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第二十章 皇帝の問いかけ

 夕方、皇帝が私に「少し話せるか」と言ってきた。


 先生はまだ魔法の話を続けているようで、別室で皇帝付きの魔法師と話し込んでいた。

 祖母は図書室に腰を落ち着けて、ミーアに昔の文書を読んでもらっていた。


 私は皇帝について、城の奥にある書斎のような部屋に入った。


 二人が向かい合って座った。


 しばらく、何も言わなかった。


 私も何も言わなかった。


 やがて皇帝が言った。


 「お前の魔力のことを、聞いていいか」


 「……どこまでご存知ですか?」


 「「少しは」とお前は言った。それが嘘だということは、俺にはわかる。

 お前の中に相当の魔力が見える。ただ、完璧に封じてある。

 その封じ方が——人間離れしている」


 「……驚かれましたか?」


 「驚いたというより——納得した、という感じだ。

 ミーアが「セレスに教わってから随分上手くなった」と言ってきた時、

 俺は半信半疑だった。人間の子供に何が教えられるか、と。

 だが実際に見れば、ミーアの制御が明確に変わっていた。

 理論を理解した人間にしかできない教え方だ。だから今日、会ってみたかった」


 「隠している理由を聞いていいか」


 「面倒ごとを避けたいからです。

 力があるとわかれば使われようとする。

 使われることで自分の望まない方向に引っ張られる。

 それを避けるために、ないものとして過ごしてきました」


 「いつから?」


 「三歳から」


 「三歳か。人間の貴族の世界で、それを七年続けたか」


 「はい」


 「今でも隠す気か?」


 「状況が変わらない限りは」


 「状況が変わるとはどういう時だ」


 「守らなければならない人が、危険にさらされた時です」


 皇帝が私を見た。


 「母親か?」


 「それも含めて、ウェスタリアにいる人々全員です」


 「……ウェスタリアの事情は、俺も少し聞いている。

 王国内の後継者争いで、お前の地方も板挟みになっていると」


 「情報が来ているんですか?」


 「大きな動きは察知できる」


 「……そうですか」


 「ウェスタリアは、今、どういう立場を取るつもりだ?」


 「中立です。ただ……中立を守るために、それなりの後ろ盾が必要になった時には、

 どこかに頼ることになるかもしれません」


 私は少し間を置いてから、続けた。


 「今日来たのは、そのための布石という意図もありました。正直に言います」


 皇帝が少し目を細めた。


 「正直だな」


 「隠しても意味がないと判断しました。あなたには」


 「なぜ俺には隠せないと思った?」


 「あなたの目が、祖母と同じ種類の目をしているからです。

 謎を解こうとしている目。そういう人に嘘をつき続けるのは、あたしには難しい」


 皇帝がしばらく私を見ていた。


 そして、はっきりと笑った。


 「ミーアが「面白い友達ができた」と言っていた意味がわかった」


 「面白い、というのは……」


 「褒め言葉だ。少なくとも俺にとっては」


 「セレス・ラングレー、一つ提案がある」


 「聞きます」


 「ウェスタリアと魔族帝国の間に、非公式な関係を作ることを考えてみないか」


 「非公式な、というのは?」


 「正式な同盟や条約ではない。

 人間と魔族の間には三百年の断絶がある。それを一足飛びに飛び越えようとすれば、

 双方の中から反発が出る。だからまず——「関係がある」という事実だけを作る」


 「……「関係がある」という事実が、何かの抑止力になるという意味ですか?」


 「そうだ。ウェスタリアに手を出そうとする者が「魔族との繋がりがある」と聞けば、

 慎重になる。人間にとって、魔族は未知の存在だ。未知のものは恐れられる」


 「逆に魔族にとっても、人間の地方と細い縁があることで、

 山脈の向こうの情報が入りやすくなる。双方に利がある」


 「……条件を聞いていいですか」


 「言え」


 「非公式な関係である以上、どちらかが一方的に義務を負うものではないこと。

 ウェスタリアが関係することで、ウェスタリアの人々に直接的な危険が及ばないこと」


 「その二点は守れる」


 「それから、もう一つ」


 「まだあるか」


 「これはあたし個人の条件ですが——ミーアと友達でいることと、

 この関係は別の話にしていただきたい。

 政治的な関係が、個人の友人関係に干渉するのは嫌です」


 皇帝がしばらく私を見た。


 「……それを十歳が言うか」


 「あたしは十歳ですが、そこは譲れません」


 「わかった。守る。

 ミーアの友人関係に、俺は干渉しない。それはもともとそうするつもりだった」


 「ありがとうございます」


 「ただし、この話はウェスタリアの当主——お前の祖父に伝えなければならない。

 お前一人の判断でできる話ではないことはわかっている」


 「もちろんです。今日の話は全部、祖父に話します」


 「その上で、祖父が同意すれば正式に使者を送る。

 非公式の関係でも、最初の一歩は誠実にやりたい」


 「……皇帝陛下は誠実な方ですね」


 「お前の口からそれを言われると、複雑だが」


 「褒め言葉です」


 皇帝がまた、かすかに笑った。


 「セレス・ラングレー」


 「はい」


 「お前の祖母、エリスのことを若い頃から知っている。

 あの頃、俺は山を抜け出してきた皇子の一人で——今日のミーアに似ていたかもしれない」


 「……ミーアにその話をしても?」


 「あいつは知らない。ただ、いつか話そうとは思っていた」


 「エリスは正直で、誠実で、魔族のことを怖がらなかった。

 あの頃に学んだことが、今でも俺の中にある」


 「祖母は今でも、あの頃のことを覚えていました」


 「そうか」


 皇帝が少しだけ、遠い目をした。


 「その孫が、今日ここに来た」


 「……縁というのは、続くものですね」


 「そうだな」


 夕暮れが窓から差し込んでいた。


 帝都の光の粒が、少しずつ強くなっていく。



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