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第9話 狂気の不死鳥

 時は捕食霊と桜によってエタの身体が貫かれ、殺されたところまで遡る。


 *


「ここまでか……」


 すでに全身に数えきれない程の傷がついている。いくらか骨も折れており、手も足も気合いで動かしているに過ぎない。


 その上で、赤暗く光る桜の枝が背中から胸部にかけて自身の体内を貫いている。少なくとも肺と心臓に穴が空いた。


 鮮血と共に視界と身体の軸が後傾に倒れる。仰向けになった視界に不安な星雲が収まった。


 貫通部分が熱くなると同時に、指の先から冷えていくのが分かる。


 おぼろげな脳内で二つの感覚がぐちゃぐちゃに混ざる。


 熱い寒い熱い寒い熱い寒い熱い寒い熱い寒いーー。


 身体から、枝が引き抜かれるのが音と感覚で理解した。


 意識が朦朧としてくる。霊の絶叫もノイズにしか聞こえなくなる。ナイフを握る手も解けてきた。


 ……アイツは、スミレは凄え奴だ。俺の知らねえことばかり知っているのに、こんな精神異常な俺に大丈夫と声を掛けてくれる。私がついていると寄り添ってくれる。……アイツなら、大丈夫だ。このまま楽に死ねれば良いよな……。


 暗転する視界の端に満面の笑みで咲くスミレが映った。


 そうして、エタに悠久なる()が訪れた。





 パタリと動かなくなった対面の男を確認し、聞くに耐えない轟音で叫ぶは桜に取り憑いた捕食霊。


 彼らははるか昔、戦の戦火に遭った勇敢な巌咲の兵士達である。


 戦に抗えなかった無力感と飢えに苦しみながら死んだ絶望感が募り悪霊化、鎮めるために後世で植えられた桜に取り憑いてこの(からだ)を手に入れた。世界が幽霊に染められた後で幾重もの霊を捕食し続け、埋まることのない飢餓感と絶対的な戦力を備え上げたのであった。


 久しぶりに血肉がついた有機物が食える、とほくそ笑む。


 鋭く尖った枝で男の死屍を突き刺そうとしたとき、微かな音がしたのを聞き逃さなかった。何かが溶けるような異音が近くで鳴っているようである。


 しかし興奮している捕食霊は違和感に構わず、目の前の死体を刺突した、


 そのはずだった。


 桜の先端は男の頭蓋を貫通するどころか、血まみれの皮膚に触れるだけで止まったまま動かない。骨を砕く音も枝が弾かれる音もしない一切の無音で停止した。


 何度刺そうとしても、男の足を噛みちぎった霊の手管ですら、触れることはあっても攻撃が通る気配すら無かった。


 これには捕食霊は困惑した。


 そこらにいた者は全て食い尽くした。悪鬼のごとく暴食を疑うことはなかった。


 しかしながら現に今、自身の欲望を阻む死体一つを食い得ないでいる。


 この現実は如何様にも表せない屈辱感と、対面の理不尽に対する無力感を捕食霊に与えた。過去の戦争と同じような。


 次第に腐食音と共にボコボコと液体が沸騰するような音が鳴っていることを理解した。


 そしてその音源が、横たわった男の死体からのものと気づく。


 腕の一つが、自分以外の何かが一瞬動いたのを感じ取った。


 風は薙いでいる。天は依然怪しく光り、校舎は白い砂埃を被ったままだ。


 捕食霊は気のせいだと、自身に言い聞かせるような大音量の悲鳴をあげる。


「…………お……い……」


 うっすらと人の声が聞こえた。事切れそうなほどか細い声。声の持ち主は大地に伏したはずである。


 何かの間違いであると妄信し、先の声を掻き消すように絶叫する。


 その願いとは裏腹に、彼らにとっての非情な現実が組み上がっていく。


「残念だったな……お互い……」


 上体が起き上がり、徐に両手をついて立ち上がる。巨木の麓に、屈強で細身の身体が立ちはだかる。


 無愛想な笑みは間違いなく、さっきまでの死体であった。


「俺はあいにく、死ねないタチでね」


 眼前の事象を拒絶しきれない捕食霊に、エタは意地汚く舌を出してやった。


 寸前まで地に伏していた男の身体には傷一つついていない。折れていた左腕も枝が刺さった足も貫かれた胸まで、流血を止め、時間が遡及したように元通りになっていた。


 エタは手のひらを開閉しながら二三、歩む。愛用のサバイバルナイフにこびりつく血液を振り落とす。


「何が起きたか分かってねえようだな」


 捕食霊はいつの間にか絶叫を辞めていた。エタの声が響く中、神妙な空気が流れる。


 エタは布切れ同然の赤暗いローブを脱ぐ。いつ再び戦闘になっても良いように準備を整えるために、捕食霊の気を逸らさせる。


「俺の身体は再生するんだ、()()()()にな」


「身体の生命活動が停止した時に損傷、欠損、機能の低下などの身体の異常を完全に治す、完全再生能力だ」


 人間の言葉を理解しているか判断しかねるが、少なからず捕食霊の動きは止まっている。説明している間に、上裸裸足になり穴だらけのズボンの腰には複数のナイフを携える状態に至った。身軽に動きつつ、攻撃の補充が可能になった。


「オラァ、どうした! 第二ラウンドといこうぜ!」


 動揺が止まらない捕食霊に向かってナイフ片手に駆ける。


 反応が遅れた霊の腕を2本落とし、樹冠にも僅かな切り込みを入れる。


 攻撃の追手を防ぐべく、エタはすっかり穴も塞がった胸を大樹に向ける。


 見上げた空に光を反射したような鈍い煌めきが点在した。銀色の光沢、擦れた金属音、目に余る錆と刃こぼれ。


 一体どこから取り出したのか、捕食霊の手の先には包丁やナイフ、カッターナイフ、注射針などの金属製の凶器が握られいた。


 雑に見渡しても20はありそうな量。


 散策した校内に刃物の類が無かったことを思い出す。


「……学校から取ったのかあ!?」


 捕食霊は右手と左手から一本ずつコンパスと出刃包丁を投げる。


 エタは右に避けながら腹部に飛んできた彫刻刀を手持ちのナイフを投擲して弾く。降りかかる腕を掻い潜り、腰のナイフを2本階段状に幹に突き刺す。刺したナイフを足場に樹幹を一気に駆け上がる。


 素早く動くエタに釣られて桜の心が上下左右に踊る。高く跳んだ身体に回る気流、散っては積もる花びらは舞い上がりーー、


 上を獲った。


 桃色の花が集中している桜の樹冠から垂直に力強く愛器を振り下ろす。


 ガリガリガリッ! と勢いよく樹皮に刃が刻まれる。


 芯とまではいかないまでも、少なからず辺材までは届いただろう。


 傷口からほのかに甘い香りが鼻をくすぐるのがいい証拠だ。


 しばらく黙っていた捕食霊が再び轟音で叫ぶ。


 相も変らずビリビリするような空気だが、死ぬ前より怖気が走る威圧感が軽減されている気がする。


 根上がりに着地し、追撃を見定めるために、一度桜から距離をとる。


 このままヒットアンドアウェイを繰り返していけばいつかは――。


 突然、視界が天を仰ぐ。


 脳に強烈な刺激が撃ち込まれ、身体は頭部に傾倒するようにばたりと仰向けになる。


 ――いったい何が起きた?


 そう考えるのも束の間、ダアン!! という発砲音が反響する。


 刺激の元を指で探ると、どうやら銃か何かに撃たれたようだった。


 額に穴が空いている。


「マジか……」


 視界が血の色に染まる。切り込んだ際に溢れた桜の香りのせいで、火薬の匂いに気づけなかった。


 クソが、と心の中で舌打ちしながら、エタは事切れてしまった。


 10万5043回目の悠久が訪れる。


 昂揚する捕食霊は、右腕と左腕を2本ずつ使って動かす大きな火縄銃を上に向ける。銃口からはまだ硝煙が立ち込めている。


 今度こそ殺ってやったと、唸り声を上げるが、すぐに止んでしまった。


「そうだよな……やっぱ戦いは()()でないとなぁ……!!」

 

 前回の死より蘇生が早い。捕食霊はまた困惑に陥り絶叫する。


「俺の完全再生は死ぬときの致命レベルで復活までの時間が決まんだ。銃弾1発なんかじゃすぐに戻れんだ。てめえの手の内も教えろよ、おもしれーんだからさあ!!」


 捕食霊は大地に立つ不可解な男を殺しきれず、ただ戦慄する。対照的にエタはぞくぞくする感情の昂ぶりに支配される。


「まだ始まったばっかだろ? もっと俺と殺りあおうぜ!!」


 果敢か蛮勇か、はたまた狂気か。エタは己の身一つで向かっていった。

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