<EP_001> 真夜中の帆船
<登場人物>
少女:現代で泣いている少女
ナウクラテー:クレタ島のミノス王の奴隷。パシパエに仕える
アステリオス(ミノタウロス):半人半牛の姿をした、パシパエの息子
イカロス:ナウクラテーとダイダロスの息子
ダイダロス:天才発明家。ナウクラテーの夫
ミノス王:クレタ島の王
パシパエ:ミノス王の妻
少女はベッドの上で膝を抱えうずくまって泣いていた。
少女は周りから与えられる役割に自分が応えられているのだろうか、自分がなりたかった自分になれているのだろうか、このままの自分で良いのだろうか。
そんな自分の現在地と将来の不安に押しつぶされそうになっていた。
部屋の片隅にはスーツが掛けられており、その脇のコルクボードには卒業旅行で行ったギリシャの写真が留められていた。
写真の中の少女は笑っており、写真の下には何年も吹いていない埃の被ったトランペットケースが置かれていた。
少女が膝に顔をうずめていると、ふとどこからか潮の香りが鼻をついた。
顔をあげるとカーテンの隙間から淡い光が漏れてきており、そこから流れてきているようだった。
不思議に思って、少女がカーテンを開けると、そこには小さな帆船が停まっていた。
牛頭の少年が舵輪を握り、翼の生えた少年が周囲を舞っていた。
牛頭の少年の横には黒髪の美しい女性が立っておりこちらを見ていた。
「おいでなさい」
そんな言葉を発したかのように女性が手を少女に伸ばしてきた。
女性の目は、少女の凍てついた心を溶かすかのように慈愛に満ちていた。
女性の目に吸い込まれるように、少女は手を伸ばして、窓を開けると夜の冷たい空気が少女を包んだ。
翼を持った少年が窓辺に舞い降りて、少女へと手を伸ばしてきた。
少年に手を引かれ、少女は窓の縁に足をかけ、帆船へと乗り込んでいった。
少女が乗船すると、翼を持った少年は舳先へと飛び、天を指差す。
牛頭の少年が舵輪を動かすと帆船は静かに空へと浮かんでいった。
女性は優しく少女の肩を抱いて聞いてきた。
その手は顔の美しさとは違い、ゴツゴツとふしくれだっており、しなやかさとは程遠い生活の痕を感じさせた。
「どうして泣いていたの?」
少女は答えられなかった。
答えられなかったというより言葉にできなかったのだ。
自分の現在と将来の不安、それらを言葉にすることは難しく、それを言葉にできないことも恥ずべきことと思ってしまったからだ。
「黙っていてはわからんだろ!」
上司の言葉が少女の頭の中にリフレインしてきて、少女は俯いてしまった。
操舵手の少年が微かに振り向き、俯いた少女に目線を送っていた。
黙って俯くままの少女を女性は優しくそして力強く抱きしめ、ふしくれだった手で頭を撫でていった。
「私はね、あなたと同じ目をした女性を知っているわ。それは遠い遠い昔のお話。少し聞いてくれるかしら」
女性の優しい声と眼差しに少女は頷いた。
少女の頷きに女性は静かに語り始めた。




