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休息

 縁忠の最後の言葉が妙に重く響いて、おれはその場に立ち尽くしていた。


「……決勝で、か」


 簡単に言うが、決勝に行くにはEクラスとの試合に勝たなきゃ話にならない。それに、あいつの覚悟と重みを目の当たりにして、おれにはあんな強い言葉が吐ける気がしない。


「何をぼーっとしてるの?」


 比渡が、おれの様子に気づいて声をかけてきた。


「いや、ちょっと考え事をしていて」


「あなたでも考え込むことあるのね」


 なんて失礼な奴だ、おれはこう見えても繊細なんだよ? 明日の朝ご飯は考えるし、今日だって夕食なににするか考えてる。おれは結構考え込むよ。


「まあ、人間だからな」


「人間である前にあなたはわたしの犬なのだからしっかりしなさい」


 犬か……そういえば縁忠は、犬は忠実だっていってたっけ。ま、どうでもいいけど、おれは犬として比渡ヒトリを幸せにしなくちゃならねぇからな。つまり、おれと比渡は結婚するんだよな。あぁ、おれの人生幸せだな。


「ああ、わかってる」


 そして、Eクラスとの試合が始まった。




 結果。


 Eクラスとの試合は言うまでもなく楽勝だった。


(……鬼を殺しつくす、か)


「あなた、試合前からずっと考え事してるわね。Eクラスとの試合ではほとんど動かなかったし、何かあったの?」


 比渡はおれの顔を覗き込んできた。


「具合でも悪いの?」と秋もおれを心配してなのか、おれのキモい顔を覗き込んできた。


 なに? もしかしておれのこと好きなのこの二人は、心配してくれるのはありがたいけど、執拗に来られると嫌いになっちゃうよ?


「いや、大丈夫だ。Sクラスの試合前にはこのモヤモヤが消えると思う」


「そう……でも、忘れないで、わたしたちはチームよ。個人戦じゃないんだから、メンタルの管理をしっかりしてね」


 比渡に言われたおれは「おう」と小さく言った。


 メンタルねぇ、おれの豆腐メンタルはいつ砕けてもいいようになっているから構わないんだよねぇ。昔好きだった女の子に告白した時なんて「くさい」だの「キモイ」だの言われて振られたけど、全然、おれの豆腐メンタルは砕けなかったからな。砕けはしなかったけど、液体になったまである。え? それって砕けているんじゃないかって? まあ、枕を涙で濡らしたね。


「期待しているわよ、日野君」


 比渡は小さく笑った。それだけで、何か胸の奥にあった重みが少し軽くなった気がする。


「決勝まで時間あるし、なんか飲み物買ってくるわ」


「あ、日野君わたしにも何か買ってきて」


「はいよ」


 と、比渡にお使いを頼まれたおれは、ひとり静かに待機部屋を出て行った。


 犬は忠実だ。飼い主の言うことは聞かなければならない。


 犬は忠実だ。鬼は殺さなければならない。


 犬は忠実だ。か弱い人間を守らなければならない。


(犬は忠実だ)まるでおれのカラダに縁忠が取り憑いたように頭の中でその言葉がぐるぐる回っている。


「はぁ」


 と、おれがため息を吐いた時、


「日野陽助君」


「あ、霧江……唯さん」


「唯でいいよ」


 なになに? おれなんかに一対一で話しかけてくるとかすごい積極的じゃん! Sクラスの美少女との密会がばれたらおれ比渡に殺されるよ! 


「縁忠に何か言われた?」


 え? なんで分かるの? 君エスパーなの? もしかしておれの心の声とか読めちゃうの? だったらどうしよう、おれ今、霧江唯のことかわいいなって思っちゃってるよ?


「なんで分かるんだ?」


「うーん、なんとなく」


「なんとなくでおれの心読まないでくれる?」


「あははっ、君って面白いよね」


「は?」


 もしかしておれのこと……おい待て日野陽助、いつもの悪い癖が出るところだったぞ。美少女に声を掛けられたからってそれが好意とは限らない。身をもって知っているだろう。


「縁忠とはまるで正反対だよ、君」


「いいや、似ているだろ。ボッチなところとかな」


「あははっ、違うよ縁忠は本当に孤独なんだよ」


 本当の孤独ってなんだ? おれだって比渡に話しかけられる前は本当の孤独だったぞ……いや、両親や妹がいるから本当の孤独なんて知らなかったかもしれないな。だったら縁忠も孤独じゃないだろ。


「犬屋敷当主の息子として生まれて、学園の頂点であることを強要されて、なんでもできるのが当たり前で、みんなに期待されて天の上のヒトになっちゃってるの」


「神様も頭下げなきゃな」


「そうそう、そんな感じだから君とは正反対の孤独」


「まあ、おれは周りに期待とかさせたことなかったからな」


「あら、ごめんなさい」と唯は悪びれた様子もなく言う。


 おれの周りって失礼な奴多くないか? 別に気にしないけど。


「わたしや良乃じゃあ、縁忠の孤独を解消してあげられないの」


「どうしてだ?」


「わたしや良乃は縁忠のお供だから」


 お供か。黍団子でも喰わされたのか?


「だからさ――陽助が縁忠をぶん殴ってよ」


「物騒だな」


「いいじゃん、勝てとは言ってないんだし」


「まあ、Sクラスに勝つのは難しいよな」


「わたしと良乃は本気出さないよ、だから頑張って」


「比渡はあんたと本気でやる気だぞ」


「ヒトリは真面目だからね。ま、わたしは陽助と縁忠の一対一が観たいんだ」


 一対一で勝てるほど楽な相手じゃねぇだろ。一発ぶん殴れるかも分からねぇし。


「じゃ! 期待しているよ! 日野陽助君」


 と、唯は小走りで行ってしまった。


 勝手に期待されるか……まあ、期待されたなら応えるしかねぇよな。


「あ、そうか」


 縁忠は周りに勝手に期待されているわけか。百年に一人の天才でもなければ普通の人間でもいられない、そんな縁忠はどんな気持ちで生きているんだ? ただ単に犬屋敷当主の嫡男として生まれて、鬼を殺す一族として鬼狩りをして、何が楽しいのか分からねぇよな。


 じゃあ、いっちょぶん殴ってやるか。



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