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第十三章 来たるもの

 秋が来た。


 ウェスタリアの秋は短い。八月末には朝晩がぐっと冷えて、九月には木々が色を変える。

 赤と橙と黄と、針葉樹の深緑が混ざり合って、丘が錦になる。


 前世で一度だけ行った北海道の秋に似ている、と思った。


 でも、あちらより人が少ない。整備されていない。

 その分、手が入っていない自然の力がある。


 屋敷では冬への準備が始まっていた。


 薪の確保、食料の保存、外壁の修繕、魔道具の点検。

 ウェスタリアの冬は厳しいらしく、屋敷全体が慌ただしい。


 そんな中、祖父の書斎から深刻な顔をした使者が帰っていくのを見た。


 夕食の時、祖父がいつもより口数が少なかった。


 「何かありましたか?」


 「東隣のフォルスター伯爵が、第一王子派に正式についた」


 「正式に文書で?」


 「そうだ。うちへも事前に連絡が来た。義理堅い男だ」


 「つまり、「私は動いた、あなたはまだ間に合う」という意味合いもある」


 「その通りだ」


 祖父は薄くなったパンを噛んだ。


 「周囲の領が少しずつ旗色を鮮明にしていく中で、

 ウェスタリアだけが動かないのは、時間が経つほど難しくなる」


 「わかっています。でも、焦る必要はない」


 「そうだ。焦ったほうが負けだ」


 祖母が口を開いた。


 「ローガン、フォルスタールが動いたのは予想通りだろう。

 あの人は待てない性格だから」


 「ああ。だから驚いてはいない。ただ……」


 「ただ?」


 「時間が想定より速く動いている。

 第二王子が軍を集め始めているという情報が入った」


 食卓が静かになった。


 私はスープを一口飲んでから、言った。


 「どのくらいの規模ですか?」


 「今のところ、王都近郊の兵を中心に千から二千程度と言われている。

 これから各地を回って増やしていく見通しだ」


 「……ウェスタリアへ向かう可能性は?」


 「高い。どちらの王子もウェスタリアを放置はしない。

 言葉では動かせないとわかれば、実力に出ることもあり得る」


 「対抗できますか、軍事力で」


 祖父が少し沈黙した。


 「単純な数では、難しい」


 「……わかりました」


 私は静かに手元を見た。


 自分の手。


 心の中に静かに在る、底なしの湖。


 使いたくはない。


 でも——守れる力があって、守れる状況で、使わない選択が正しいかは、また別の話だ。


 「一つ、聞いてもいいですか」


 「なんだ」


 「もし軍が来て、武力での解決を迫られた時——

 ウェスタリアの人々を守る手段として、私が動くことを、

 祖父様はどうお考えですか?」


 全員が私を見た。


 祖父が、ゆっくりと問い返した。


 「……お前に、動ける手段があるということか」


 「あります。ただ、できれば使いたくないので、ないものとして計画を立てたい。

 最後の最後に使う手段として、考えていただければ」


 祖父はしばらく私を見ていた。


 それから横の祖母を見た。


 祖母が一度だけ、小さく頷いた。


 祖父がまた私を見た。


 「……わかった。お前を信じる」


 「ありがとうございます」


 「ただし、絶対に無理をするな。お前の体が最優先だ」


 「……はい」


 「それから」


 祖父が少し声を低くした。


 「その手段を使わずに済む方法を、俺は全力で考える」


 「……お願いします」


 食事は続いた。


 でもその夜の食卓は、いつもと少し違う空気だった。


 家族が、同じ方向を向いている。そういう空気だった。


 前世では感じたことのなかった、この感覚が——


 あたしは、密かに好きだ、と思った。




◆◆◆




 翌日の朝、祖母が私を呼んだ。


 「昨夜のお前の発言を聞いて、一つ確認したいことがある」


 「はい」


 「制御の訓練は、今どのくらい進んでいると思っている?」


 「……「使える」程度には、なっていると思います。

 ただ「使っても安全」かどうかは、まだ自信がありません」


 祖母は静かに頷いた。


 「正直な答えだ。イザークは何と言っている?」


 「先生は「あと三ヶ月あれば、基本的な制御は完璧になる」とおっしゃっていました。

 でも「三ヶ月」という猶予があるかどうか、今の状況ではわかりません」


 「そうだね」


 祖母がしばらく考えた。


 「では今日から、訓練の密度を上げる。

 イザークと私が両方ついて、毎日本格的にやる。

 三ヶ月のところを一ヶ月で通す。

 ただし——身体に限界が来たら即止める。それだけは絶対だ」


 「……わかりました」


 「辛くなったら、辛いと言うこと。見栄を張るな。

 あんたが倒れたら元も子もない」


 「わかっています」


 祖母がじっと私を見た。


 「……一つだけ言っておく」


 「はい」


 「あんたがその力を「最後の手段」と言っているのは、わかる。

 賢い判断だ。

 でもね、セレス」


 祖母の声が少し変わった。


 「力を使うことを、恐れすぎるな。

 持っているものを使う場所を見誤るな。

 「使いたくない」と「使うべき時」は別の話だ。

 使うべき時に使えないのは、最悪の選択肢だよ」


 私は黙って、その言葉を受け取った。


 「……前世でも似たようなことを思ったことがあります」


 「うん」


 「自分の能力を出し惜しんで、大事な場面で失敗した、という経験が」


 「そうだろう」


 「今世は、そうなりたくないです」


 祖母がゆっくりと笑った。


 「それが聞けて良かった。じゃあ、今日から頑張ろうか」


 「はい」


 「まず今日は、「全力」を一度だけ出す練習をする。

 人気のない場所で、イザークと私の二人でしっかり見守る。

 怖いかもしれないけど——自分の力の全体像を一度見ないと、制御もできない」


 「……「全力」とは、どのくらい?」


 「あんたの思う「全力の半分」でいい。それで十分、大変なことになる気がするから」


 「……それは、怖いですね」


 「大丈夫。私とイザークが止める」


 「二人で止められますか?」


 祖母がにやりとした。


 「翠銀の魔女と大陸一の魔法学者が二人がかりだ。

 まあ、止められると思う」


 「……思う、というのが少し不安ですが」


 「じゃあ行こうか」


 不安の返事は無視された。


 祖母はこういう人だ。



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