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第五章 翠銀の魔女

 翌日の朝、祖母に呼ばれた。


 場所は屋敷の東端にある小さな部屋だった。

 書庫とも居間とも言えない不思議な空間で、本棚と魔道具が入り混じって並んでいる。

 窓辺には薬草が干してあり、独特の植物の香りが漂っていた。


 祖母はそこに一人で座って、お茶を飲んでいた。


 「座りなさい」


 向かいの椅子を示される。私は腰を下ろした。


 「エリス様——おばあちゃんは、どんなことをしていた方なんですか?」


 座るなり先に聞いてしまった。

 昨日から気になっていたのだ。あの目の奥の光が。


 祖母はお茶を一口飲んでから、少し面白そうに口を開いた。


 「昔はね、魔法使いだったよ。割と本気の」


 「どのくらい本気の?」


 「『翠銀の魔女』なんて名前で呼ばれてたくらいには」


 私はわずかに目を見開いた。


 「翠銀の魔女」——その名前は、書庫の魔法史の本に載っていたはずだ。

 大陸の各国に知れ渡った大魔法使いの一人として。


 「……おばあちゃんが、あの」


 「そう、あの、だよ」


 祖母は笑った。しわが深くなる。


 「今は引退してここで暮らしてる。ローガンがやかましいくらい心配するから」


 「……祖父様が?」


 「あの人、口下手だけど心配性でね。私がちょっとでも無理そうにしてると

 すぐ止めに来る。子供みたいなものだよ、そういうところは」


 祖父の顔を思い浮かべた。あの頑固じじいが、心配性。


 ……少し、かわいいな、と思った。


 「話がそれた」


 祖母がお茶をテーブルに置き、私をまっすぐに見た。


 「セレス、昨日から聞こうと思ってたことがある」


 「……はい」


 「あんたの魔力、隠してるね」


 静かな声だった。断定だった。


 私は一瞬固まった。


 そして、ゆっくりと答えた。


 「……何のことでしょう」


 「しらばっくれても構わないけどね」


 祖母は微笑んだままだった。


 「昨日、あんたが馬車から降りてきた瞬間に、わかったよ。

 大きな魔力を持つ人間というのはね、どんなに隠しても空気が違う。

 ローガンには絶対わからない感じ方だけど、私には見えた」


 「……」


 「怒ってるわけじゃない。むしろ感心した。

 あんたくらいの年で、あれだけ完璧に蓋をしてる子を、私は見たことがない」


 「……」


 「どのくらい大きいか、教えてもらえる?」


 私はしばらく沈黙した。


 正直に話すべきか。

 でも——目の前のこの人は、「翠銀の魔女」だ。

 その人の目をごまかせるとは、正直思えなかった。


 「……底が、ないと思います」


 静かに言った。


 「わかりません。どこまであるのか。

 三歳の頃に確かめようとして、やめました。

 深すぎて怖かったので」


 祖母は黙っていた。


 かなり長い沈黙だった。


 それから、ゆっくりと言った。


 「……魔力の制御は?」


 「独学で、七年やっています」


 「どの程度できる?」


 「……王宮にいた間、一度も漏れませんでした」


 また沈黙。


 今度は、さらに長かった。


 祖母が立ち上がり、窓辺に向かった。干した薬草に手を触れながら、外を見ている。


 やがて、独り言のように言った。


 「……すごい子が生まれたもんだ」


 それからゆっくりと振り向き、私を見た。


 「セレス、一つ聞く。隠している理由は?」


 「面倒なことに巻き込まれたくないからです」


 即答だった。


 祖母がわずかに目を丸くして、それから声をあげて笑った。


 「はははっ! そうか! そういう理由か!」


 「……笑うところでしょうか」


 「いやあ、正直でよかった。『目立ちたくないから』とか『怖かったから』とか

 そういう答えかと思ったよ。

 でも面倒なことが嫌だから、というのが一番正直で、一番正しい」


 「はあ」


 「その判断は間違ってない。私もそう思う」


 祖母は椅子に戻って腰を下ろした。


 「ただね、その量の魔力を持ってたら、一人で制御するのには限界がある。

 いつか限界が来る前に、正しいやり方を学ぶ必要がある」


 「……はい。それも、わかっています」


 「じゃあ決まった」


 「何がですか?」


 「私が教えてあげる」


 私は一瞬固まった。


 「……え? おばあちゃんが?」


 「他に誰がいる。この地方で、あんたの魔力を扱える教師は私しかいないよ。

 それに、私にはもう一人、頼もしい友人がいる。その人にも来てもらう予定だ」


 「どなたですか?」


 「名前はイザーク・ヴォルフ。昔なじみの魔法学者でね。

 知識量なら大陸一だよ。変な見た目してるけど、腕は確かだ」


 「……先生が来るんですか? この屋敷に?」


 「そうなる予定。ただし、その前に」


 祖母は私をまっすぐ見た。


 「一つだけ、お願いがある」


 「……なんですか?」


 「リーナ(お母様)には、まだ黙っていてほしい」


 私は少し考えた。


 「……理由を聞いてもいいですか」


 「あの子は心配性だから。セレスに大きな魔力があるとわかったら、

 自分のせいで娘が危険にさらされるかもしれないと思って、

 必要以上に自分を責める。今はまず、あんたが安全に扱えるようになることが先だ。

 その後で一緒に話す」


 「……わかりました」


 この判断は正しいと思った。お母様の性格をよく把握している。


 「決まりだ」


 祖母がお茶を飲み干した。


 「あ、それとセレス」


 「はい」


 「ローガンにも言わなくていい。あの人、絶対過保護になるから」


 「……祖父様も?」


 「あの見た目で過保護なんだよ、孫に対しては。

 去年、私が少し大きめの魔力を庭で使ったら、翌日から庭への出入りを

 制限しようとしてきた。笑えるでしょ」


 私は少し笑った。


 「……笑えます」


 「でしょ」


 祖母は満足そうに微笑んだ。


 「じゃあ今日から、たまにここへ来なさい。

 表向きは私のおしゃべりに付き合ってる、ということにしておく」


 「はい」


 私は立ち上がり、お辞儀をした。


 「……おばあちゃん」


 「なに」


 「秘密を守ってくれて、ありがとうございます」


 祖母はしばらく私を見た。


 それから、さらりと言った。


 「孫のためなら当然だよ」


 その言葉は短くて、でも、ずしりと重かった。


 私はその重さを胸の中にそっと入れながら、部屋を出た。



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