夢を叶えるゾウ
「ほな、そのままファミレスで飯食って帰った、と?」
翌日、ことの次第を報告すると、明石さんは信じられないと言った表情で聞き返した。俺が、それにはい、と答えると彼女は肩を落とし、盛大にため息をついた。
「……情けない、神戸やったら、もっとええ店あるやろに。」
「……一体何を嘆いてるんですか。」
相変わらず何が言いたいかさっぱりわからないがどうも不満らしい。
隣の席の南さんはむしろ感心したような顔でこちらを覗き込む。
「昨日はすごい雨だったのによく帰ってこれましたね。」
「いやぁ、それが雨で電車が止まっちゃって、結局タクシーで帰る羽目になりましたよ。危うく帰れなくなるところでした。お互い家が近くて助かりましたよ。」
「ああ、なるほど……。」
俺の答えに、どこか目を泳がせながらうなづく南さん。なんとも微妙な空気に俺は首を傾げた。
「……何かあったんですか?」
「いや、むしろ何もないというか……結局、彼女の縁結びは何も進んでないんですよね?」
「いや、さっきも言った通り、神戸で稚日女尊様にしっかりお願いして了承いただきましたよ?縁結びの神様が任せておけっていうんだから。あとはご利益があるのを待つだけじゃないんですか?」
俺の言葉に明石さんと南さんは顔を見合わせ、なんとも渋い顔をする。
「いやいや、何が気に入らないんですか?」
困惑して問いただす俺、二柱の神々はそれにさらに腕組みしてため息をついた。
「なんちゅうたらええのか……。」
「なんて言ったら良いのか……。」
なんとも人間に言いづらいことでもあるのだろうか?
戸惑う俺に悩む神々。
その空気を打ち払ったのは、向かいの席でずっと沈黙していた与根倉さんだった。
「……生駒の山に、強力な神様がいる。」
その言葉に、明石さんと楠さんはギョッとなって与根倉さんの方に向き直った。
「いや、あの神さんはなぁ……。」
「確かに強力無比なんですけどねぇ。」
何やら不穏な事をいいながらものすごく迷う神々。
もうなんだかかすごく嫌な予感がしてきた。
俺はしばらく躊躇ったのち。神々に恐る恐る尋ねることにした。
「あの、その神様はどういう神様なんでしょうか?」
俺の言葉に、無言でこちらを見る三柱の神々。明石さんは一度何か言おうとして言葉を飲み込み。コンマ数秒考えた後で俺の肩を叩いて笑顔で俺に指示を出した。
「榊くん、そういうことやったら一度会うてみようか。なに、ちょっと口は悪いけど、なんでも願いを叶えてくれるええ神様や。明日朝イチで彼女連れて一緒に行っておいで。」
絶対何かロクでもないことがある。
これは俺の霊能力なのかどうかはわからなかったが。結局俺はまた岩永さんに連絡を入れる羽目になってしまった。
そんなわけで朝早く、俺たちは生駒山を登るケーブルカーに乗っていた。
なんでも午後は留守にする神様なので午前中が良いとのことである。
それにしても……。
「誘っておいてアレなんですが、よく毎度来てくれますね。」
流石に声に出して隣に座る岩永さんに疑問を投げかけた。
明石さんはああ言ってはいるものの、今日はさすがに一人で行こうと思っていたら、帰り道にバッタリ出会い、この通りである。
こんな怪しげなツアーによくも朝から来てくれるものである。
「ええ、父がこの上で売っている金山寺味噌を買ってきてくれと。」
「……毎度そんなお使いしているんですか?」
一度や二度ならわかるがこの短期間に三度目なのはもう何か異常なものを感じる。
近くのスーパーから買ってこいというならまだしも、場所まで指定するやり方は余程のこだわりでもあるのだろうか。
彼女は俺の問いにさもありなん。と言いたげにうなづいた。
「なんでも、夢枕に神様が出てきてお告げをするそうなんですよ。私も話半分に聞いていたんですが、毎回ちょうどお誘いを受けるので、不思議な縁ですよね。今日なんか、職場が工事で急に休みになって……。なんだか本当に神様に行けって言われているみたいですよね。」
「……ええ、確かに。」
俺はおおよそのカラクリを察して天を仰いだ。
多分、というか間違いなくウチの神々の仕業だ。
これは完全に「やって」いる。
援護をするのはありがたいが、やり方がワンパターンかつ、強引過ぎる。
もう少し他にやり方ないのか?
そもそも、こちらに何も言わずにやられたら連携の取りようがない。お告げを真面目に取り合わなかったらどうするつもりだったのやら。
何か人間の俺には言えない事情があるらしい。
俺は神々の「縁の繋ぎ方」がどういうもの解ってきたような気がしてきた。
そして同時に、今からいく神様に何をお願いしたものかと頭を抱える。
今までやることはやってきた。明石さんたちは一体何が足りないと言いたいのだろうか?
そこが解らないではお願いのしようもない。
今日会う神様にその点をちゃんと相談できないものだろうか?
一体神様にどんな形で縁を繋いで貰えば良いのか?彼女に相応しい相手を見つけてもらうためには何が足りないというのか?
俺は、本日の方針をなんとか固め勇気を出して神様に聞いてみることにした。
そしてその回答は、実にシンプルなものだった。
「アホか。」
紹介されてやってきた先にいた象の頭の神様は俺の問いに、呆れたように答えた。
どこかアジアンテイストな雰囲気の部屋の中で、その神様はよく言えば親しみやすい口調と態度でこちらを出迎えてくれていた。二対ある腕はある腕は御供物でもってきた大根を抱え、ある腕は困ったように自分の後頭部をポンポン叩く。
姿はインド的な神々しさはあるが仕草が中小企業のおっさんのそれであった。
「あのな、こんなにあれこれ色んな神さんの加護を受けとんのに、いまさらワシにどないせぇっちゅうねん。」
「そんなに加護があるんですか。」
「そらもう、贔屓の引き倒しやがな。これ以上やったらあんた、色々別のところに不都合出てくるで。」
タブレットを取り出し、何やらデータを見ながら象の神様は困った顔をする。
これだけの神様がそういうのだから、加護があるのは間違いないのだろう。
「やっぱり、結果を急ぎすぎですかね。それだけ加護があるならあれこれ干渉しないで、しばらく様子を見ておけば大丈夫って事ですかね?」
俺の言葉に、象の神様は明石さんたちと同じく、なんと言って良いのか、と言った面持ちでため息をついた。
そしてしばし考えたのち諭すように口をひらく。
「あのな、兄ちゃん。足元に黄金が転がってたかって、それが黄金と気づかんかったらそのまま素通りするやろ?」
「まぁ、確かに。」
「神の加護もおんなじや。ワシらがなんぼ縁を繋いでやったところで、人間の側がそれを幸運とも思わず。それに勇気を出して手を出さなんだらなーんも何も生まれん。こればっかりは人間の側の捉え方や。」
なるほど、先日明石さんが言っていた話だ。霊的にできることというのは本当にもうないのだろう。
「つまり、あとは彼女が行動を起こさないといけない、と?」
「ま、人間の側。と、しておこうか。ワシら神々を信じとろうが信じとるまいが、幸運に気づく奴はチャンスを掴むし。気づかんやつは死ぬまで気づかん。あとはそこに手を出せるかどうかの勇気やな。自分がなーんもせんといて、神頼みばっかりしとったら、チャンスは一生掴まれへんで?」
神様にそれを言われるのも奇妙な話だが。まぁ、その辺りが神々の限界ということだろうか。神々はチャンスはくれるが、掴むのは人間ということだろう。
色々謎が解けた。
少しスッキリした俺に像の神様はこちらに顔を近づけると、こちらを値踏みするかのように睨みつける。なにしろ顔が象なので迫力がすごい。
「……それとな、ワシも頼まれたからには仕事はするけどやな。さっきも言った通り神の加護に気づかん奴をかまってやるほどワシらは暇やないねん。こんだけ強力な加護を受けて気づかんようやったら、色々副作用が出るから気ぃ付けや。」
「……はい。」
最後に励ましてるのか脅してるのか解らない言葉を残し、象の神様は俺にお守りを手渡し、そして姿を消した。
幸せは歩いてこない
神頼みもやりすぎは毒
ならば今度はどうするの?
勇気を出して踏み出せば
そこにはゴールがあるのかな?
はてさてどうする榊君
続きは次回のお楽しみ