トップ3
闘技大会が近づく中、おれこと日野陽助は己の力を最大限に引き出すための準備を進めていた。
毎日毎日、練習場で汗を流しながら、心技体のバランスを磨いていく。
今日の練習場では、おれひとりが黙々と訓練を続けていた。その姿は真剣そのもので、どんな苦しいトレーニングでも決して諦めない姿勢がそこにはあった。
「日野君、最近ずっとここにいるけど、ちゃんと休んでいるの?」と心配そうに尋ねてきたのは比渡ヒトリだ。
「おれは大丈夫だ。ただ、もう少しで大会だから、少しでも強くなりたいんだ」
強くなって青春王になるんだ! いいや? 強くなっちゃったらハーレム王になれるのではないか? 青春を通り越して不純なハーレム王におれはなる! (なれない)
「それは分かるけど、無理しすぎると逆効果だよ」と実凪がアドバイスをくれた。
「そうだよ! カラダ壊すよ」と秋。
うーん……確かに、休むことも大事だよな。とおれは少し考え込む。
「んじゃ、飯にでもするか」
と、そんな退屈で死にそうな日々の食堂でのことだ。
いつも通りの賑やかな雰囲気が漂っている中で、おれはふと視線を感じた。その視線の方を向くと、男ひとりと女ふたりがいた。
両手に花とはやるじゃねぇか、羨ましいぜ。ボッチのおれに熱い視線送ってくれたのわかってんだよ? 誰だ? おれを視姦しようとしたのは。
と、おれがその三人の方をじっと見ていると、
「Sクラスのトップ3がどうしたの?」と秋は訊いてくる。
Sクラスのトップ3? ってことは犬学の二年生最強の三人ってことだよな。え、なんかおれ目付けられた? 階級が犬草だからって目の敵にされているの?
「八坂縁忠は犬屋敷の当主の嫡男、霧江唯は霧江家の令嬢、そして八木良乃は八木家の跡取り娘」
ええ! Sクラスのトップって八坂家と霧江家と八木家の奴らだったの! しかも同級生なの? なに示し合わせたみたいに子作りしてんだよ。
おれは再び三人の方を見た。縁忠は冷静な目でこちらを見つめ、唯は微笑みを浮かべている。良乃は興味深そうにこちらを観察していた。
「なあ、おれたち、何か目を付けられたか?」おれは比渡に訊ねる。
「わたしたちじゃないわ、あなたが目を付けられているのよ」
「え? おれ?」
なんか悪いことしたっけ?
「トップ3に目を付けられるって、日野君なにしたの?」と秋。
知らないよ! おれもビックリしているよ! もしかして八木と霧江の親連中が自分の子供におれの事情を教えたんじゃないか? おれって一度は死刑言い渡されたようなもんだしさ。
その時、縁忠がおれたちのテーブルに近寄ってきた。
「君が日野陽助だな?」と縁忠は低い声で問いかけてきた。
ええ! やだ! 怖い! トップ3の一角がおれなんかに話しかけてきた! どうしよう、自己紹介でもするのか?
「ああ、そうだが?」おれはビビるのを隠して答えた。
「噂は聞いている。君がベアトリクスの全ての犬因子に適合した超人型だと」
おお、それがどうした? こちとら好きでベアトリクスの犬因子に適合したわけじゃないんだ。運だよ運、世の中は運でできている。
「お、おう」
「……」
なんかしゃべれよ! 近寄ってきたのお前だろ! なにかしら言いたいことがあるんだろ? いいよ別に「君のことは嫌いだ」的なこと言われてもおれのライオンハートは砕けないぜ。
さあ、八坂縁忠! おれを罵れ!
「おれは君に興味がある」
「は?」
マジ? おれに興味持っているなら自己紹介くらいしろよ。おれは自己紹介くらいできるぞ、おれの名前は日野陽助。学校じゃあ名の知れないボッチさ。どうだ? ビビったか!
と、おれが心の中で八坂縁忠にビビり散らかしていると、霧江唯と八木良乃もこちらに歩み寄ってきた。
いやよいやよ! 霧江と八木は嫌いよ! おれと比渡を殺そうとした御家だろ? 嫌い嫌い! 大っ嫌い!
「初めまして、日野陽助君。わたしは霧江唯。よろしくね」と唯は優雅に挨拶をする。
「わたしは八木良乃。君の噂は聞いているわ。興味深い存在ね」と良乃は冷ややかな微笑みを浮かべた。
ええ? なんか思っていたのと違うんだけど。霧江と八木の御家出身者だろ? もっとこうあるでしょ? 「日野陽助、おまえは殺す」的なさ。霧江と八木の御家はおれの中でイメージ悪いんだよ。
「おお、よろしく」
おれは彼らの存在感に圧倒されながらも、何とか言葉を絞り出した。
「よろしく」と縁忠はおれなんかに握手を求めてきた。
ええ! こいつイケメンすぎだろ。おれ程度の人間に普通握手求めるか? しかもトップオブトップの息子だろ? そんな簡単に仲良くしましょうそうしましょう的な展開あっていいのか? あ、まあいいか。
「うす」おれは縁忠の手を握った。
霧江唯と八木良乃もおれに握手を求めてきた。
なに? おれってかなり有名人だった? 犬学に来てモテ期到来ってやつか? これが青春ってやつなのか?
「それで、おれに何か用か?」おれは訊いた。
縁忠は静かに頷いた。
「ドッグランウェイに向けて、君の力を試してみたい」
「ドッグランウェイ……」
「日野君、やめておきましょう。生徒同士での戦闘行為は校則違反になるわ。授業でもないのだからあなたたちも分かっているでしょ」
比渡が横から口を挟んだ。
「校則ねぇ。まだそんな固いこと言うんだ。ヒトリは変わらないね」と唯は比渡にくってかかる。
「……唯、あなたも変わらないわね」
元御三家の集合か。こりゃあひと悶着ありそうだな。
「戦闘行為にならない程度ならいいんじゃない? 縁忠も力を試したいって言ってるんだしさ」
「そうそう、日野君も戦いたいでしょ?」
「え、おれは別にどちらで――」
「――日野君は黙っていて」
キャイン! ごめんなさいご主人様。
「ここでケガでもしたらドッグランウェイに出場できなくなるかもしれない」
「縁忠が本気で戦うわけないじゃん」
「本気だろうと本気じゃなかろうと、戦う事はないじゃない」
「はぁ、ほんとお堅いねヒトリはさ。ただの力試しなのに」
そうだよ比渡、面倒だしここは力試ししとけばいいんだ。相手は本気で戦う気ないって言ってるんだしさ、おれも本気で戦う気ないし。ここは試しとけばいいんだ。
と、おれが縁忠の誘いに乗ってやろうと思った時、
「唯、良乃。ヒトリの言う通りだ……力を試したいなどと言って悪かったなヒトリ」
「ええー! 縁忠が試したいって言うから協力してあげようとしたのにー!」
「悪いな、でももういいんだ。接触は果たせた」
と、縁忠は静かに食堂を後にした。
え、なにこの展開。力試しは無しってこと? それじゃあ本番で本気の戦いしなくちゃいけないの? トップ3の実力をここで観ておくことも重要だと思うんだけど。
「待ってくれ」おれは縁忠に言う。
縁忠は振り返り、おれを見てくるのだが、縁忠の顔は目の前の獲物に興味を失ったような顔をしていた。
「おれは何としてでもこの学園で最強になる。あんたを超えてでもだ」
「そうか……」興味ないという様な言い方をする縁忠。
あのさ、八坂息子おれは宣戦布告してるんだよ? もっとなんかないの?
と、食堂内は静寂に包まれた。
いやいや周りはもっと笑ったりしたらいいんじゃないの? おれはトップ3の一角にバカみたいなこと言ってるんだよ? いいのかい? ここで笑わないでモブの出番なんて一生来ないよ?
「日野陽助、君は犬に好かれたことはあるか?」
「は?」
犬に好かれる? そりゃあおれは……ないな。飼い犬のダンゴにも嫌われているし、生まれてから一度も犬に好かれた事なんてないな。
「…………」おれは何も返せなくなった。
「犬は忠実だ……おれたちは鬼を狩る犬だ」
「犬でもなんでもいい、おれは鬼を狩る」
「そうか……ならば、鬼にはなるなよ」
なに言ってんだこいつ。おれが鬼になるわけねぇだろ、おれは青春王になるんだ! 鬼になんぞなったら……いや待て、青春エネルギーを食らう鬼は青春王なのではないか? つまり、鬼は青春王なのか。そんなわけねぇよな。
縁忠は背を向けて歩き出した。
「バカ犬」と、おれは比渡にほっぺをつねられた。
痛いです痛いです、もっとつねってください!
「保護犬の躾はちゃんとしているみたいね」
唯に言われた比渡は睨みつけた。
「おお、怖っ!」と、唯は縁忠の後に続いた。
「じゃ、また」良乃もまた縁忠の後ろについていく。
なんか滅茶苦茶疲れたんだけど、どうして? おれの青春エネルギーが吸われたのか? つまりあいつら犬じゃなくて鬼だな。
「陽助君、彼らと関わるのは危険かもしれない」と実凪は言ってくる。
「危険?」
危険だろうが棄権だろうがなんでもいい。おれは最強の青春王になるんだ!
こうして、おれはトップ3と出会った。これが、おれの運命を大きく変えることになるとは、この時はまだ知る由もなかった。




