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第22話 返霊事変

「あなたたちは、『返霊事変』って知っている?」


 紅き月光が影を射す。風がビュウと鳴るが、辺りは何も変わらない。胸の中の気持ち悪さを残して。


 スミレは、居心地の悪さを感じてエタの顔色をうかがう。それは、とても涼風を浴びる表情ではなかった。まるで、ぬるく湿ったい風が鬼門を抜けていくような感じがした。


「…………聞いたことがねえな」


 張り詰めた沈黙を破ったのは、エタの唾棄であった。言葉の真意は読み取ることができない。


「あら、本当? あなたには前に話したと思うんだけど、まあいいわ」


 アンリは再び深呼吸をし、顔を上げて話し始めた。


「科学大陸と魔術大陸の争いが佳境に入ったとき、そのどちらでもない一つの勢力の計画が動き出した。ENOが『返霊計画(プラン)』を実行段階に移したの」


「イーエヌオー? へんれーぷらん?」


 スミレは聞いたことがない単語列にオウム返しをした。


「ENOは永き郷愁と呼ばれている裏社会の組織よ。彼らの目的は『人の手で永遠を作り出すこと』無限のエネルギー回収効率を持つ永久機関、二度と消費されることのない夢の物質、そして不滅の今際を生き続ける永遠の命……それら永遠を作り、再現することを至上の命題としていた」


「永遠を……作り出す?」


「永久機関や夢の物質はそれまでの研究費用が100倍になって返ってくるほどの莫大な金を生む。だって、今までのエネルギーの常識がひっくり返るから。そのためには、表でできないことも何でもやった。人体実験、核や危険な薬品、身体を触媒とする錬成術みたいなこともした。その利益に預かろうと、財政界の大物や各政治界のトップがこぞって資金提供や実験の隠蔽をしていたわ」


「人間は不可能を追い求める生き物でね、初めはENOも科学側だけの組織だった。熱力学三法則は知っている? 本来この法則があるせいで永久機関を作ることは不可能だったんだけど、科学では説明できない魔術の存在を知ってからENOの一部は魔術側の連中と手を組んで、永久機関や夢の物質を作り出すことに成功したのよ。紅月(グレニモ)もその一例で魔力路が永遠に供給されてるの」


「それで、科学大陸と魔術大陸は融和したのか……」


 エタはジェシーがいた時の会話を思い出しているようだった。


「話を戻すわよ。ENOのなかにも派閥があって、その中の新世派がさっき言った返霊計画(プラン)を発起した」


「また出た」


()()るための()()だから返霊計画。読んで字の通りでしょ。それで新世派のトップが『永遠の命を得るためには、霊魂の状態になる必要がある』とかなんとか言って、世界中の人間を霊魂へと返させる計画を進めていたのよ」


「霊魂……ってことは、一回死ぬ必要があるんですか!?」


「当然、猛反発を食らって新世派はENOから追放されてしまったわけ」


「そりゃ実利のために動いていた連中だからな。来世に期待することねーだろ」


「でも、新世派は返霊計画(プラン)を諦めていなかった。計画を実行段階に移すその時まで着々と準備を進めていたわ」


「じゃあ例の戦争を起こしたのは――」


 殺気付くエタを窘めるようにアンリが食い気味に否定した。


「それは違う。彼らはただ機に乗っただけ。戦争は彼らにとって都合がいい隠れ蓑になったの。ともかく、大戦後に世界が幽霊だらけになった新世派によるこの事件を『返霊事変』って呼んでるの」


「なるほど、返霊事変か……」


 エタは、アンリの情報を再び忘れまいと事変名を何度も反芻した。スミレは、そんなエタを眺めながら、返霊計画(プラン)の詳細が気になっていた。


「それで、どんなふうに返霊計画(ぷらん)を実行したんですか?」


「さあ? 詳しいことは知らされてないし、私は新世派(そっち)じゃなかったから…………」


「そっち……?」


 アンリの言葉に引っかかる。まるでENOの内情を知っていたような――。


「問答――」


「クッ……!」


 聞き返したスミレを除いた二人がほぼ同時に体勢を変える。男は頸を狙うように、女はその攻撃を避けるように。


「無用ッ!!」


 指の間に挟んでいた大振りの包丁は彼女の空を切る。避けられたことを確認するまでもなく、二本のナイフでアンリの手首を狙う。しかしその切っ先は飛んで行かなかった、否、飛ばせなかった。


「クソアマァ……!!」


 スミレを盾にするように、アンリはエタを牽制した。スミレに何かを囁くと、下半身と白衣の一部をトンボに変化させて仄赤い空の宙を舞った。スミレは彼女にぶら下げられている。


「…………まあ、ともかく世界が()()なったのは新世派が原因だから。私じゃあない。そこんところ忘れないでね!」


「そのまま会話続けんなっ!!」


「ここまで話すつもりはなかったんだけどな~。まあいいや、私もENOの研究員だったの。あ、これ明かしたのは初めてね」


 エタは手持ちの武器を確認する。今投げた包丁と二本のナイフを除けば、包丁とナイフが一本ずつ。ローブの裏に括り付けているやや錆びたシャベル。遠距離武器である大柄な長銃は、スミレが背負っている。火薬も一発分しか持たせていない。下手に投擲するとスミレに当たってしまう。


「クソ……!!」


 一方のスミレは人質にされているのに妙に落ち着いていた。苦虫を嚙み締めている男に初対面で殺されかけたということもあるのだろうか、自身が置かれている状況をこの上なく理解していた。ジェシーらの件の最中にアンリが乱入してきて、エタと一緒にこの世界についての状況を整理して、彼女が失言というか自身の所属を明かしたことによりエタが怒って、アンリに人質にされて……。


 不意にスミレに一つの質問がよぎった。


「そういえば、なんで私たちに近づいてきたんですか?」


 現在の立場で何気なく質問してきたスミレの上目遣いに面食らったアンリは、少なからず驚いていた。しかし、無垢な表情にお返しするように意地悪っぽく笑って見せた。


「知りたい?」


 質問に質問で返されて、思わずスミレも面を食らった。


 かと思われたが、彼女は元気よく「はい!」と返事をした。スミレにとってアンリの質問返しは予想だにしていなかったが、純粋に知りたいという好奇心が先行し、吃驚する前に声が出たというのが正しい。


 質問ばかりされていたアンリは意趣返しを成功させたと目論んでいたが、スミレの無邪気な応答に再び思考を巡らせてしまう。数秒の後、彼女は笑みをこぼした。


「……ぷっ、あはははは! やっぱり貴女はあいつと違って面白いわ!」


 突然、人質にした張本人が大笑いしたために、スミレはおいて行かれたような驚きを覚える。


「ど、どうも……?」


「ほんとはここで貴女を殺しても良いのだけど、気が変わった。ねえ、スミレ。エタ(あいつ)を捨てて、私についてこない?」


「それは出来ません!」

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