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<EP_002> 王宮での日々

「ナウクラテー!床が汚れているわ!何をしているの!」

クレタ島の王宮にパシパエのヒステリックな叫びが響いた。

パシパエの前には、ほんの少し汚れている大理石の床があった。

「申し訳ございません、パシパエ様」

ナウクラテーはすぐさましゃがみこんで床を磨いていく。

「ふん、鈍くさいったらありゃしない。ミノス王に可愛がられているからって調子にのるんじゃないわよ」

床を磨くナウクラテーにパシパエの冷たい目線が突き刺さっていた。

パシパエ王妃はヘリオスの娘であり、大変美しかったが、高慢な女性でもあった。

ナウクラテーは奴隷の身分であったが、艷やかな黒髪が特徴的でとても美しい女性であった。

若く美しいナウクラテーはミノス王に見初められると、何度も夜伽を命じられるようになっていた。

美しい王妃の自分ではなく、奴隷のナウクラテーが夜伽を命じられるということもパシパエの気分を損ねていることにもなっていた。

奴隷であるナウクラテーに反抗は許されず、ただ言われるままに仕事をこなしていくだけであった。

ナウクラテーを気に入っているミノス王にしても、所詮は奴隷の女である。

特にナウクラテーを気に掛けることもなかった。

ナウクラテーにとって、この生活から抜け出せるとするならば、誰かの妻となって王宮から脱出することだけであった。


そんな中、アテナイから追放されたダイダロスがクレタ島へと逃げてきた。

ダイダロスは天才発明家とされていたが、甥が自分より優れた発明をすると、その才能に嫉妬し、殺したという理由でアテナイを追放されたのだ。

ミノス王はダイダロスをひと目見て気に入り、クレタ島へ留め置くため、ナウクラテーを妻として与えることにした。

そのことを告げられるとナウクラテーの心は踊った。

(やっと、この王宮から抜け出せる。もっと人間らしく生きられる)

そう感じ、晴れやかな気持ちでミノス王の元へと呼び出された。

夫となるダイダロスは気難しそうな男で表情がまるで読めなかった。

しかし、王宮から連れ出してくれる唯一の希望としてナウクラテーには輝いて見えた。

「よろしくお願いいたします」

ナウクラテーはダイダロスの脇に跪いて頭を垂れた。

「よろしく頼む」

ダイダロスはナウクラテーを一瞥すると、感情のこもっていない声でそう一言だけ言った。

「では、ダイダロスよ。これからも我が国のために存分に働いてくれ」

ミノス王のはしゃいだような声だけが、広間に響き渡った。

こうして、ナウクラテーは王宮から出ていくことに成功したのだった。


「この頃の私はね、王宮を出れば全てが変わるって思ってた。王宮から出れば奴隷ではなく一人の人間として生きられる。そう思い込んでいたわ」

傍らに座る少女の肩を抱きながら、ナウクラテーは遠い目をした。

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