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第21話 アンリ・ミラテッド

 紅い月が照り付ける中、大鎌の所持者は小さい木のみのようなものを口に入れる。


「確認したいことがいくつかあるんだけど」


「どうぞ」


「えっと……まず、なんでユウキュウ(アイツ)を正座させてんの?」


「答えてください」


 スミレのにこやかな微笑がエタに突き刺さる。


「俺が無抵抗なアンタを攻撃したからです……」


「もう一言」


「……だからすみません」


「よく謝れました」


「次行くけど、このままでいいの?」


 エタが大型犬のような上目遣いを送ってきているが、スミレは温かなまなざしで無視し続けている。


「はい、大丈夫です」


「えっと、あなたたちは私の名前を聞かなくていいの?」


 今更と言おうか、ジェシーの成仏とトンボ女の乱入のゴタゴタで段階を踏まずに相見えているわけだ。


「そういえば聞くタイミングを逃していました。私はスミレです」


「エタだ」


 気づいた時には足を崩して胡座をかいている。


「……名前思い出したの?」


「お生憎様、これはスミレ(こいつ)が勝手に付けたんだ」


「その割には気に入っていません?」


「うっせ」


 クスクス笑うスミレとぶっきらぼうなエタを不思議そうに思う。


「あなたにはユウキュウって言う通り名があったじゃない。何度死んでも生き返り、この世に根付く幽霊を鏖殺する『悠久の霊媒師』が!」


「……さあな、そんな生き方も名前もスミレ(こいつ)が変えちまった。もう名前には興味がねえんだ」


「へぇ、この子が?」


 女性がスミレをジロジロ見回す。名前も知らない麗人に見つめられて少し照れてしまっていた。それにしても、エタの本名か。かつての戦争や記憶喪失に関係があるのだろうか。


「…………まあ良いわ、次は私ね。私はアンリ・ミラテッド。アンリでもミラでもなんとでも呼んで。スミレがエタと呼んでいる男とは何度か会っているけど」


 彼女はは大人びた声でそう名乗った。やや長身の彼女が纏うは、膝上まで伸ばされた白衣に、腿の中際までのショートパンツ、足全体を覆うニーソックスに使い慣れていそうな白いシューズ。左目の下の泣き黒子は、りりしく整った顔を際立たせる。アクセサリーを付けないウルフカットも含めて、全体的に紅月(グレニモ)が赤く紅く彩っている。そして彼女が振るっていた身の丈に合わぬ大鎌は、ギラリと光り背面に括り付けられているようだ。


 エタは残念ながら覚えていないといった顔で首を横に振った。なぜやれやれ感が出せる。


「……でしょうね。それと、()()はもう見たでしょう?」


「ああ、お前をスミレ(こいつ)の前でぶっ殺さねえと、嘘つくかもしれないからな」


 スミレは数刻前、アンリがエタに殺されたのを思い返す。彼女の身体を構成する無数のトンボ。再生する光景を思い出して、軽くえずいてしまう。


「さっき見た通り私の身体はトンボと同期してるの。私が斬られても燃やされても窒息しても、残存するトンボを使って身体を服ごと再構成しているのよ」


 そう言ってアンリは、人差し指の第一関節をトンボに変換する。薄くしららかな羽を伸ばし、眼の一片さえ赤に染まった細く儚いトンボは、体を羽ばたかせ逆光めく月の向こうへ飛んで行ってしまった。失った指先を包んで元に戻すと、スミレから感心と疑問の声が出る。


「これも魔術を使っているんですか?」


「……私のは違うわよ。それぞれが別の由来を持ってるんじゃない? 以前の世界みたいに」


 アンリは何かを隠すように簡潔に話を切った。


「それにしても外の世界に出て、人間以外の動物初めて見ました! あんまり見ないから絶滅でもしてるのかと」


 その言葉を聞いたアンリは、不機嫌そうにエタを睨んだ。


「ユウキュウ、あんたスミレにそんなことも話していないの?」


「あんときは忙しかった!」


 子供みたいな言い訳を聞いてアンリは、はあ、とため息が出る。


「まあいいわ。あんたがどこまで覚えているか知ったもんじゃないし。話しながら行きましょう。こんなところに長居できない」


 アンリは紅月(グレニモ)に背を向けて歩き出した。何かに急いているようだ。


「何隠してんだ?」


「私にもいろいろあるのよ」





 長らくかけてアステリアを離れ、魔術大陸の内陸へ進んだ。それでもなお、紅月(グレニモ)の燦光は帯を引いている。アンリだけはその光を避けるように前へ歩いている。


「おい、いつまで歩くつもりだ」


 正座のせいで足がしびれて、置いて行かれたエタが後ろから文句を言ってきた。概念的な時間がないせいか、時間感覚が分からなくなってきている気がする。


「そうね……どこまで話したかしら」


 それでもなお、歩くことを辞めない。アンリの隣を飛んでいるスミレが答えた。


「アンリがエタに文句を言っていました」


「そうだった。ねえスミレ、大戦のことはどこまで聞いているの?」


 アンリの質問に、スミレはジェシーとの会話が脳裏をよぎる。


「えっと、確か魔術側の国と科学側の国がそれぞれあって、国交を結んだ後に戦争が起こりました」


「ふんふん」


「その結果かどうかわからないけど、世界中が幽霊だらけになっちゃったと聞いてます」


 スミレは、自らに眠る神については話さなかった。それと、アンリを屠ることも……


「じゃあ、今の世界が具体的にどうなっているのかは分からないわけね」


「なんとなく予想は出来ます」


「ちょっと聞かせてよ。私見た目通り研究職だからさ、他人の考えを聞けるのは貴重なの」


「エタのは聞かなくていいんですか」


「……時間があったら聞いてやってもいいかな」


 上から目線の返答に苦笑いを付す。エタとアンリとの間に何かろくでもないことが起きていそうな予感がする。まあ出会い頭に殺し合ったのだから仕方ない。


「まず、人間を含む動物がほとんど死んでいると思います」


「根拠は?」


「周りを見渡しても植物と霊魂以外見たことないからです。おそらく昔起きた大戦で多くが死んでしまったのではないでしょうか。エタは幽霊がもともと生きていた人間の魂だと言っていました」


「なるほど」


「次に、時間的な概念が存在しないともエタは言っていました。そのせいで、空は赤いままだし、今生きている人は不老不死になったのではないかと思います」


「ふむふむ」


「あと、これは世界についてではないんですけど、幽霊たちは嘘が付けない。何らかの方法で攻撃して倒すか願いを叶えたら成仏する……みたいな感じでしょうか。植物が多いのは分からないです。あんまり、予想とは言えないですね」


「いや、充分よ。いい考えを聞かせてもらったわ」


 アンリはスミレが言ったことを反芻する。


「今度はこっちの考えね。ユウキュウにも聞いてもらう必要があるから少し待ちましょう」


 ほどなくしてエタが来たため、アンリは口を開いた。


「まず、時間概念としては大方あっていると思う。天候もそうだし、傷が開いても自然修復は見込めないわ。でも他の人工物は風化しているように見えるのよ」


「ですが、エタのナイフやアンリの鎌はどうなんですか? あれは人工物ですが、朽ちてないです」


「それについては仮説がある」


「聞かせて」


「……例えばお前の鎌はどれぐらい使っている?」


「そうねえ、体感400年くらい? もっと長いかもだけど」


「長いですね」


「俺が使っていたナイフも1000年くらい使っていたし、巖咲で鹵獲(ろかく)した他の武器も同じくらい年季が入っている」


「じゃあ、朽ちるかどうかは時間の問題……?」


「いや、それだとジェシーの手紙が説明できない。おそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


「思いの強さってことですか?」


「確かに、極東では付喪神という概念があるそうだから、思いのこもった道具や建築物が朽ちないのはそういった面もありそうね」


「おそらくは、その人工物も役目を果たせば、壊れていくと思う。俺は実際に見た」


「まるで幽霊みたいね」


「……無機物についてはこんなもんだろ。それで、動植物の方はどうなんだ?」


「それもスミレが言っていたようにだいたい合っている。でも、一つ大事な背景が抜けているわ」


「……大事な背景?」


 アンリは息を吸い込んだ。これから大事なことを打ち明けるように。


「あなたたちは、『返霊事変』って知っている?」

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