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12話 死闘の決着

 時間は残すところ180秒になってしまった。この時間が切れる前に、捕食霊を満腹にさせなければ消化が完了し、再び悪食を始めてしまう。


 紅く怪しく変化した捕食霊をエタとスミレは、好機と捉える。


「体が大きくなると攻撃を当てやすい」


「おむすびを食べさせるチャンスですね」


 根を荒れたグラウンドに張り下ろし、剛強な幹を高く聳えさせる。無数に伸びていた腕と枝は上顎と下顎、身体の支えにすべて使用されいる。移動を犠牲に、防御を固めたように思える。


「何もしねえならこっちから行くぜ!!」


 おむすびを近くの幽霊から搔っ攫い、動けなくなった捕食霊へ突撃する。


 ――近づいても迎撃姿勢をとらない、攻撃機能を失ったのか? もしそうなら攻めやすくなるが、守りが固くなったのなら問題だ。それとも、俺たちの作戦がバレたか?


 疑念が渦巻いたまま、桜の樹皮で大口を切りつける。


 ところが、それまで相殺しあっていた樹皮が、こちら側だけ一方的に砕けた。まず間違いなく防御力は高まっている。この硬度で攻撃に転じられたら成す術なく作戦が崩壊するところだった。


「エタ、いったん戻りましょう!」


「時間がねえんだろ!」


 密かに進行する刻は180秒から30秒も経っていた。


「嫌な予感がします」


 エタは舌打ちを残し、一瞬で後退する。


 脚が地につく寸前、吸引音がうめきだす。音は追い風を呼び起こし、発生源の腕が成す大口に血肉が吸い込まれるのが分かる。


「根につかまれ!!」


 エタは叫ぶと同時に、身体が強く浮き上がる感覚に襲われる。


 桜枝の洞穴は大きく、(おお)きく吸い上げる。すでに砕けた自身の枝葉を、太い身体を支える大地を、小賢しく駆け回る巖咲の幽霊を、そして捕食霊にとって最大の障壁である、男と少女の霊を。


 エタは桜の根につかまり、身をかがめて食いしばる。少しでも気を抜けば、捕食霊の餌に成り下がる。


「わあーっ、だめです、もっと踏ん張ってください!」


 スミレの声の先には、今にも飛ばされそうな幽霊の群体がいる。おむすびの部隊だ。


 米釜をかばいながら、吸引に耐えるほどの膂力はないらしい。


「クソがあァッ!!!」


 積み上げてきた作戦を水の泡にするわけにもいかず、エタは地面から脚を抜くとすぐに吸われそうな幽霊のところへ跳ぶ。スミレは手を伸ばし、何とか霊たちを繋ぎ止める。脚を地盤に刺し、気合で吸い込まれるのを防ぐ。おむすび部隊の霊52人分と米釜の負荷がエタを襲う。


「グアアアアアアアアアア」




 残り60秒になってようやく吸い込みが収まった。人的被害は奇跡的にゼロだったが、捕食霊は大喰らいを閉じて動かなくなってしまった。


「どうしましょ、時間がないわ」


「しかもあの桜は口を閉じてしまったぞい」


「地面も滅茶苦茶ね」


「どうすんでい」


 思い思いに霊が口を開く。そうする間も時間は迫ってくる。


 実際、エタは切羽詰まって周りの声など聞こえなかった。


 ――いったいどうする? 奴は大口を閉じてしまった。『55秒』俺の攻撃もまるで通じてなかった。『51秒』奴の腕はあと20本分。それだけの数を残り時間でどうやって食べさせる? 『44秒』物理的にはもう倒せない。『42秒』もう一度開くか、いや、やはり傷をつけて外から? 『37秒』傷はつかない。武器もない。ここには幽霊しかいない。『31秒』この作戦が無謀だったか? 『28秒』違う、敵を見誤った。『26秒』それより奴だ。口を開かせる方法。『23秒』奴を釣る餌、おとりが必要だ。『19秒』巖咲の幽霊(やつら)はダメだ。無視される。『16秒』俺は無理だ、おむすびをやる奴がいない。『12秒』じゃあ、誰が――


「口を開けてくださ~~~い!!!」


 10秒。スミレの声が遠くから聞こえる。


 9秒。エタの眼にスミレの後ろ姿が映る。


 8秒。脚に力を籠める。スミレの姿が鮮明に映り、米塊を抱えていることが分かる。


 7秒。脚を駆け出し、スミレを追う。


 6秒。距離を半分まで詰めるもスミレが浮く。捕食霊の大口が開き始める。


 5秒。跳んでスミレをつかむのを諦め、桜樹の幹を駆け上がる。捕食霊の口はさらに開く。


 4秒。幹を半周し、スミレの姿が陰に隠れる。


 3秒。スミレの位置をとらえ、跳びかかる。捕食霊の大口が伸び、スミレの頭上を覆う。


 2秒。スミレを蹴飛ばし、米塊を胸でキャッチ。僅差で捕食霊はスミレを食い逃す。


 1秒。捕食霊の大口の中にエタと米塊が入る。


「なにやってんだ」


 そう言いかけたエタは、捕食霊の口に吸いこまれる。大量の米塊とともに。


 スミレの花は笑っていた。


 それまで満腹で倒れていた捕食霊の腕が目を覚ましたように起き上がる。


 獲物を捕捉した霊腕は巖咲の幽霊に喰らいかかる、ところだったが、再びバタリと地に伏せる。


 桜の本幹は、口の中のものを咀嚼し飲み込んだ瞬間に、荒ぶっていた動きを止める。手のひらから凶器がこぼれ、それまで咲き乱れてあった紅い花びらは、ひとひら、またひとひらとほろほろ散っていく。


 0秒。作戦成功。スミレらは、捕食霊と憑りつかれている桜の無力化を成し遂げた。


「やりましたー!!」


「おおおおお!!!」


 歓声が沸き上がる中、エタは微かに聞こえるそれに安堵しながら、ないまぜにされて消化されるのを待っていた。


 *


「……タ……くだ……」


 光無き虚空で小さな声がこだまする。その正体をまだ知らないでいた。


「エタ、起きてください」


 ハッと目を覚ます。蘇ったということは、さっきまで死んでいたということだ。


「スミレェッ!!」


 上体を即座に起こす。スミレは生きてるのか? 戦いが終わってもそれだけが心残りだった。


「はい、スミレはここにいます」


 左を向くと、朗らかに微笑むスミレがいた。しとやかに正座する一輪の大和撫子は、上空で散りばむ桜花よりも遥かに際立っていた。


 桜? そうだ、俺たちは捕食霊を満腹にさせることに成功したのだった。


「なかなか目覚めないものですから、皆さん先に始めてしまいました」


「俺は、何時間寝ていた?」


「捕食霊から排出されてだと、1週間くらいでしょうか」


「そうか……」


 ふと、周りを眺めると、なにやら宴会のように幽霊たちが盛り上がっている。ある幽霊は、おむすび片手に立ち上がって雄弁に声を上げている。ある幽霊は、小さな口の中にめいいっぱいにおむすびを頬張りながら笑っている。ある幽霊は、仰向けになって寝息のようなものをかいている。


 小宇宙のように咲いては散った薄紅の花びらは、吹雪のように舞い散ってそこから新たに咲き始めることはなかった。鮮やかに煌めく星空に見守られて、幻想的な風景を楽しむ。


 ゆっくりと悠然にそびえたつ桜の木の下で、今世界の花見は和やかに進んでいる。


「わたしたちも楽しみましょう」


「あ、ああ」


 スミレが握ってくれたおむすびを手に取る。米釜から取り出したばかりからか、ホカホカした温気に包まれている。以前収穫したものとはまた別の、勝利を祝したような誇らしさと神聖さが孕まれている気がした。


 無言でかぶりつこうとすると、スミレから待ったがかかる。


「いただきます、です」


「……いただきます」


 両手をさっと合わせて、もう一度かぶりつく。


 口の中いっぱいに芳醇な香りが充満する。米袋の中から元気が出るようなエネルギーが湧いてくるのを、ひしひしと感じる。前回同様、味はついてなかったが、それが逆に嬉しかった。おむすびを食べることで、五感すべてが喜んでいる気さえ感じた。あっという間に、手元のおむすびは消失した。


 急いで食らいつく自分の姿がおかしかったのか、スミレは楽しそうに笑っている。


「……なんだ」


「ご飯粒、ほっぺたに付いてますよ」


 顔の周りをまさぐると、左頬に一粒、真っ白な米粒が付いていた。指先で取って、舌の上に運ぶ。


「そういえば、皆さんは私たちの気が済むまでここにいていいそうです」


「そうなのか」


「暴走した桜と捕食霊を成仏させたお礼のようです」


「そうか」


「皆さん、エタにとっても感謝しているんです。貴方がいなければ彼らを浄化させることは出来なかったって」


「そうか」


「それに、私も信じていたんです。エタなら何があっても私のことを助けてくれる」


「……」


「エタは私のヒーローです」


「……そうか」


 嬉しそうにスミレはなんでも話してくれる。俺が捕食霊の時間を稼いだこと。スミレたちで米を一から作り直したこと。俺が正気を失っていた時のこと。俺が捕食霊に喰われてからのこと。しかし、そのどれもがもどかしい。俺のことは聞かないのか? 人の形を保てなくても無尽蔵に再生するエタ(化け物)に対して恐れないのか?


「それとですね、おやっさんの霊が――」


「おい!」


 空気に耐えきれず、自ら切り出してしまう。スミレは、少し驚く素振りを見せたが、また柔らかく微笑んだ。


「――どうしました?」


「お前は、俺が怖くねえのか」


「怖い、ですか」


「そうだ。俺はお前ら幽霊を殺す霊媒師だ。殺されても死なない化け物だ! お前らもいいのか? その気になればここにいる奴らも、全員皆殺しに出来んだぞ!!」


 スミレはきょとんとした顔で俺を見つめ返す。周りの幽霊も声を張り上げる俺を一瞥はするものの、次第に元の騒ぎに戻ってしまう。


「捕食霊は俺を怖がった、恐れおののいた! なぜ、なぜ俺を怖がらない!!?」


 激しく問いかける俺に、スミレは手を顔に伸ばした。そのまま、両の手が頬に触れる。


「ッ! 何しやがんだ!」


 思わず手を振りほどく。スミレのつかむものがなくなった手のひらは、後ろ手で片方の手首を握る。


「それは、あなただからです。私をあの場所から解放してくれたあなただから、私を信じて死んでも戦い続けたあなただから、この中の誰よりも強くても孤独の果てに強く握ったら壊れてしまいそうな、そんなあなただから、私はエタを信じたんです」


「それに、まだ私との約束を果たしてないですから、私も成仏できません」


「……チッ!」


 返す言葉が見当たらなくて、舌打ちで返事をする。スミレはその様子を見て、さらに嬉しそうにしていた。


「最近は、エタのことかわいいと思う時もあるんですよ」


「うるせえ!!」

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