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第十章 国王の崩御と、動き始める世界

 夏の終わりに、王都から早馬が来た。


 内容はひと言だ。


 国王陛下、崩御。


 屋敷中に、静かな衝撃が走った。


 祖父は知らせを受け取った後、しばらくその紙を持ったまま動かなかった。


 私は祖父の書斎で、その報告を横で聞いていた。


 お父様が、死んだ。


 感情の整理が、少し難しかった。


 王宮で七年間過ごしたが、深く関われなかった人だ。

 会うたびに、どこか申し訳なさそうにしていた人。

 嫌いではなかった。でも深く好きになることもできなかった。


 静かに消えた人だ、と思った。


 「セレス」


 祖父が静かに言った。


 「はい」


 「これで動く。一気に動く」


 「……はい」


 「覚悟しておけ」


 「していました」


 でも「覚悟していた」と「実際に来た」は違う。

 覚悟は準備だ。

 実際に来た時は、準備とはまた別の何かが必要になる。


 それが何かは、まだわからなかった。




◆◆◆




 王都の状況は、祖父のネットワーク経由で入ってきた。


 国王崩御から間を置かず、第一王子レオナルドと第二王子クロードの双方が

 「正当な継承者」として名乗りを上げた。


 各地の貴族が旗色を鮮明にし始め、各所で緊張が高まっている。


 そして——ウェスタリアにも、使者が来た。


 最初は第一王子レオナルド殿下の側から。

 次いで、第二王子クロード殿下の側から。


 どちらも「ウェスタリアの支持を」という内容だった。


 祖父は丁重に使者を通し、「検討する」とだけ答えて帰した。


 その夜の家族会議で、祖父が私に聞いた。


 「お前はどう見る」


 「どちらにもつかない、が最善だと思います」


 「根拠は?」


 「ウェスタリアは地理的に端にあります。

 どちらの王子が勝ったとしても、ウェスタリアが「積極的に加担した」という

 記録が残れば、負けた側の恨みを買う。

 「どちらにも加担しなかった」という立場のほうが、後々の交渉において

 いずれの王子に対してもカードとして使えます」


 祖父がじっと私を見た。


 「……中立を保つには、それだけの実力が必要だ」


 「わかっています。だから今のうちに備える」


 「備え、とは」


 「この地方の防衛を固めること。

 そして、もし強制的に取り込もうとする動きが来た時に、

 対抗できる手段を持っておくこと」


 「対抗手段、とは何だ」


 私はしばらく黙っていた。


 「……今はまだ、言えません。でも、あります」


 祖父は何かを言いたそうにしたが、それ以上は聞かなかった。


 祖母が静かにお茶を飲みながら言った。


 「ローガン、この子の言うことを信じなさい。

 あんたには見えないものが見えているから」


 祖父が祖母を見て、それから私を見た。


 重い沈黙の後。


 「……わかった」


 それだけだった。


 信じる、とは言わなかった。でも聞く気になった、ということだろう。


 この人は言葉が少ない分、返事の重みが大きい。




◆◆◆




 数日後、レオナルド殿下から直接手紙が届いた。


 内容は——私の名前宛だった。


 「セレス・ラングレー嬢へ。

 お前は王の血を引き、ウェスタリアの名門の孫でもある。

 その立場で私を支持するという意思を示してくれれば、

 ウェスタリアへの遇しは最大限に配慮する。

 お前の母上についても、正式な地位を考慮することができる。

 ……レオナルド」


 そして三日後、クロード殿下からも届いた。


 こちらは字が少し荒い。


 「セレス、久しぶりだ。

 単刀直入に言う。俺を支持してほしい。

 ウェスタリアに独立的な立場を認める文書を正式に出す。

 兄はそれをしない。

 俺はお前に嘘はつかない。

 ……クロードより」


 私は二通の手紙を並べて、しばらく読み比べた。


 レオナルド殿下の手紙は計算が透けて見える。

 お母様の地位への言及は明らかに釣り針だ。


 クロード殿下の手紙は素朴すぎて、逆に読みにくい。

 本音で書いているとしたら、これはこれで信頼できないわけではないが、

 信頼と信用はまた別の話だ。


 私は返事を書いた。


 レオナルド殿下への返事は「検討しております」という内容にした。

 何も言っていないが、丁寧に何も言っていない手紙だ。


 クロード殿下への返事は、少し考えた末に正直に書いた。


 「クロード殿下へ。

 今すぐ返事はできません。ウェスタリアの判断は私一人ではできません。

 ただ一つ申し上げます。

 殿下が正直にお書きくださったこと、受け取りました。

 しかし誠実さと信頼は別のものです。

 信頼は、時間をかけて作られます。

 もう少し、時間をください。

 セレス・ラングレー」


 これは少し甘すぎる文面かもしれない、と自分でも思う。


 でも、本音で来られた手紙に政治の決まり文句だけで返すのは、

 なぜかどうしても、できなかった。


 祖父に見せると、しばらく黙っていた。


 「……両方送れ」


 「直さなくていいですか?」


 「いい。これで向こうはしばらく動けない。

 第一王子は「検討中」と受け取る。

 第二王子は……お前の正直さを気に入って、

 少し待つことを選ぶだろう」


 「……計算ずくに聞こえますが」


 「違う」


 祖父が珍しく即答した。


 「誠実さが最善の戦略と一致することは、ある。

 それを知らずにやれたのなら、なお良い」


 私は少し驚いた。


 祖父が口数少なく、でもちゃんと見ていることが、ありがたかった。



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