第24話 孤独の妄執
アンリはスミレに興味を持った。彼女は、ユウキュウを変える何かを持っている。それは、少なからず特別なものであり、自分を普通に戻してくれるピースであると考えて自身のトンボを遣わせ、彼らを監視し跡をつけた。現状の知識共有を建前に二人に近づき、真の目的を隠しながらスミレを攫う。暴力的で粗雑なエタより自分を選んでくれるだろうと目算したが、目途が甘かったようだ。
ここで時間は元の軸に戻る。
断られたアンリは傍から見れば動揺しているようには見えなかった。断られることは織り込み済みである様に続けざまに口を開いた。
「仕方ないわね、実力行使よ」
翼と成っているトンボの群集はさらに高く飛ぼうと赤みがかっている空をあおいだ。
高度を稼がれるとマズイと直感したエタは、脚の膂力を解放しアンリに跳びかかろうとする。
「させるかよ――」
「なぁんちゃって」
高く跳ぼうとしゃがんだエタに、アンリはスミレを盾にしながら逆に突っ込んでくる。完全に初動をつぶされたエタは不安定なままアンリに突っ込むが、避けることも攻撃することもできず正中線を大鎌の刃線でぶった切られた。
「スミレ、彼と一緒に旅をした期間はどれぐらいかしら?」
スミレは真っ二つにされたエタを憂患しながら、彼との旅路を思い返した。タチバナの木からエタにもう一度殺されかけたのが5日。そこから巖咲に向かうまでが10日くらい? 捕食霊と戦って再会してからジェシーまでが3ヶ月ぐらい? そこからアンリと会って2週間ほど歩いたから、4ヶ月? 思ったより短い時間だと思う。
「多分4カ月くらいです」
アンリはそれを聞いて、現在死へと向かっているエタに宣戦布告を申し立てた。
「ユウキュウ、鬼ごっこをしましょう。4ヶ月以内にスミレにタッチすればあなたの勝ちよ。私が勝てば彼女をもらうわ。あんたが勝った時は、そうねえ……ま、その時考えてあげるから」
勝手なことを宣いやがって、とエタは刻まれた激痛に耐えながら恨み節を吐いた。両断された胴体はいつものようにか細い異音を鳴らさないまま血を垂れ流し続けている。どうやら彼女の大鎌には毒が塗ってあったようで、再生を遅らせる要因であった。
「身体は死んでいるのに意識があるのはつらいでしょう? 刃金に腐食効果のアバズレダケと催眠、疼痛、吐き気を伴うムカデユリの合成毒を塗ったから、1ヶ月ぐらいはそのまんまなんじゃない?」
クソが……と言葉にならない憎悪を漏らしながら、エタは身体の再生を待つ羽目になった。
「4ヶ月ってどうやって知るんですか」
「ざっくり体内時計よ。その間スミレには私の手伝いをしてもらうわ。言っとくけど、拒否権は無いわよ」
「分かりました。何をするんですか」
「それはここじゃ言えない。じゃあね、能無しの霊媒師さん」
そう言い捨てたアンリは未だ死ねない姿態を見下ろしながら、暁の色の空に溶けていった。
仰向けのままおよそ1ヶ月、正しくは斬られて28日と16時間34分28秒05が06になる境に元通りとなった上体を起こした。巖咲の幽霊に縫って直してもらった黒いローブが真っ二つになってしまった。もともとローブというほど長くもなかったが、着心地がよかったのだ。流石に口惜しいと、エタが考えているとスミレがいないことに気が付く。
「ああ」
思い出した。アンリがスミレを攫って行ったのだった。たしか時間制限は4ヶ月? かそこらだったと思う。生き返るまでに要した時間がだいたい1ヶ月だから、残り時間は3ヶ月ぐらいだろうと当たりをつけた。武器も欠損したものを除けばすべて揃っている。大振りの包丁1本、小ぶりのナイフ2本、鹵獲から一回も使っていないシャベル。エタはさらに思案した。これからやるべきこと。3ヶ月以内にスミレにタッチするということは、時間内にアンリを探さなければいけないということだ。この広い世界から一人で探し出さねばならない。一人で?
一人。気づいてみれば一人になっている。巖咲の時とは違う完全なる一人。そこではスミレを待っていた。しかし、今はその責務を投げ捨てて再び一人で幽霊を殺す旅に出ることだってできる。ふと赤みがかった空を見上げると孤独の妄執が襲い掛かってきた。あの時と同じ、孤独にすり切れた修羅となり果てたときの――。あの時は戦っている方がはるかに楽だった。その時だけは孤独を忘れることができたから。あまたの幽霊を殺していくうちに罪悪感は快感へ成り代わっていた。魂が喘ぐ声もアドレナリンを加速させるアクセルにすぎなかった。大戦の真実は自身を突き動かす灯と変わらなかった。
ただ、いつになっても孤独だけは呪いの様に染みついていた。
また、あの時と同じ孤独――。
彼は再度仰向けになって目を瞑った。
そのまま90日が過ぎた。




