ハレの日は神様も大変
神が合わせられたものを、人は離してはならない
新約聖書 マタイによる福音書 19章6節
6月吉日。
誰が言い出したか知らないがジューンブライドのこの季節。
本日も大阪のホテルで一組のカップルがささやかながら結婚式を挙げようとしていた。
梅雨の時期だというのに本日は朗らかな晴天。ホテルの中に押し込めるように作られた教会の中に着飾った親類縁者や友人たちが集まってくる。
まさに晴れの日。そんな中、俺はというと……。
そのホテル。
……の中の小さな会議室の中にいた。
会議場には鏡を中心に左右に御幣が立てられ、その周りにいくつものお酒の注がれた盃が並べられている。
常人が見ているだけでは手の込んだ神式の儀式のように見えるだろうがさにあらず。
神々と語ることのできる俺の目には「見えて」いた。
巫女服姿で狐の耳を生やした稲荷明神を挟んで本日式を挙げる両家の先祖霊たちが集まっているのである。
それはある意味霊的な結婚式の儀式であった。
俺の名は佐藤宏。
この業界では「榊」で名前が通っている。
仕事内容は土地管理……といえばまっとうな仕事に聞こえるかもしれないが、その実態は人ならざる「モノ」の声を聴き、霊的なトラブルの相談や解決を行う事である。
社長は土地神、上司はそこで式を取り仕切っているお稲荷さんという、ちょっと信じられない職場である。
本日はこの式に合わせてホテルの一室を借りたいということで、貴重な人間の人材である俺が駆り出されたというわけである。
「では両家代表、固めの杯を。」
俺が明石さんと呼ぶお稲荷さん―明石稲荷大明神-が厳かに言うと、両家の代表が互いに盃を交わす。
普段は獣耳と狐の尻尾を付けた家電販売員のような姿でいるのだが、本日は晴れの儀式ということもあり巫女服に化粧を施し、神々しいと表現してもよい品格を漂わせている。
こうしてみるとやはり神々しく。神なのだと思わされる。その点でも今日は特別な日と言えた。
……。
……それにしても、両家に漂うこの空気はいったい何だろう?
俺は両家の先祖霊たちが現れてからずっと違和感を感じていた。
めでたい儀式のはずなのに、漂うのはむしろ殺気に近い。
両家互いに睨み合い、一言も口を利かないし。今の固めの盃の儀式の際にはどこからかすすり泣く声が聞こえてきた。
何やら抗争中のヤクザの手打ちか、もしくは今から誰か切腹でもするのかというような殺伐とした空気である。上の階で子孫たちが幸せいっぱいなのとは大違いだ。
儀式を終えて酒宴が始まっても一向に険悪なままの両家の様子に、俺はたまらず明石さんを部屋の外に呼び出した。
「なんなんですか?この異様な空気は!」
両家に、そして一般人に聞こえないように声を潜めて言う俺。
あれだけ沢山先祖霊が集まっているのに険悪な空気のまま全く誰も話さないのだから気になって仕方がない。
明石さんはそれにさもありなん、という顔でうなづき、やはり子声で答えた。
「いやな、今結婚式してる二人はなーんも知らんのやけど、両家因縁深い家系でなぁ、お互い殺したり殺されたりを源平の頃から繰り返しとるんよ。」
「……千年前から?」
「せやねん、殺された恨みで何代かかけて子孫を導いて敵を討たせる。殺された方がさらにその復讐のためになーんも知らん子孫をけしかけての繰り返しでな。そこで睨み合ってる二人も、戊辰戦争で斬ったほうと斬られた方や。」
恐ろしい因果と怨念の連鎖である。
地縛霊が事故や自殺者を引き寄せるという話は聞いたことはあるが、それが代々子孫を通じて復讐を為そうとするとは。
よく気の合わないやつがクラスに一人はいたものだが、意外にそういう因縁があるのかもしれない。
代々の先祖霊に導かれ、本人たちが知らぬうちに復讐の連鎖が千年も続いていた。
こんなご先祖様が大集合すれば殺伐とするのも無理もない話だ。
「……よく結婚まで行けましたね。」
「こんだけ因縁のある一族同士や。そりゃ二人が会う確率も跳ね上がるし、お互い意識するようになったんやろ。ほんでまぁ、運命を感じたんやろなぁ。」
「……確かに運命ですね、それは。」
何たる皮肉。
遠く離れた二人が先祖の復讐の導きで出会い、お互いの運命を違う方向で意識するとは。
嫌いと好きは紙一重というが、何かのきっかけでこの辺を境界を越えてしまったのだろう。千年の因縁が今ここで決着しようとしているというわけだ。
「大変やったでー。肝心なところで渋滞になって時間間に合わんかったり。事故に遭って入院したり……。」
「……無茶苦茶妨害してたんですね。」
「障害が大きいほど、愛は燃えがるんもんやねんなぁ。勘違いでここまでこれたんやから大したもんやで。」
感心しているのか呆れているのかわからない口調で独白する明石さん。
おそらく本日結婚した二人にとってはさながらドラマのような愛と困難の日々だったに違いない。本日はまさに感動のゴールインの日だろう。
で、それを霊的にフォローする我々がいるのである。
俺は神としてそれを支える明石さんに頭が下がる思いだった。
だが、明石さんはホッとすることができないようだ。
彼女はため息を付くと、会場の様子をちらりと確認し、小声で話しを続ける。
「しかも、少子化の流れもあってお互い一族の最後の一人や。今日結婚することで山内家はゆくゆく消えることになる。もうどっちの姓にするかでまぁ、あれこれと……。」
「うわぁ……。」
聞いているだけで胃が痛くなる話だ。
言ってみればライバル会社に統廃合されるような形で千年の因縁を収めようというのである。本人たちは幸せいっぱいだが、ご先祖同士は歯ぎしりしている。
まさに知らぬが仏だ。
俺は先ほどの殺伐とした会場をのぞき込み、悲壮感すら漂うこの状況の深刻さをようやく理解した。倒産してライバル会社に吸収合併されるようなものだろう。いや、彼らの感覚では戦争に負けたくらいの屈辱だろう。受け入れる方もそんな相手と親戚とは呼びたくもあるまい。
「結局、歳が歳やし、本人同士の気持ちもあるし、両家が滅亡するのと和解するのとどっちがええのんか?……っちゅうてようやく納得してもらったんやけどな。」
「……あの様子じゃ。お互い腹に一物ある感じですよね……。」
「そうやろ?しかも、式は縁もゆかりもないキリスト様の前でやるねんで?こんなんいきなり割って入られてお互いを愛せよ、とかできると思う?」
「復讐するために存在してたみたいな人たちですもんね……。」
確かに。いかに強大な霊威を誇るキリスト様とはいえ、千年間の日本の怨念に割って入るのはなかなか場違いである。無理とは言わないが穏便にはいかないだろう。
なるほど、わざわざ俺を呼び出してご先祖を隔離するわけである。
「一応、二人に縁結びお願いされた手前、こっちも破談させるわけにはいかんしなぁ。ひとまず形は何とか整えたけど……宗教にこだわらんのはもう今の時代仕方ないけど、せめて墓参りくらいはお互いやってもらいたいもんやなぁ。」
明石さんの言葉にさすがに俺もため息をついた。
先祖霊に導かれて出会い、神社で願掛けをして、教会で結婚式を挙げているわけだ。
日本人のよくある話なのだが、裏で支えている側からみるとややこしいどころか訳が分からない。
「いい形で千年の怨念が決着できたと思うしかないですね。」
「これでまとまったらいいんやけどなぁ。」
俺たちが複雑な顔で天井を仰ぐと同時に、会場で盃の割れる音がする。
振り返ると会場では、時代劇でよく見る礼服を着た二人が立ち上がって睨み合っている。
「おのれ!もう一回言うて見よ!」
「おう、言うてやる!山内家は伊勢家の軍門に下るようなものよ。儂に斬られて復讐も果たせず。惨めなものよな!」
「裏切り者が何を言うか!不義を働いたくせに勝ち誇るとは、伊勢はやはり穢れた家よ!」
「貴様らもその中に入れてやろうというのだ。ありがたく思え!」
「貴様―!」
いうが早いか脇差を抜き、相手に切りかかる山内家の先祖霊。それに伊勢家の先祖霊が応戦し、助太刀が入り、乱闘が始まる。
予想通り過ぎる。
俺はあまりに当然の成り行きに、呆れてその光景を眺めていた。
普通の人間が見ても観測できる豪快なポルターガイスト現象が部屋の中で起きている。
御幣が吹き飛び盃が舞う。多分部屋を分けていなければ今頃教会の十字架が倒れるか、照明が落っこちるくらいはあっただろう。ここは先祖霊の皆様を隔離しておいて正解と言わざるをえない。
「あーあ。やっぱり始まったか。もうしゃぁない。こうなったらとことんやってもらお。榊君、他に類が及ばんよう結界張って。」
明石さんもやれやれといった顔で俺に指示を出す。それに俺はあらかじめ用意してあった縄を部屋の入り口に貼る作業を始める。
「いいんですか?止めなくて。」
「どうせ、元々死んでるんやから、なんぼ斬りあっても死なんわ。この際思う存分暴れまわってすっきりしてもらお。」
もう無茶苦茶だ。
俺はもはや反論する気を起こらず、やるせない顔で部屋の入り口に縄を張って結界を作る。
それでも結界を飛び越えて廊下に盃が飛んできた。まさに部屋の中は修羅場。こうなっては先祖代々の怨念が対消滅し、成仏することを祈るしかない。
遠くでは教会の鐘の音と拍手の音が聞こえる。
多分ブーケトスでも始まるのだろう。
「この結婚。うまくいくんかなぁ。」
福の神が言うのはどうなんだろう、という言葉を明石さんがつぶやくのを俺は聞き逃さなかった。
影ながら、平和を守る榊君
夫婦の仲も大事なお仕事。
さてさて、毎度おなじみ「ごっどぶれすゆー」
今回はどんなご依頼、騒動が?
神々とのご縁の話
始まり!始まり!