
その言葉の裏にある深い愛情と誠実さが、アサヒの心の奥底まで響き渡った。
胸がいっぱいになり、言葉がすぐには喉から出てこなかった。
アサヒはただ大きく頷き、溢れそうになる涙をこらえるために強く瞬きをした。
「はい、喜んで」
かすれた声でそう答えると、レオンハルトの顔に安堵と喜びに満ちた深い微笑みが広がった。
彼は箱から小さな方の指輪を取り出し、アサヒの左手の薬指にゆっくりとはめた。
冷たい金属の感触の後に、レオンハルトの指先の熱がじんわりと伝わってくる。
アサヒもまた、もう一つの指輪を取り出し、少し震える手でレオンハルトの大きな指にはめた。
レオンハルトは立ち上がると、アサヒの腰に腕を回し、そのまま強く抱き寄せた。
二人の唇が静かに重なり合い、夕陽の温かな光が二人を優しく包み込んだ。
足元では青い花々が風に揺れ、遠くからルークの嬉しそうな鳴き声が聞こえてくる。
冷たい雪に閉ざされていた死の国は、アサヒとレオンハルトが互いを想い合う温かな心によって、真の豊穣の地へと生まれ変わったのだ。
アサヒは目を閉じ、レオンハルトの背中に腕を回してその確かな体温を抱きしめた。
永遠に続く穏やかな日々が、ここから始まろうとしていた。




