落ちぶれた剣豪、精霊国で第二の人生を歩む
「ごめんなさい、【リョウマ】。あなたとの婚約を破棄させて欲しいの」
早朝、新しく建て直した道場の掃除をしていたとき、私の目の前で婚約者が、そういった。
「……どういうことだい? 理由を、教えて欲しい」
婚約者の女性、【アリス】に、私は尋ねる。
「リョウマ。わたし……真実の愛に目覚めたの!」
驚きつつも、私は内心で納得していた。彼女は若く美しい。一方で、私は年老いた剣士。彼女が私を愛していないことは明白だった。
「お相手は?」
「おれっすよぉ、おっさーん!」
道場に入ってきたのは、色黒金髪の青年、【カイト】だった。
「ちーっす! おっさん。悪いねぇ、アリスちゃんはおれが美味しくいただいちゃいました!」
「……そうか。わかったよ、アリス」
「え?」
アリスは目を丸くしていた。
「カイト、アリスを頼みますね」
「え、リョウマ? いいの?」
「ああ。私は君の気持ちを尊重するよ。君に好かれる努力をしてこなかった、私が悪いのだから」
師匠から託された道場を守るために、私は必死だった。しかしそのせいで、託されたもう一つのもの、アリスのことを蔑ろにしてしまった。言ってしまえば、今回の婚約破棄、私にも原因があったのだ。
「おいおっさん! 正直にいっていいんだぜえ? 自分の女を取られて悔しい、ってよお!」
カイトが嘲笑を浮かべるも、私は静かに首を横にふる。
「いや、悔しくはないさ。カイト」
「はぁ!? なんでだよ。もっと悔しがれよ!」
「……では、私はこれで失礼するよ」
「え!? リョウマ? どこにいくの!」
「村を、出ようと思う」
「え!? な、なんでよ!」
「私がここにいたら、君たち夫婦がやりにくいだろう? それに、この道場は師匠の孫娘である、君のものだ」
「で、でもカイト。あなた剣教えられないでしょ? リョウマがいたほうが」
「ぎゃっははあ! だーいじょうぶだってぇ! 道場はおれがなんとかすっからよぉ!」
……やはり私はこの場にふさわしくないようだ。
「そういうわけだ、アリス。さようならだ」
「リョウマ……」
私の手を、アリスが掴む。
「……出ていくなら、師匠の剣、置いてって」
「…………」
私の腰には、師匠から受け継いだ剣がさしてある。この剣も師匠のものなのだから、私が持っていってはいけないな。
「…………」
私は師匠の剣を鞘ごとはずして、剣をじっと見やる。
『ま、ますたー! そんな! わしも連れてっておくれ!』
剣から声が聞こえてくる。そう、この世界には意思を持つ剣というのが普通に存在するのだ。キャリバーもその剣の一本だ。
『いやじゃ! わしはこんなチャラそうな男に、使われたくない! わしはお前様と一緒がいい!』
……わがままを言わないでおくれよ。剣の所有権は向こうにあるんだから。
「リョウマ。さっさと渡しなさいよ」
別れを惜しむ私たちをよそに、アリスが私に手を伸ばしてきた。
「すまないな。ほら。キャリバー、新しいマスターだよ。ご挨拶しなさい」
『いやじゃー! マスターと一緒がいいのじゃあ!』
しかしアリスは私に、気味悪そうな顔を向ける。
「バカみたい。剣があいさつなんてするわけないでしょ?」
「ぎゃはは! おっさんついにボケたかぁ?」
……ん? どういうことだ。キャリバーの声が聞こえてないのか?
「出てくならさっさと出てってよ」
「……そうだね。長居してわるかった。じゃあね、三人とも。達者で」
アリス、カイト、そしてキャリバーに別れを告げる。私は道場を後にしたのだった。
私ことリョウマ・サンダーは故郷の村を出ることにした。村を出る前に、寡黙な村長【ギルガメッシュ】氏に、簡単にこれまでの経緯を話した。ギルガメッシュ村長はただ一言、「全て理解した」と言って、私が村を出るのを許してくれた。
「あとのことは任せなさい」と言ってくれた。おそらく、私が出ていったあと、道場で何かトラブルがあったときに、助けてやるという意味だろう。
ギルガメッシュ村長の心遣いに感謝しながら、私は木刀1本、着替え、少しの金を持ち村を出た。
「さて、これからどうしようか」
何をするにしても金が必要だ。私は道場と新居を作ったことで、ほとんど金を持っていない。近くの街へいき冒険者となるのが手っ取り早いだろうか。しかし、私はこの世界に転生してから38年間、ずっと村で暮らしていた。村の外での生活なんて送ったことがない。
困った。そのときだった。
「きゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
少女の悲鳴が森に響き渡る。悲鳴を聞いた瞬間、私は走り出していた。
「【闘気オーラ】、解放」
私は大きく息を吸って、体の中に酸素、そして自然エネルギーを取り込む。闘気で体を強化すると、普段の何十倍も早く走ることができる。私は全速力で悲鳴の方へと向かって走る。
やがて、私は開けた場所へと到着した。高そうな馬車のそばには、何人もの怪我人がいた。そして怪我人のそばには巨大な灰色の狼、大灰狼グレート・ハウンドの群れがいた。
「だ、誰か! たすけてぇ……!」
馬車の近くにはドレスを着た女の子がいた。女の子が青い顔をして震えている。助けなければ。私は木刀を手に持って、大きく呼吸をする。
「【水の型】。一の太刀。【激流】」
私は取り込んだ闘気を木刀の刃に纏わせる。闘気は青い光となって輝く。私が剣を真横にふる。その瞬間……
ドパァアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
刃からは、大量の水が発生し、津波のように敵に襲いかかる。
「ぐぎゃぁ!」「ぎゃいいん!」
大量の水は大灰狼のみを洗い流していく。少女、そして怪我人たちには、水の一滴だってかかっていない。
「大丈夫ですか? お嬢さん」
「へ、あ? は、はい……。あ、あの! い、今のは、一体?」
「【極光剣】、【水の型】です」
「きょっこうけん……? みずの、かた?」
「私の師匠から教えてもらった剣術です」
「け、剣!? ですが、水がどこからか発生してました。あれは、魔法ではないのですか?」
「はい、まほうではありません。闘気を元素、水に変えて放っただけです」
「は、はあ? よ、よくわかりませんが、すごいです。魔法使いでもないのに、あれだけの水を陸地で発生させるなんて! すごいです!」
少女の顔に血の気が戻る。少し緊張がほぐれてくれたようだ。だが、まだだ。
「お嬢さん、私の後ろに。まだ敵は生きております」
水で押し流した大灰狼たちが戻ってくる。あれだけで殺せるとは最初から思っていない。
「極光剣、【風の型】、一の太刀【鎌鼬】!」
取り込んだ闘気を風に変える。そして木刀を下段に構えて、振り上げる。
スパパパパパパパパパ!
ふるった刃から無数の真空の刃が発生。その刃1本1本は、敵の首を正確に切り飛ばした。
「す、すごい! 剣の一振りで、魔物の首だけを正確に切り飛ばしてしまうだなんて!」
少女がぴょんぴょんと飛び跳ねる。お尻のあたりに獣の尻尾が生えていた。そういえば、遥か遠くの国に、獣人たちが暮らす国があると聞いたことがある。獣人。ネット小説ではよく見かける。この世界で見たのは初めてだ。田舎に長く引きこもった弊害か、私は外のことをあまり知らないのである。
おっと。益体のないことを考えてしまった。
「怪我人を治療します」
馬車の周りには怪我人が多数。中には瀕死の人もいた。
「治癒魔法を?」
「いえ」
すぅ、と静かに呼吸をする。
「極光剣。【月の型】」
瞬間、私の目には、普通の人には見えないものが見え出す。それは、小さな鬼だ。死者の世界に暮らすという、亡者たち。亡者は生者から魂を引き抜いて、そしてあの世に送ってしまう。そうなると人間は死んでしまう。だが。
「【月の型】、五の太刀。【黄泉】」
私は亡者どもを切り飛ばす。瞬間。
「う、ううう」「あ、あれ? 生きてる?」「ちぎれた腕が治ってる!?」
ふぅ。怪我人はみな治療できたようだ。
「あ、あの! い、今のは!?」
「極光剣、月の型、黄泉です。【死を招く存在】をきることで、怪我人や死人を、蘇らせる剣術です」
「す、すごい、すごいです! 剣術で治癒をしてしまうなんて!」
キラキラした目を、獣人の女の子が私に向けてくる。
「見つけました。あなたが、【辺境の剣聖】様ですね!」
「へんきょうの、けんせい?」
なんだ、それは。聞いたことがない。
「いえ、違います。人違いですよ」
「いいえ! あなた様は、四大勇者様のおっしゃっていた、辺境の剣聖リョウマ・サンダー様です! 間違いありません!」
よ、四大勇者……。それも聞いたことがないな。しかし、リョウマ・サンダーは私のことだ。ううむ。
「辺境の剣聖様」
獣人の女の子はいたく真剣な顔で私にいう。
「助けてくださり、ありがとうございました。」
「いえ私は当然のことをしたまでです」
すると少女は目をキラキラさせながらいう。
「さすが剣聖様、強さだけでなく、清き心まで身につけておられるのですねっ!」
清き心なんて身につけているだろうか。
「助けたお礼がしたいです。ぜひ、わたしの国にきてはいただけないでしょうかっ」
「わ、わたしの国とは?」
「ネログーマ国です!」
確か、遠く離れた獣人の国だったような。それにしても、わたしのとは、どういうことだ?
「あ、申し遅れました! わたしはミーア。ネログーマ国第一王女ミーア・ネログーマと申します!」
……まさか、助けた相手は獣人の国の王女さまだったようだ。この出会いがきっかけとなり、私の人生は180度、違ったものになるとは、このときの私は思ってもいなかった。
リョウマはミーア王女に導かれ、ネログーマ国へと旅立つこととなった。リフィア国での新たな生活は、これまでの孤独な日々とは全く異なるものだった。新たな仲間たちとの出会い、精霊の力を借りた修行、そしてネログーマ国を脅かす闇の勢力との戦い。リョウマは次第に、自らが「辺境の剣聖」として知られる存在であることを理解していく。
かつてはただの孤児であり、村の一角でひたすら剣を振るっていたリョウマ。だが、彼の剣は今、精霊国の未来を守るために振るわれる。ミーア王女と共に立ち向かう中で、リョウマは真の強さと、新たな家族を見つけるのだった。
こうして、落ちぶれた剣豪リョウマの第二の人生が幕を開ける。精霊国リフィアでの冒険と仲間たちとの絆が、彼を真の英雄へと導く物語が今、始まろうとしていた。