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【短編】雨の日の朝に

作者: 油淋鶏

「とてつもない程の人混み」という訳ではないのだが、田舎から出てきた私からすれば充分に大混雑なのだ。

仕事へ向かうために駅を出て、乗車時と変わらない雨音にため息をつきつつ、右手に持っていた傘を開いた。


傘に当たる音はとてつもなく激しくもなければ軽くもない。

1年のうちに何度もあるような、普通の雨の日だ。


スーツの裾が濡れることを気にしつつ、青になった信号を渡る。

マスクの下であくび。足取りは重い。

周りを歩く同士達も同じだろう。

あとひとつ、信号を超えれば目的地だ。

そう思うと、次の一歩がより重く感じた。


仕事が嫌いな訳ではない。

好きではないが、続けるだけのやりがいは感じている。

昨日の晩のテレビでテレワークについて取り上げていた。

昔と比べ環境が大きく変われども、それができる職場もあれば出来ない職場もある。

私の目的地は後者だ

足取りは重い。


もうあと10分もすれば今日の仕事が始まる。

悶々とした頭で歩いていると、あっという間に次の信号に辿り着いた。


歩行者用信号は赤。もうすぐ変わるだろう。

目の前には背の低い女性が立っていた。

その人は綺麗な空色の傘をさしていた。


ぽたり、ぱたり

空色から雫が落ちる。

今、私の視界に映る唯一の青空。


ふと雫が落ちる先を見ると、水溜まりには目の前の青空ではなく、太陽が輝き、雲が流れる青空が映っていた。



おかしい、今日は分厚い雲から絶え間なく雨が落ちている。

映る景色は人か、傘か、曇り空のみのはずだ。


ぽたり、ぱたり

水溜まりに波紋がひろがる。

眩しい青に、雲の白さが輝く。


私は吸い込まれるように、靴が濡れることも恐れず、

その水溜まりに足を踏み込んだ。


どぷん


水の中に落ちたような感覚と泡の音。

咄嗟に閉じた目を恐る恐る開ければ、そこは水の中。

とは言え目も開けられる。息もできる。


何より、視界にひろがる青い空。

こんなにも澄んだ景色を見たのはいつぶりだろうか。


身体はゆっくりと沈んでいく。

私と共にいた泡たちは、私を置いて上へ登って行った。

どこが本当の上なのか分からないのだが。


私はただただ青空の美しさを見つめていた。

流れていく雲を見つめた。

どんよりと曇っていたのは私の心なのかもしれない。

私が空を曇らせていたのかもしれない。


仕事が嫌いな訳ではない。

好きでもないが、続けるだけのやりがいは感じている。


でも、やりがいを感じているということは、やりがいの分だけその仕事の事が好きなのかもしれない。


そのひと欠片の好きで、私は動いているんだ。


ずっと不思議な空を下へ下へと降りていく。


見覚えのある街並みが足元に見えてきた。


自分の仕事場があるビルの横を通り抜け、音もなく元いた交差点へ降り立った。


目の前には背の低い女性。

右手にはいつもの傘。

傘に当たる音はとてつもなく激しくもなければ軽くもない。

でも、足取りは少し軽く。


水溜まりには分厚い曇と、少しだけ青空。


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