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神々の憂鬱

俺の職場、「弘田土地管理」は普通の人間には見えないようだが、大阪の電気街のはずれに文字通り人知れず存在している。

ガラス引き戸に物件情報を張りまくった木造平屋建てのその建物は、土地神が運営する。神々が商売相手の会社だった。

 人間としてこの会社で働くことになってから幾年月、俺もいい加減この仕事に慣れて来て、この神々のトラブル事を聞いて回る仕事をそれなりにこなし続けている。

 思えばある意味人間離れしたこの仕事を良くやっているものだと思う。

アッチの世界のモノを見る事ができるというだけでやるには、結構なハードワークである。

世間一般で言う霊能者という人たちより実ははるかに高度な事をしているのではなかろうか。

 そう思う事もしばしばだが、こうやってほとんど同僚として神々の声‥‥というか愚痴を聞いているとどうにもそうは思えないのが不思議である。

 今日も今日とて、俺の上司、稲荷明神である明石さん、南さん、与根倉さんの三柱の神々が何やら書類らしき物を机に広げて、腕組みして悩んでいる声が聞こえる。

「あー、相変わらず出生率伸びへんなぁ。」

 そう言ったのは明石さん。昨日の巫女服とは違い、いつもの事務員のいでたちである。昨日のお仕事はどうやら少子化対策の一環でもあったらしい。

「昔に比べて人口は多いんですけどねぇ。お年寄りが増えていくこの状況はちょっと‥‥このままだと減る一方ですねえ。」

 そう言ったのは南さん、アニメやサブカルが専門のせいか、狐の耳と尻尾は同じだが、どことなく幼く、マスコットキャラのような外見をしている。こう見えてほかの二柱の神々に比べればまだまじめな方……と勝手に思っている。

「少子化、回復の見込みなし。」

 最後にぼそりと言ったのは与根倉さん。話は聞いているようだがいつも無口で無表情。割とつかみどころのない神である。

 絵面こそ、営業成績に悩む会社員のそれだが、会話の中身が我々人間には次元の高すぎる話をしている。まるで政治の話みたいに聞こえるが、

「ここはやはり、できちゃった婚で縁を繋ぐ。」

「また、あの方法やりますか。」

「あれはなぁ、数字上げるにはええけど、しくじったら後が面倒やからなぁ。」

 後半の会話がもはや強引に数字を上げようとするセールスマンのそれである。

 そんな感じでできちゃった婚させられているのか。

 授かり婚とはよくいうが、神々がこういう話をしているのは見たくなかった。

 俺はそんな高次元な会話を聴こえないふりをしていた。

 触らぬ神に祟りなし。

 だいたいこういう会話に首を突っ込むとろくなことはない。

 土地神との交渉ならいい加減慣れてきたが人口問題など明らかに領分を超えている。

 そもそも人間にどうこうできる話でないことばかりだし、今までやってきた仕事はそのできないことを人間の立場でなんとかしようとするようなことばかりだからだ。

 要するに、仕事を増やすだけだ。

 くわばらくわばら。

 そんなことを考えながら昨日の仕事の日報を入力していると、ポンと肩を叩かれた。ふりむくと満面の笑みで明石さんがこちらを見ていた。

「榊くん。ちょっとええかな。」


 来たよ。


 振り向くと満面の笑みでこちらを見つめる神々。

 俺はそれを見て、どうやら厄介な仕事がまた舞い込んできたことを感じ、大きくため息をついた。

「いったい今度はなんなんですか?」

 いったい少子化に対して自分に何ができるというのか。俺は呆れた顔でそれに答えた。

 それに神々は不気味なほどの笑顔でこちらを見ていた。どうやら先ほどまでの問題を何か解決する方法でも思いついたらしい

「榊くん独身やったよね?結婚して、子供作ってくれへん?」

「はぁ?」


 想像以上に直球な解決方法だった。


 確かに間違っていないし、この場では俺にしかできない。

 俺はあまりのことに二の句が告げず文字通り絶句していたのだが、明石さんはにこやかに話を進める。

「ちゃんと神社に来てくれる人たちを増やすのはあたしら神々の至上命題なんよ。この点、榊くんはうちら神々の声が聞ける貴重な血統なんよね。」

「意外な盲点でしたね、こんな貴重な人間が近くで独身でいたなんて。」

「子供、たくさん作って。」

 期待に膨らむ顔で南さんも与根倉さんこちらを見ているわけだが、やはり次元が高すぎる。そもそも結婚なんぞ、やってくださいと言われて今日明日にできるものではない。

「安心して、うちらにかかれば相手なんかすぐやがな。ちゃんと良縁を繋いであげるから。」

 なんかすごいこと言い出した。

 神の加護といえば聞こえはいいが、確かにそれならなんとかなるかもしれない。しかし向こうから良縁を紹介しようとする神を見ることになろうとは。

 やっていることは近所の世話焼きおばさんだが、何せ神々の言うことだ。

 そもそも少子化対策に協力しろという裏の事情も見えているのがなんとも。

 だが、そんな私の様子もお構いなしに神々は何やら書類を囲んで盛り上がり出している。

「この子どうですか?今は独り身ですけど土地持ちですよ。ご両親も信心深いし。」

「母父も良血。」

「えー?でももうちょっと丈夫な多産傾向の血統の方が……。」

「いや、俺は種馬か。」

 人の相手をまるで競走馬みたいに決めようとする神々。

 いや、彼女たちにしてみれば馬も人も変わらないのだろうが。

「いやいや、今結婚なんて考えられませんよ。勝手に話を進めないでください!」

 なにしろはいと言ったら本当に実現するあたり、近所の世話焼きおばさんよりタチが悪い。

 俺はこの手の話の打ち切りを宣言したが、神々は不満げである

「えー?何が不満やの?うちらがつなぐ縁やから良縁間違いなしやで?」

「いや、さっき、そうでもないみたいな話してませんでした?」

 俺の言葉にギクリとする明石さん。

 当たり前だ、成績を上げるために無茶なことをすれば大体やることが雑になる。目の前でそんな相談をした流れでコレだ、気をつけないとそれこそ腐れ縁を押し付けられかねない。

 そんな俺の言葉に明石さんは拗ねたように抗弁し始める。

「……そりゃ、なんぼうちら頑張っても、当人が努力せんかったら。ほんまに良縁にはならへんけどやな。一回試しに結婚してみたかてええやん?一人子供作って気が合わんかったらその時はその時やし。」


 ものすごく雑にとんでもないこと言ってる。


 もう少し言い方ないのかよ、と言いたくなるほどの言い草である。裏の魂胆を隠す気がないのがもうなんと言っていいやら。

「とにかく、そんな安い雑貨を買うような感覚で見たこともない人と結婚させないでくださいよ。こっちも自分の人生設計くらいゆっくりさせてほしいですから。」

「ほな、一回顔合わせたらええ?」

「……だからどうしてそうやって辻褄合わせから先にしようとするんですか!」

 ああ言えばこう言う神に必死抗弁する俺。流石に人生がかかっている話だ、ノリと勢いで返事してしまったら選択の余地がなくなってしまう。

他の人間もこんな流れで運命を決められているのかと思うとゾッとする。

 いや、それが普通なのだろうが、知らなくていいものを知ってしまうとこうも言いたくなる。

そんな平行線ともいえる会話に割って入ってきたのは、今まで沈黙していた社長だった。

「まぁ、自分の縁の話を目の前でされたら。榊くんも困るやろ。そこはわしらの領分なんやからそっとしておき。榊くんには榊くんの仕事があるんやから。」

 社長はそういうと太い台帳らしきものを閉じ、メモを掲げる。

「と、いうわけで、榊くん仕事や。」

 俺は社長に促されメモをとりに社長の席に向かった。

 そこには俺の近所のとあるマンションの住所だった。



神様も、信者いなけりゃ困っちゃう。

産めよ増やせよ言うけれど

そう簡単にはいきません。

さて、今回のお仕事は?

続きは次回のお楽しみ

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