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管理人(代理)も憂鬱

「……なるほど、不動産の見回りですか、大変ですね。」

 数分後、俺はなんとか彼女をいいくるめて、どうにか管理人室でペットボトルのお茶をいただいていた。

女性の名前は岩永咲耶。

このマンションの管理人ということだった。

 人間相手に神だのモノノ怪だのという話をするのがややこしいのでこういう時は不動産関係者と名乗るようにしている。

 今どきパソコンでもホームセンターで作れる名刺を作っておくと、こういう時には役に立つ。なにしろ現実社会の身分は無職なので、何をやるにしても面倒ごとが多いのである。なにしろ普通の人間が出入りしない場所にも入ることがあるので不審者と見られてしまいかねない。

 いや、本来は一般常識的には普通に不審者なんだが。

 彼女も名刺を見せて不動産の見回りですと話してあっさり納得してもらえた。

 ごまかしついでに何かお困りごとは?と聞いたらちょうど良かったと言われて、なんと管理人室に通してくれた。

 手狭な管理人室には無愛想な事務机に乱雑に積み重ねられた書類、棚にはペットのトカゲがゲージで飼われている。

 ぱっと見た印象ではおよそ女性が管理人をやっているとは思えない光景だった。

 俺はそんな手狭な部屋の中、パイプ椅子に座っている。

 警察沙汰にならなかったのはありがたかったが、本来の仕事は進められぬままである。なんとも遠回りになっているのだが、行きがかり上致し方ない。

 ひとまずは不動産相談でも聞いてみるか。

 俺は出されたお茶を飲むと、なんだか妙に若い管理人の女性に言葉をかけた。

「で、ちょうど良かった。とおっしゃっていましたが何か困りごとが?」

 その言葉に彼女は少し曇った顔でうなづいた。

「……実は、このマンション。昔から私の家が地主でして、このマンションも父が管理していたのですが。先日父が急な事故で入院しまして……。」

「では、貴方が管理人というのも?」

「ええ、急なことでとりあえず一人娘の私が……。でも私何がなんだかわからなくて。」

 ああなるほど、なんとなく状況が見えてきた。

 道理で管理人を名乗るわりには若いはずだ。先ほど冷蔵庫からお茶を出すのもなんとも不慣れな感じだった。

 と、なると依頼内容もそれに関するものなのかな?

 俺はあれこれ考えながらお茶を口にする。

「私、普段は書店で働いているのですが、管理人と言っても手続きやら法律やら何が何だか……。こういうのって不動産会社の方でどうにかなりませんか?」

 俺は考え込んだ。もちろん、管理会社を紹介するつてが思いつかないのもあるのだが、割とこれは放置しておけない話だった。

 後継者問題。

 ここのところよくある話だ。ろくに引き継ぎもなしに代表者が代わり、業務が無茶苦茶なまま事業継続が不可能になる。親子で別の仕事をして、部下を雇う余裕がなければ尚更のことだ。社長は簡単に変わりは見つからない。専門的な知識が必要な業種なら尚更だ。

 結果どこかの会社にお金を払って管理してもらうことになるのだが。必然そういうところは管理が事務的になり、守神の力が弱まっていらぬ「モノ」が入り込んでくる隙になってしまうこともあるのである。

 ある種それは霊的にも小さくない影響がある話だった。

「どなたか親戚の方なり手伝ってくれる方は?」

「親類がいないこともないのですが、みんな遠方に散っていてそれなりに生活もあるのでなかなか……父には早く結婚しろと言われているのですが、そんなこと急に言われても今の仕事に出会いなんかないですし……。」

 まぁ、お父さんの言うことも分かる。

 確かに、どこの誰かもわからない人間を雇ったり、手数料を払って管理会社に投げるくらいなら誰か手の空いている家族がいるのが一番話が早い。

 だが、家同士がお見合いで結婚相手を決めていた時代ならまだしも、今や自由恋愛の時代だ。

 どこもかしこも共働きしている現代、そんな簡単に結婚相手なんか見つからない。それこそ焦って何処の馬の骨ともつかない人間を引き込んだらあとが大変である。

 ましてや、目の前にいる女性は、言ってしまえば地味で内気な人間だ。いきなりお相手を探すのは無理だし、マンションなんて資産をぶら下げていたらもはや危険ですらある。 

 こう考えると封建的な「お見合い」という制度も意味のある風習だったんだなと思えてきた。昔の人はこうやって家を守って、内気な人に救済を与えてきたという見方もできるのだろう。

 そりゃ、神々も縁結びで四苦八苦するはずだ。

 俺は先ほどの神々の様子を思い出し、なにか納得がいった気がした。

「ひとまず。管理に関しては持ち帰って調べてみます。まずは簡単な資料かなにかありませんか?」

 兎にも角にも、今自分は不動産関係者としてここにいるわけだし、それっぽい提案をしておかなければならない。ましてや、この女性の結婚相手を探すわけにもいかないので、俺はそれなりに現実的な提案をした。

 まぁ、今のところはここに出入りする理由になるか。

 俺は未だ接触できない「依頼主」の事を考え口実を作ることにした。

 いざとなれば最悪ネットで調べればそれなりのものが見つかるだろう。

 俺の提案に、彼女は住居にしているという部屋に資料があるということで、上の階に上がっていった。

 考えようによっては人の良い女性なのだろう。

 俺はなんだか重要そうな書類や、開いたままのキーボックスにぶら下がるマスターキーを眺められる管理人室に一人取り残される状況にそう思うことにした。

 確かにこと手の仕事には手慣れていないようである。


 そして、この声は彼女の足音が聞こえくなったと同時に聞こえてきた。


「話は聞いたとおりだ。」

「……!」

 背後から声が聞こえたので俺は思わず振り返って身構えた。

 振り向くとそこにはアクリルケースの中の白いトカゲが巣穴らしきものからこちらを見ていた。

「……ええと、もしかしてトカゲの神様?」

「ヤモリだ。」

「……失礼しました。」

 なるほど、「家守」と言われるだけあってヤモリは家や屋敷の守り神になっている場合がある。今回の依頼主は彼(?)だったというわけである。

 まさか管理人室のペットになっているとは思いもよらなかった。

どうりで見つからないわけである。

それにしても……。

「なんでまた。ペットに憑依してるんです?」

「霊威が衰えて、なかなかに存在が虚でな。依代としてこれが一番しっくりくるのだ。面倒を見てもらえ暖房もあるし、食べ物にも事欠かないしな。」

 ちゃんと神様らしく喋ったかと思うと、時折動物らしい仕草を見せる。

なんかバラエティの無理やりアフレコされた動物映像みたいだが、ケースの中とはいえ衰えた彼にはこれでも快適であるらしい。

「じゃぁ、依頼主というのも?」

「そうだ。時期に彼女が戻ってくる。まぁ、手短に行こう。」

「はぁ。」

 まるでスパイが指示を受けているようだが、なにしろ相手はトカゲ……もといヤモリだ、見ようによってはなんとも間抜けな光景である。

「私は長らくこの家を守ってきたのだが、そこを守る人間側の営みが途絶えつつあり、「家」そのものが遠方に散り、消えつつある。これでは私の霊威は衰え、よからぬものの侵入を許してしまうのだ。大企業に委託するようなことになれば、それは大きく進んでしまうだろう。岩永家はこの土地に根ざしており私はその守り神なのだ。結果、彼女の父に降りかかる厄を防ぐこともできなかった。」

 確かに、「家」という概念が薄弱になった現代。ヤモリ様のような家の守り神は信仰の対象になることもなく、細々と自分の縄張りを守らなくてはならなくなる。これは、霊的な力を補給せずに都会に渦巻くよろしくない「モノ」を押し留める事を意味する。

 言ってみれば、人のいい管理人の善行の力で住人が連れてくる様々な穢れの力を押し留めているようなものだ。もはや守り切るのも限界なのだろう。

 これが管理会社の雇われ管理人になるとどうなるかははっきり言って賭けである。

 かえって穢れを入れてしまう人が来てしまう場合もあるし、他の守り神を連れて来られる場合もある。

 とにかくヤモリ様の霊威は文字通り風前の灯火なのである。

「では、今回の相談というのは?」

「彼女、岩永咲夜の家族を増やして欲しいのだ。」

「はぁ?」

 そういう話?

 俺は先ほどの彼女の話とヤモリ様の話がようやくつながり、納得するというより天を仰いだ。こいつは不動産管理会社を探すより難しい。

 俺は確認のため、たっぷり深呼吸してからヤモリ様に再度確認した。

「ええっと。つまり、その、結婚相手を探して欲しい、と?」

「そう、家が繁栄し、私を祀って貰えば霊威が増す。彼女にとっても、この家にとってもそれが一番良い方法なのだ。まぁそういうことで、よろしく頼む。」

「いやいや、頼むってそんな急に言われても……。」

 と、反論したのだが、その直後、咲夜が上階から戻ってきてしまった。

 飼育ケースを覗き込む俺の姿に彼女は、

「ヤモリ、好きなんですか?」

 と嬉しそうに声をかける。それに、俺は

「ええ、まぁ、珍しくて……。」

 と取り繕うことしかできなかった。

 ヤモリ様はそれっきりは普通のヤモリになって一言も発しなくなった。それが彼女が戻ってくるのを察したからなのか、単に霊威が衰えたせいなのかは、とうとうわからずじまいだった。



 結局その後、よくわかっていない彼女から管理業務の概要の要望と、ペットとしてヤモリを飼うことの良さを説明されたわけだが。俺は彼女に相応しい結婚相手をどう探すのかで頭が一杯だった。

 流石に今日会ったばかりの女性がいい結婚相手を見つける方法など、あったらこっちが聞きたいくらいだ。最終的に人間の相手がいなきゃ解決はしないが、流石に人間である俺の手に余る。


 となると、やはり神頼みか。


 帰り道、缶コーヒーを飲みながら出た結論は、意外にシンプルなものだった。


家族は散り、家は消える

今時じゃないと言うけれど

守り神は困ってる。

とはいえお相手探してよとは

榊君には荷が重い

こうなりゃやることただ一つ

誠心誠意、神頼み

縁結びってどうするの?

続きは次回のお楽しみ

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