その暗君、実は世界最高の魔法服職人~乙女ゲームの悪逆継母に転生しましたが、推し(義理の息子)が尊すぎるので最強の防具(こども服)を夢中で縫い上げてたら、いつの間にか最強国家が爆誕してた~
連載候補の短編です。
石造りの階段を踏み外し、【スカーレット】は為す術もなく転げ落ちた。
強打した頭の奥底で、ジンジンとした痛みとともに前世の記憶が濁流のように溢れ出す。
ここは生前プレイしていた乙女ゲームの世界。
自分は将来断罪される悪逆非道な継母である。
その事実を、彼女はひんやりとした石の床の上で静かに理解した。
ゆっくりと身を起こすと、最悪の運命が待ち受けているという現実に背筋にぞくりと冷たいものが走る。
このままでは領主の資産を食い潰し、義理の息子を虐待した罪で処刑台に送られてしまう。
「やばいっ。わたし、とんでもない女じゃないっ!」
青ざめた唇から、思わずそんな呟きが漏れる。
ガックリと項垂れ、どうにかして破滅の運命を回避しなければならないと頭を抱えた。
そう考えを巡らせていたとき、ギィィと重厚な木製の扉がわずかに開き、小さな影が部屋を覗き込んだ。
「あの……お、おかあしゃま、大丈夫、でしゅか……?」
おずおずと声をかけてきたのは、義理の息子であるハロルドだった。
(ハロルド様だっ。そうか、スカーレットは、メインヒーローの一人、ハロルドの継母だったっけ)
ハロルド・フォン・オ・ワリトス。
彼は、この乙女ゲーム【喜びに満ちる世界】、通称【びにちる】の攻略対象の一人だ。
出身はここ、オ・ワリトス公国である。
彼の父は幼い頃に亡くなっており、若くして領主を継ぐことになっている。
本来ならば、スカーレットが忌み嫌い、冷酷に虐待するはずの幼き領主だ。
(やだ……っ。幼いハロルド様、かわいい……!)
しかし、彼女の視線は別のところに釘付けになっていた。
ハロルドの身を包んでいるのは、領主とは名ばかりの色褪せてすり切れた粗末な衣服だった。
カビのツンとした匂いが漂うような布地の下で、小さな肩は怯えたように震え、袖口からは細い腕が痛々しく覗いている。
スカーレットの胸の奥底で、ドクンッと何かが激しく跳ねた。
断罪の恐怖など、とうの昔に彼方へと吹き飛んでいる。
こんなにも愛らしい存在に、あのようなザラザラとしたボロを着せて震えさせておくなど万死に値する所業だった。
「ハロルド、こっちにいらっしゃい」
「ひっ。ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいの。少しだけ、採寸させてちょうだい」
スカーレットは前世において、服飾専門学校に通いながら舞台衣装の工房で身を粉にして働く苦学生だった。
来る日も来る日もミシンと針に向かい、煌びやかなドレスや細工の凝った衣装を仕立て続ける毎日である。
寝る間も惜しんで働き詰める彼女にとって、唯一の癒やしがスマートフォンでプレイする乙女ゲーム【びにちる】だった。
そのゲーム内の設定に、魔法生物から採取される魔法糸という希少アイテムが存在する。
ただの布切れであっても、魔法糸で縫い合わせることで信じられないほどの恩恵をもたらすという隠し設定を彼女は熟知していた。
『魔法糸と服で、恩恵つきアイテムが作れる……って知識では知ってても、実際どうすればいいのかしら』
ゲームでは、二つのアイテムを合成するだけで成果物である魔道具ができる。
だがそれはゲームだからできることであり、実際の作り方はわからない。
『ん……? なにこれ……頭の中に、作り方が入ってくる……っ?』
元々持っていたゲームの知識に加え、現地人であるスカーレットの知識、さらに彼女の服飾の知識。
それら三つが渾然一体となり、パズルのピースがはまるように新たなるアイディアが閃いた。
『これは……魔法服の作り方。そうか、前世の記憶が、現地用にアップデートされたのね』
黙考していたスカーレットは我に返ると、怯えるハロルドを優しく椅子に座らせた。
そして、彼が着ている粗末な服を素早くかつ丁寧に脱がせる。
屋敷の倉庫からあらかじめ見つけ出していた上質な布地と、怪しく輝く魔法糸を手元に引き寄せた。
(家に置いてあった素材と裁縫道具、そして……このアップデートされた、魔法服の作り方の知識があれば……できるっ)
ハロルドの華奢な体を正確に採寸し、その小さな身丈に合わせて一息に布を裁断していく。
ジョキィッ、シャキィッ! と鋭い鋏の音が響き、前世で培った職人の指先が迷いなく魔法糸を操った。
冷え切った部屋の中で、シュパッ、シュパッと針が布を貫く微かな音だけが規則正しく刻まれる。
魔法糸は彼女の技術に呼応するように淡い光を放ち、切り出された生地を最高級の質感へと縫い上げていった。
「よし、完成……っ」
ほんの数十分の作業で、ボロボロだった衣服は柔らかな光沢を放つ新品の子供服へと生まれ変わった。
「さあ、腕を通してみて」
スカーレットが滑らかな手つきで新しい服を着せると、ハロルドの丸い目が限界まで見開かれた。
肌に触れた瞬間にふわりと温かい空気が包み込み、重さなど一切感じさせない完璧な仕上がりである。
「わぁっ。すごく……着心地がいいでしゅっ」
ハロルドは嬉しそうに短い手足をパタパタと動かし、きゃっきゃと無邪気な笑い声を上げた。
(可愛すぎる……天使かな……? いや、本物の天使だっ)
その花が咲いたような笑顔を見て、スカーレットは深く安堵の息を吐き出す。
(前世のわたしは、もう死んじゃった。戻ることはできない。スカーレットとして生きる必要がある。過去は変えられないけど……未来なら変えられるかもしれない)
ゲーム【びにちる】の展開だと、成長したハロルドは意地悪な継母を断罪し、死罪へと追い込む。
それは幼少期に彼をいじめたからだと、設定資料には書かれていた。
だが、目の前で無邪気に笑うハロルドの姿を見ていると未来は変えられる。
スカーレットは強くそう思えたのだ。
(まあそういう打算抜きにしても……ハロルド様……ううん)
「はーくんは、わたしが守るわ」
「はー……くん?」
「そう、ハロルド。だから、はーくんっ」
(わたしははーくんを、うんと幸せにしてあげるんだからっ)
スカーレットは両手で愛おしげに彼を抱きしめ、頬をすりすりと思い切り擦り寄せた。
自分の持つすべての技術と愛情を注ぎ込み、この子を世界一幸せにすると固く心に誓ったのだった。
◇
マデューカス帝国からの長い道のりを経て、豪奢な馬車がオ・ワリトスの屋敷へと到着した。
馬車から降り立ったのは、帝国において若くして宮廷魔導士長という要職に就く公爵、ヴィンセントである。
彼は冷たい灰色の瞳で、眼前にそびえる屋敷を静かに見上げた。
オ・ワリトス公国を属国として束ねる大帝国からの特使として、彼は密命を帯びてこの地に赴いている。
目的は一つ。公国を私物化し、幼き君主を虐待しているという悪逆非道な継母、スカーレットの身辺調査と断罪の証拠固めである。
(報告によれば、国庫の金を湯水のように使い、怪しげな素材を買い集めているという。夜な夜な黒魔術の儀式を行っているという噂すらある)
ヴィンセントは忌々しげに眉をひそめた。
罪なき幼児を虐げるなど、到底許されることではない。
確たる証拠を掴み次第、あの毒婦を直ちに捕縛し、ハロルドを救い出さねばならない。
案内された中庭へと足を踏み入れたヴィンセントは、すぐに凄惨な光景を目の当たりにするものと覚悟していた。
痩せこけ、怯えきった幼子と、それを冷酷に見下ろす魔女のような女の姿を。
しかし、彼を出迎えたのは予想とはまったく異なる穏やかな花の香りを運ぶ春風と、高く澄んだ子供の笑い声だった。
「あははっ。おかあさま、まてーっ」
「ふふっ。はーくん、走ると転ぶわよ」
手入れの行き届いた美しい芝生の上で、無邪気に駆け回る幼い少年の姿がある。
彼こそが、虐待されているはずのハロルドであった。
その頬は健康的な薄紅色に染まり、丸みを帯びた手足には活力があふれている。
(なんだ、これは。報告とまるで違うではないか)
ヴィンセントは目を細め、怪訝な顔で視線をさまよわせた。
ハロルドに優しく微笑みかけている女こそが、噂の暗君スカーレットに違いない。
だが、その表情には毒婦の面影など微塵もなく、ただただ我が子を慈しむ聖母のような温もりが宿っていた。
そして何より、宮廷魔導士長であるヴィンセントの目を強く惹きつけたのは、ハロルドが身にまとっている衣服である。
「なっ。なんだ……あのとんでもない魔法服はっ」
ヴィンセントが持つ特異な瞳、魔力視と魔法の看破を可能とする「精霊の目」が、その衣服の異常性を捉えていた。
通常の魔法服というものは、ごく普通の布地に後から魔法を付与しただけの代物である。
しかし、ハロルドの着ている服は根本から違った。
(後から魔法が付与されているのではない。服そのものが、強大な魔法を発しているのかっ)
魔法生物から採取される「魔力糸」で編まれているとしか考えられない。
本来、魔力を帯びたその糸は反発力が異常に強く、自身の魔力と干渉してしまうため常人の手では到底編むことなど不可能な代物だ。
それを自在に操れる者がいるとすれば、自身の魔力が完全にゼロである特異体質の者だけである。
魔力が一切無いからこそ強大な魔力糸と反発することなく、己の技術のみで自在に操ることができるのだ。
ヴィンセントの「精霊の目」は、精緻に縫い込まれた糸の一つ一つが複雑な魔力回路を形成している事実をギラギラと暴き出していた。
驚くべきことに、その魔力回路から発せられている魔法の数はなんと十個にものぼる。
正気の沙汰ではない。もはや人外レベルの魔法服だ。
市場に出せば、城が丸ごと買えるほどの天文学的な値がつくに違いない。
そんな国宝級の代物を、泥だらけになるのも構わずにただの子供服として着せている。
しかも、彼女自身が虐待し、心の底から憎悪しているはずの義理の息子にだ。
ヴィンセントはのけぞるほどに唖然として、その狂気的なまでに美しい衣服を見つめ続けた。
(あり得ない。いくらなんでも、あり得ないっ)
次々と押し寄せる常識外れの事態に、ヴィンセントの頭は今にもパンクしそうだった。
◇
その夜、客室のベッドに腰を下ろしたヴィンセントは深い溜息を吐き出した。
窓の外には静かな闇が広がっているが、彼の頭の中はひどく混乱している。
昼間のスカーレットとの面会を思い返し、こめかみを強く揉みほぐした。
彼女の口調は理知的であり、領地の経営についても的確な見解を述べていた。
どこをどう見ても、噂に聞くような狂気じみた暗君には見えなかったのである。
さらに、屋敷の使用人たちから密かに集めた証言も彼の常識を大きく揺るがせていた。
確かに少し前までは、彼女は誰もが恐れる冷酷な女だったという。
しかし最近はまるで別人のようにハロルドを愛し、大切に育てているというのだ。
ヴィンセントは、ハロルド本人から直接聞いた言葉を思い出す。
「かあしゃまは、いいひとでしゅっ。わるいひとじゃ、ないでしゅっ」
小さな手でヴィンセントの服の裾をギュッと握りしめ、目を輝かせて必死に訴えかけていた愛らしい姿。
何がなんだか、まったくわからない。
ヴィンセントは来客用に用意されていたフカフカで滑らかな手触りのガウンを引き寄せ、高い天井を仰ぎ見た。
その時である。
静まり返った屋敷の廊下から、複数の荒々しい足音と怒号が響き渡った。
「ハロルド様をお救いし、あの毒婦を討ち果たすのだっ!」
ヴィンセントは弾かれたように立ち上がり、部屋を飛び出した。
スカーレットの悪政に耐えかねた身内の家臣たちが、反乱分子として決起したのである。
彼らは未だにスカーレットがハロルドを洗脳していると勘違いし、実力行使に出たのだ。
広間へと駆けつけると、武装した男たちに囲まれているスカーレットの姿があった。
彼女はハロルドをその腕にしっかりと抱きかかえ、庇うようにうずくまっている。
混乱の中、過激な一派が放ったドラゴンの炎を模したゴォォォォッという灼熱の魔法が彼女たちへと襲いかかった。
さらに、雇われた傭兵が鋭いオリハルコンの剣を大きく振りかぶる。
ヴィンセントは迷うことなく二人の前に飛び出し、その身を盾にして立ちはだかった。
魔法の障壁を展開する間もなく、凶刃と猛烈な熱気を持つ炎が彼の体を飲み込もうとする。
しかし次の瞬間、信じられない光景が広がる。
ヴィンセントが羽織っていた来客用の柔らかなガウンが、灼熱の炎をバシャァッ! と水飛沫のように完全に弾き返したのだ。
さらに、ガキィィィィン! という甲高い金属音が広間に鳴り響く。
布地に触れた瞬間、決して折れないはずのオリハルコンの凶刃が粉々に砕け散った。
「ドラゴンの炎を通さない。オリハルコンの剣を折った。なんだこれはっ!」
ヴィンセントは目を大きく見開き、素っ頓狂な驚愕の声を漏らした。
魔法の頂点に立つ帝国筆頭の彼ですら、目の前で起きた現象の理屈がまったく理解できない。
「ただの来客用ガウンと、子供服ですが?」
スカーレットはハロルドをしっかりと抱きしめたまま、ドヤ顔で誇らしげに微笑んだ。
彼女の腕の中で、ハロルドもまったく火傷を負わずにきょとんとしている。
だが、安堵の息を吐いたスカーレットの白い腕には痛々しい火傷の痕がわずかに刻まれていた。
ヴィンセントはハッと息を呑んだ。
彼女は客である自分と、義理の息子の服だけを完璧な魔法服として仕立て上げていたのだ。
自分の防御は後回しにして、他者の安全を最優先にするなど暗君にできることではない。
「貴様ら、自分の愚行を理解しているのかっ!」
ヴィンセントは激しい怒りを露わにし、暗殺者たちを即座に処罰しようと冷たい魔力を放つ。
しかし、スカーレットが痛む腕を押さえながら静かに首を横に振った。
「待ってください。彼らを責めないで」
彼女は反乱を起こした家臣たちを真っ直ぐに見据え、静かに告げた。
自分の過去の行いがどれほど残酷であったか、痛いほど理解している。
彼らが幼い領主を守るために決起したのは、忠義の証であり当然の報いなのだと。
「も、申し訳ありません。我々はてっきり、奥様がハロルド様を……っ!」
「ははーっ」
スカーレットの深い慈愛と覚悟に触れ、家臣たちはカランッと武器を取り落とした。
彼らは膝から崩れ落ちて床に額をこすりつけ、大粒の涙を流しながら深く土下座する。
「まあまあ、許してあげましょう。血を見るのは、はーくんの教育に良くないしね」
スカーレットは痛む腕を背中に隠し、あっさりと彼らを許した。
ヴィンセントは深い溜息を吐き出しながら、目の前の規格外な継母を見つめる。
彼女は暗君などではない。
魔力ゼロの体質と狂気的なまでの裁縫スキルで、愛する者たちを最強の防具で包み込む天才職人なのだ。
この自己犠牲すら厭わない異常な才能と愛情を持つ親子から、もう絶対に目が離せない。
ヴィンセントは帝国への報告書を破り捨てることを心に決め、このオ・ワリトス公国に居座ることを密かに誓ったのだった。
【おしらせ】
※3/1(日)
新作、投稿しました!
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『【当て馬】妻はもう辞めます 〜自分を殺して尽くしてきた天才錬金術師ですが、前世を思い出したら夫への愛がスッと冷めたので、隣国で気ままに店を開きます〜』
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