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<EP_003> ダイダロスという男

王宮を出てもナウクラテーの生活はほとんど変わらなかった。

ダイダロスはミノス王に命じられたアリアドネの舞踏場の建設に夢中となり、妻となったナウクラテーに興味を示すことは無かった。

パシパエの小言を聞かなくて済むようになったことだけが唯一の救いではあった。

自分に興味を示さない夫の世話をするだけの毎日。

夜にナウクラテーを抱くことがあっても、自分の性欲を解消するためだけの行為。

ただ、それだけであった。


その頃、ミノス王は海神ポセイドンへ「雄牛を海から登場させてくれ。その雄牛を生贄に捧げることを誓おう」という誓いを立て、自分の王位継承の証とすることとした。

すると、海から白い雄牛が現れたため、これを捕らえた。

しかし、その雄牛があまりに美しかったためミノス王は雄牛を自分のものとし、ポセイドンへは別の雄牛を捧げてしまった。

このことを知ったポセイドンは怒り狂い、王妃のパシパエへ白い雄牛へ強烈に欲情する呪いをかけたのだ。

呪いによりパシパエは夜な夜な雄牛の元へ行くが、人間のパシパエに雄牛が欲情するはずもなく、パシパエの思いが遂げられることは無かった。

パシパエは父ヘリオス神から与えられた魔術によって思いを遂げようともしたが、雄牛には効果が見られなかった。

パシパエはアリアドネの舞踏場が完成して、暇をしていたダイダロスへと相談することにした。

「ダイダロス。私を雄牛と交わえるようにしておくれ」

夜遅くにダイダロスを訪ねてきたパシパエは驚くべきことを口にした。

人間と獣が交わるなど、あまりにも常軌を逸した願いであった。

普通の人間であれば断ったであろう願いではあったが、ダイダロスは違った。

パシパエの願いを聞くと、顎に手を当て首を捻りながら何かを考えていた。

しばらく考え込んだ後、ダイダロスはニヤリと笑った。

「かしこまりました、パシパエ王妃。このダイダロスが、その願いを叶えてしんぜましょう」

そう告げるダイダロスの顔は狂気に満ちていた。


「あなた、大丈夫なの?あんな簡単に約束してしまって…」

パシパエが帰った後、ナウクラテーは夫の元に声をかけた。

パシパエとミノス王の気の短さは良く知っているので、ナウクラテーは夫を心配してしまう。

「なぁに、この天才ダイダロス様にかかれば、この程度簡単なことさ」

ダイダロスは自信満々に言い放った。

「ナウクラテー、お前にも協力して貰うぞ」

夫の狂気じみた顔に恐怖を感じつつも、夫のために何かできるという高揚感にナウクラテーは心が踊った。


「結局、あの男は私を人間として見ていなかったのよ」

余程、つらい記憶なのだろう。

ナウクラテーは吐き捨てるように呟き、眉を潜め瞑目し奥歯を噛み締めた。

操舵手の少年は振り返り、ナウクラテーを悲しそうに見つめてきた。

翼の少年が慰めるように心配そうな顔でナウクラテーの肩を抱いた。

「大丈夫よ。ありがとう、二人とも」

翼の少年の手を触りながら、ナウクラテーは目を開け少女に優しく微笑んで、話を続けていった。

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