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第2話 2人の心情

 霊魂と草木の根が張り下ろされる神秘な世界でエタとスミレは歩いて西へ西へと向かっていた。


 足元には青々としたイネ科の植物で埋め尽くされ、見渡す限りの草原が広がっていた。


「ちょっと、待って下さい」


 エタの十数メートル後ろをついて行くスミレが待ったをかける。


「何うだうだ言ってんだ、ついて来るつったのはお前だろ」


 スミレを沈丁花の木が生える丘から解放して、ほとんど飲まず食わずで5日間ノンストップで突き進んでいる。口にしたものといえば、3日前に味のしないパサついた粉菓子のようなものを2つだけ。


「エタはお腹が減らないんですか?」


「腹は減ってねえし食う必要がない、それだけだ」


「腹が減ってはなんとやらです」


「減ってねえつってんだろ。お前も別に食う必要ねえんだろ、あとイライラするから話しかけんな」


「カリウムが足りないんですよ」


「カルシウムだろ」


 スミレのことを気にせず、草野を進み続ける。基本的に軽装で最低限の荷物しか持っていないが、雑草を掻き分けるためにも足が取られる。余分な体力を消費したくないのか、エタはスミレを振り切るように猛進する。


「一旦、休憩しましょうよ!」


 スミレがローブの背面を掴む。ここまで浮遊してまで引っ張ってくるとはいい度胸をしてやがる、とエタは思ったが、構うだけ無駄だと引き続き歩んだ。


「第一なんでエタは何も食べなくても大丈夫なんですか! 私、料理できますよ」


 エタはスミレを引き摺りながら答えた。


「この世界の性質だ。何やっても死なないこのクソッタレな世界のせいだ」


「どーいうことですかー」


「世界が大戦の影響でメチャクチャになった話はしただろ。それで何故か知らねえが、今のこの世界では()()()()()()()()()()()()()()


「どういうことですか?」


「無為自然で時間の進行が停滞している感じだ。外からの働き以外ではこの世界での時間は動かない。空がずっと明るい夜空のようだったり、腹が減らないのもそのせいだ。それにーー」


「それに?」


「寿命も存在しない」


「それって…」


「待て」


 急停止したエタに叱責されてスミレは思わず口をつぐんだ。しかし、エタの見据える先は自分ではなく、およそ10メートル手前で浮遊しているぼんやりと光る怪しげな物体を確かに捉えていた。


「幽霊だ、ここら辺では珍しいな」


「あれがエタが言っていた幽霊ですか」


 スミレはエタの声量に合わせてヒソヒソ喋る。


「しかも穢れてねえ」


「けがれる…?」


「気にすんな」


 幽霊は、握り拳ほどの白か黒の核のようなものに色が薄いモヤが全体を覆うように漂っている浮遊物体のことだそうだ。ほとんどは元が人間であり、それらをいわゆる成仏させることが生業、というか戦争の手がかりを探すために必要なことだ、とエタは言っていた。実体を保持しておらず魂だけの存在だから、壊れやすい代わりに物理的に干渉することは基本不可能であり、なんらかの方法を取る必要がある。


 スミレ()がなんらかの幽霊であったとするなら、何もせずに身体に触れる事態が幽霊の定義から外れており、今は半人半霊というよく分からない扱いを受けている。


 エタを横目で見ると、首筋に汗が流れ、唇は震えていた。


「落ち着け…落ち着くんだ…大丈夫…」


 深呼吸を挟んでスミレに目を向けた。


「お前、アレに話してこい」


「……分かりました」


 エタの発言をインストールしてからのラグはあったが、特に疑問も持たずに了解した。


「反抗しないのか」


「私がエタについて行くと言ったんです、私が出来ることはなんでもします。それにどうせごねても、強制的にやらされると思います」


 スミレはドヤ顔で主張するが、エタは何食わぬ顔でスルーする。


「なら早く行け」


「はい、少し待っててくださいね」


 そう言ったスミレは宙を飛んで幽霊の方に話しかけに行った。


 エタは後方に下がり、スミレ達の様子を見張った。スミレは身振り手振りを使って楽しげに交流していた。


 やはり、スミレは幽霊と会話ができるらしい。実際に見たのは初めてだ。ここまでの道中、スミレ(やつ)は一方的に俺に話しかけてきた。エタと会う前に優しい幽霊とお花について話しましたよ、とか風が強い日にはみんなで身を寄せ合いました、とかどうでもいいことばっか話しやがる。戦争や自分のことは全く知らないくせにだ。生と死の境界が曖昧なこの世界だ、幽霊と関わり続けるといつの間にかあっち側に、ということも否定しきれない。もしそうなら、俺も既にってか、笑えない冗談だな…。


「エタ、終わりましたよ」


 横目にスミレを見る。


 語気からしてついさっき終わったばかりだろう。


「何か分かったか」


「エタが言っていた戦争のことは何も」


「そうか」


 ここの地域は幽霊の相対数が他地域より圧倒的に少ない。現在地が大陸地図のどの場所に位置するかも捕捉出来ず、彷徨っていたところだ。植生や気候からおそらく旧日本神国の周囲だと思うが、確信は持てない。


 戦争当時に旧日本神国ため、現地の霊からの情報も乏しいものになった。どのような技術を基盤に発展していたのかも不明な場所だ。また、別の幽霊に尋ねる必要がありそうだ。


「でも最近あっちの方から逃げてきたそうです。なんでも()()()()()()()()()()()()()()とか」


「何…?」


 幽霊が他の幽霊を攻撃することは特段珍しいことではない。生前の恨みつらみを発散しているだけのいわゆる悪霊に過ぎない。


 しかし、幽霊が同類を捕食するという事例は初めて聞いた。魂だけの存在に寝食など必要ない。スミレ(こいつ)もそうだが、生理的な行為を備える幽霊が増えているのか…?


 スミレが指を差した先はエタたちが進んでいた道の延長線上だった。


「このまま進むんですか」


「当たり前だ。俺が殺すべき霊がこの先にいる。共食い現象もそいつのせいかも知れねえ」


 エタは自分が向かう先を目的をスミレに言っていない。話す必要を感じておらず、スミレ自身もそれを察してかエタの目標について切り出していない。それは、終わることなく続く無限の世界に対する怖れなのかも知れない。


「それじゃあ先に進みましょう」


 スミレは空中で一回転する。艶やかな黒髪がスミレの動きに合わせてなびく。


「まて、最後にやることがある」


 そう残したエタは腰に挟んでいるナイフに手を掛け、用が済んだ幽霊に近づいていく。


 目の前の獲物はどこを向いているのか分からないが、こっちに気付く素ぶりを見せない。


 足元の草木を踏みしめる。メヒシバやエノコログサの葉茎を踏み潰す。ゆっくりとした時間が流れる感覚、星々の煌めきが一身を黒く照らす。いつもと変わらない作業。無言のまま幽霊の核にめがけて、凶器を持っている腕を振り下ろす。


 おそらく奴はいつもの聞くに絶えない断末魔すら上げれずに俺に殺される。そのはずだった。


「何しているんですか!!?」


 スミレがエタと先の幽霊の間に割って滑り込む。振り下ろしている手を顔の寸でのところで静止させる。両手を広げて幽霊を庇うように、俺を睨め付けていた。最初にナイフを向けていた時とは違う、明確な反意だ。


「何って生業だ。説明しただろ、お前らのような幽霊を殺すのが霊媒師って」


「でも、この子は何もしてないじゃないですか! エタも攻撃的じゃないと言ってました!」


 スミレはエタに臆さず切っ刃を向ける。


「そういう奴を殺さないとは一言も言ってねえ」エタはスミレの反論をものともせず言い放つ。「それにお前、我慢してんだろ、怖いのを」


「な、何をですか!」


「このナイフだろ」


 エタは凄んで固定刃をスミレにグイと突き出す。


 反応出来ずにスミレは倒れ込んでしまう。


「いい機会だから教えてやる。幽霊はこっちからの干渉が基本的に不可能だが、いくつかの方法を取れば触れるっ言ったのは覚えているよな。その一つが付喪神を憑かせることだ。戦前に存在した極東の考え方なんだが、なんでも長年物を使っていると神様が宿るそうだ。そういう道具なら幽霊に触れるし、殺すことも可能だ」


 スミレは倒れ込んだままたじろぐ。エタの身体よりも幾分か小さい体が震えているのが分かる。


 エタはスミレを見下ろす。その姿は人の形をした獣そのものだ。


「お前も本能で分かってんだろ、ナイフ(これ)で刺されたら死ぬって、そうなんだろ!?」


 スミレは依然へこたれたままだ。いつの間にか、背後にいた幽霊は姿を消していた。


「もしかしたら、死んでしまうかもしれません」エタは気味が良いように顔をしかめる。「でも、」


「あなたは私にそんなこと出来ないと思いますよ?」


「てめえ…言わせておけばっ!!」


 力に任せたまま握りしめたナイフを切り下ろす。しかしナイフは風を切り、スミレの顔を数センチ横にズレた大地に突き刺さった。パラリ、とスミレの髪が解ける。


「言ったでしょう、エタに私を殺すことは無理です」


 エタのナイフを握る手が震える。フーッ、フーッと荒い息づかいがヨダレと共に漏れる。


 震駭する男を見守る。彼の心は未だに孤独の妄執に囚われている。すぐそばにいる清廉な少女も、人語を介する化け物にしか認識していないのだろうか。


 スミレは思いやりか哀れみか、はたまた同情か、覆い被さるエタの背中に手を回しゆっくりと撫でた。優しい微笑みが表れていた。


「…なんのつもりだ」


 男の顔は涙と汗と涎でぐしゃぐしゃになっていた。


「なんとなく、です」


 少女より体躯が大きい男は、母に抱擁される赤ん坊のように慈しみの腕に包まれている。えずくエタを安心させるように背中をさする。


 客観した時、エタにはその姿が情けなくて仕方ない。故にその感情を止めることは出来なかった。


「クソがあああぁぁぁ!!!」


 星芒で満たされる今紫の天球を仰ぎ、エタは己の不甲斐なさを嘆くように咆哮した。

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