<EP_009> 英雄の凶刃
部屋に戻ったアリアドネはテセウスにダイダロスの毛糸と短剣を渡した。
「これを入口に結びつけて、解きながら迷宮を進むの。帰りは毛糸を辿ってくれば帰ってこられるわ」
アリアドネにそう言われ、テセウスはそのまま迷宮へと入っていった。
松明に火を灯し、毛糸をほどきながら、テセウスはゆっくりと暗い迷宮を降りていった。
すると、遠くから牛の咆哮が聞こえた。
その咆哮は、まるで歌っているかのようにふしがついており、祈りの言葉のようにも聞こえた。
「ヤツがミノタウロスか?」
テセウスは咆哮が聞こえる方へとゆっくりと歩き出した。
咆哮はどんどん大きくなり、少し前の一室から聞こえているようだった。
テセウスは気配を殺し、短剣を抜き、ゆっくりと近づいていった。
部屋の中を見たテセウスは息を飲んだ。
壁には無数の男女の死体が座っており、死体に囲まれた中央では入口に背中を向けた牛頭の怪物が跪き、手を組んで、天井に向かって咆哮を上げていた。
死体の足元には石板が置かれており、テセウスが良く見れば「我が友、メリーヌ、ここに眠る。彼女の魂がアテナイへとたどり着かんことを願う。メリーヌの魂が安らかであらんことを」と書かれていることに気づいたであろう。
しかし、テセウスには眼の前の怪物を殺すことにしか興味がなかった。
テセウスは短剣をアステリオスの無防備な背中めがけて、力いっぱい突き刺した。
迷宮の霊廟にアステリオスの咆哮が響き渡った。
テセウスが短剣を引き抜くと、アステリオスは立ち上がりゆっくりと振り返った。
アステリオスの目には新しい奴隷が立っており、その先には見慣れた母の毛糸が見えていた。
アステリオスは背中の痛みなど忘れ、眼の前の男を歓迎しようとした。
「ひいっ!」
アステリオスがテセウスを歓迎しようと両手を広げると、テセウスは怯えた表情を浮かべ、短剣を構え、アステリオスの胸に突き立てていった。
胸に刺さった短剣を不思議そうに見た後、アステリオスは霊廟の床にゆっくりと倒れていった。
テセウスは倒れたアステリオスに馬乗りになると、何度も短剣を突き刺していった。
やがて、返り値で体中が真っ赤になる頃、アステリオスは動かなくなっていた。
テセウスはアステリオスの首を切り落とすと、ダイダロスの毛糸を辿って地上へと戻っていった。
地上に戻ったテセウスは出迎えにきたアリアドネとともに船へと乗り込んだ。
「ミノタウロスは、このアテナイの王子、テセウスが討ち取った!」
出航する船の上で、テセウスはアステリオスの首を高々と掲げ、そう叫んでクレタ島から出ていった。




