<EP_011> イカロスの手紙
娘のアリアドネを奪われ、ミノタウロスを殺されたミノス王は激怒した。
激怒したミノス王は、テセウスが迷宮から抜け出せた毛糸を作ったダイダロスと息子のイカロスを高い塔の上へと幽閉することにした。
奴隷であるナウクラテーは二人の世話をさせるために、監視付きで地上へと留め置かれた。
塔の上の二人へ食事を運ぶことがナウクラテーの新しい仕事となった。
ある日、食事を届けに来たナウクラテーへダイダロスは言った。
「ナウクラテー、俺はここを脱出することにした。俺のような天才をこんなところに閉じ込めるのは世界の損失だ。俺はこの島から脱出する」
ナウクラテーは驚いて目を見開いて、ダイダロスの言葉を聞いていた。
「そこで、お前に材料を集めて欲しい」
そう言うと、ダイダロスは設計図を見せながら、ナウクラテーへ海鳥の羽根と蜜蝋を持ってくるように命じた。
その設計図と見比べてダイダロスの言う材料の量はナウクラテーには少なすぎるように思えた。
「あなた、その量だと一対しか作れないように思えるのだけど…」
その言葉を聞くとダイダロスはニヤリと笑った。
「ほぉ、わかるか。作るのは一対だけだ。この島から逃げ出すのは天才の俺一人で十分だ」
その言葉にナウクラテーは身体がカッと熱くなるのを感じた。
「ダイダロス、翼を二つ作りなさい。イカロスも島から連れ出すのよ」
従順な妻が初めて見せる抗議にダイダロスは怒りを露わにする。
「何?妻であるお前が俺に指図するというのか!」
ダイダロスの激しい怒りにもナウクラテーは引かなかった。
「そうよ。いくら天才であるあなたでも材料が無ければ作ることはできないわ。いい、翼は必ず二つ作るのよ。そうでなければ、私は材料を持って来ないし、あなたが脱出を企んでいることをミノス王に報告します」
ナウクラテーは毅然として言い切った。
その強い態度にダイダロスは渋々と了承せざるを得なかった。
監視の目を盗み、蜜蝋と海鳥の羽根を集め、ダイダロスへ届けるという仕事がナウクラテーに加わった。
ナウクラテーは必死に材料をかき集め、ダイダロスの元へと届けていった。
翼の完成が間近となった時、食事を取りに来たイカロスと話す機会があった。
「どう、イカロス?変わりはない?翼の制作は順調そう?」
自分を心配する母にイカロスは笑顔で答えた。
「ああ、さすがは父様だよ。翼はもうすぐ完成するよ。完成したらすぐに飛び立つつもりって父様は言ってた」
「そう……」
もうすぐ自分の元から離れてしまう息子に、ナウクラテーは寂しさを感じてしまった。
「でも、俺たちがいなくなって、母様は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。私のことは心配しないで。女の奴隷一人、ミノス王はどうとも思わないわ」
心配そうに見てくるイカロスにナウクラテーは笑顔で言った。
イカロスはそんな母親に一つの手紙を差し出した。
「母様、これを持って行って」
「イカロス…でも私は…」
手紙を渡され戸惑いを隠せないナウクラテーへイカロスは優しく微笑んだ。
「母様が文字を読めないのは知ってる。でも、俺は兄さんほど絵が上手くないからね。だから、母様への感謝と兄さんへの謝罪を書いたんだ。これを母様には持っていて欲しいんだ」
イカロスの言葉に応えてナウクラテーは手紙を胸元へと入れると、イカロスを見つめた。
「イカロス。ダイダロスのようになってはダメよ。あなたはあなたの道を進みなさい。それが私の望みよ。愛しているわ、イカロス」
「俺もだよ、母様」
そう言うと二人は抱き合った。
「おい、イカロス、ちょっと来てくれ」
工房となった部屋の奥からダイダロスの声が聞こえてきた。
「じゃ、母様も元気で」
そう言うと、食事を持ってイカロスは部屋の奥へと消えていった。
これが、ナウクラテーとイカロスが交わした最後の言葉となった。
その夜、自室でイカロスの書いた手紙を開いたナウクラテーには、内容は読めないが、文字からは確かにイカロスの温かさを感じた。




